862 「愛為」
続き。
シムシエルが転移したのはユトナナリボからやや北に行ったやや開けた場所――正確にはディープ・ワンの攻撃により木々が洗い流された結果にできた場所ではあるが。
視線を落とすとモノスやタッツェルブルム等の森林での戦闘に長けた改造種の群とその先頭には聖剣を携えた馬の異形――弘原海が居た。
『エンティカ……オラトリアムで待っていてくれ。 君の為に俺は戦う!』
弘原海はオラトリアムで待つ世話役の少女の事を想い聖剣を構える。
『行くぞ! グリゴリの天使!』
シムシエルは転移された事で状況の把握に若干の間が必要ではあったが、自分が分断された事と現在位置がポジドミット大陸である事を即座に把握し、一刻も早く合流しなければならないと判断。
だが、目の前の聖剣使いがそれを阻むであろう事も理解していたので、戦わざるを得ない。
シムシエルは能力を全開にし、光輪から無数の光線を発射。
誘導性能があるそれは軌道を変えながら弘原海に襲いかかるが――
『――無駄だ!』
その全てを聖剣で斬り払う。
シムシエルの得意距離は遠距離で接近戦は得手ではなく、聖剣に斬られる事の危険性も理解しているので後退しつつ攻撃を繰り返すが違和感に気が付く。
弘原海に近づくにつれて光線が細くなっているのだ。 どうやら何らかの形で減衰させられていると言う事は分かった。 その秘密は弘原海の聖剣にある。
聖剣アドナイ・メレク。
その固有能力は周囲の魔力吸収――否、魔力支配と言い替えてもいい。
周囲から貪欲に魔力を集めて自身の力に変換させる事が出来ると言った物で、それは彼に牙を剥く魔法や魔力を伴った攻撃もそれに該当し、構成の甘いものであるなら制御を奪う事すら可能だ。
アドナイ・メレクの担い手に襲いかかる魔法は彼に接触する前に威力の大部分を削ぎ落されるので、並の魔法であれば彼に触れる事すら不可能だ。 斬り払う必要がある時点で、シムシエルの光線も並ではないが、相性が非常に悪いと言わざるを得ない。
彼を傷つけたければ、吸収が追いつかない程の飽和攻撃か、瞬間火力に優れた攻撃、後は魔力を伴わない攻撃に限定される。
そしてこの聖剣の最大の強みは周囲の魔力を吸収する事によって、辺獄でも能力がほとんど落ちない点にある。 今は亡き、マクリアンという枢機卿が執拗にこの剣を求めた最大の理由でもあった。
辺獄で能力が落ちないと言う事は「在りし日の英雄」相手にかなり優位に戦えるからだ。
正に英雄殺しと言っても過言ではない聖剣でもある。
『予定通りに頼む!』
弘原海が声を上げると、改造種達は散開して森へと散って行く。
シムシエルは距離を取る事に専念するつもりのようで、攻撃しつつも後退を止めない。
飛んでくる光線を聖剣で防ぎながら弘原海は駆け出して跳躍。
『<風蹄>』
彼は空中を蹴って加速。 砲弾の様な速度で木々を縫って飛翔。
開いた距離を一気に詰め、放物線を描いてシムシエルの近くに着地。
シムシエルは着地を狙って巨大な光の輪――戦輪のような物を生み出して振り下ろす。
遠距離攻撃は効果が薄いと判断して近接攻撃に切り替えたようだ。
弘原海に対しての攻撃手段としては決して悪い手ではなかった。 聖剣アドナイ・メレクの前では魔力は減衰するので、常に魔力を供給して形状を維持できる近接攻撃は有効となる。
――が、その程度で仕留められるほど聖剣使いは甘くない。
シムシエルの斬撃を聖剣でいなした後、反撃の為に大上段に構える。
咄嗟にシムシエルは後退。 即座に間合いから脱するが、聖剣と弘原海の技はそれを凌駕した。
弘原海が聖剣の柄を思いっきり引くと、一気に伸びる。
変化はそれだけに留まらず、聖剣の刃も柄に合わせて延長し刃も刀のように僅かに弧を描く。
最終的に聖剣は野太刀に近い形状に変化した。
『<鎌鼬>』
弘原海は己の体内の第四轆轤に魔力を流し聖剣に風を纏わせ一閃。
不可視の斬撃がシムシエルを襲い、受ける為に翳した光輪ごとその羽を切断した。
元々、弘原海はチャクラを扱えなかったが、トラストとハリシャに師事する事によって才能が開花。
彼等も驚く程の呑み込みの早さでチャクラの扱いを身に付け、現在は第六までの使用を可能としている。
『……外したか。 やっぱりまだまだ甘いな』
聖剣の補助もあって、扱い自体は比較的早くに身に付けたが、制御に関してはまだ未熟だった。
その為、調整が上手くいかずに狙った威力や範囲に攻撃が当たらないのだ。
当然ながら、弘原海も欠点をそのままにして戦いには臨まない。 克服する為に彼は聖剣のある機能を活用し、ある程度ではあるが安定させる事に成功した。
聖剣には持ち主にとって扱い易い形状に変化すると言った特性があるので、それを活用して技を放つのに最適な形に変える事で攻撃範囲と威力のブレを抑えているのだ。
それでも完全とは言い難いのはシムシエルを両断するつもりで放った風の斬撃が羽を断ち切った点からも明らかだった。
空中を駆けまわる<風蹄>と風の斬撃を飛ばす<鎌鼬>。
前者は魔法とチャクラとの複合、後者は聖剣との複合で成立する弘原海のオリジナル技だ。
今の彼では十全に扱えているとは言えないが、グリゴリの天使と渡り合うには充分な戦闘能力を誇っていると言えるだろう。
『おのれ!』
シムシエルは切断された羽を修復しつつ光線を乱射。
撒き散らされた光線はあちこちに飛んで行くが、途中で不自然な軌道を描いて弘原海に襲いかかる。
形状を元に戻した聖剣で斬り払いつつ、さっきと同様に<風蹄>で距離を詰め、空中で呼吸を整え、木々を踏み台にして軌道を変えて肉薄。
体当たりするように接近して聖剣を一閃するが――
『――手応えがない?』
――聖剣はシムシエルの体を突き抜ける。
斬ったはずのシムシエルの姿は蜃気楼のように歪んで消滅。
着地して周囲へ視線を巡らせると彼を取り囲むように無数のシムシエルが現れていた。
『だったら吹き散らす!』
弘原海は聖剣を地面に突き刺すと同時に彼を中心に風が吹き荒れるが、無数のシムシエルの姿に変化はない。 効果なしと判断した弘原海は別の攻撃に切り替えようとしたが、技を放った隙を突く形で分身したシムシエルが戦輪で斬りかかって来る。
これが弘原海のもう一つの弱点。 大技の直後に隙が出来る。
トラスト曰く、技に集中しすぎるとの事だったが矯正は間に合わなかった。
――が、それを補う手段は事前に用意していた。
シムシエルの攻撃が空を切る。 その理由は弘原海の体が不自然な動きで移動したからだ。
弘原海は周囲に潜んでいたモノスに抱えられて木々の上を移動している。
『ありがとう』
弘原海は助けてくれたモノスに礼を言って小さく肩を叩くと頷きで返されて投下される。
落下と同時に下に来ていたタッツェルブルムの上に着地。
――俺は一人じゃない。 一緒に戦ってくれる仲間がいる!
地面を這って移動するタッツェルブルムの上で弘原海は聖剣の形状を更に変化させた。
誤字報告いつもありがとうございます。




