861 「狙撃」
続き。
そうなれば移動に関しては一方的にアドバンテージが取れるので、グリゴリの動きに合わせて自由に攻撃を仕掛ける事が出来る。
近隣のグノーシス教団の拠点を乗っ取る事で動きは監視できており、戦力が手薄になればその都度襲撃をかけるつもりだった。
――とは言っても想定通りに半数が帰って来た事と、拠点の防衛戦力の排除に成功している以上は予定通り殲滅となるが。
ただ、想定外の事もあった。
ブロスダンと天使の分断に失敗した事だ。 一体、消失した天使が居たが、間違いなくブロスダンを追っていったのだろう。
オラトリアムに帰還し、指揮に戻ったファティマは報告を聞きつつ魔石でエルマンに連絡を取ってユトナナリボ、旧ユルシュルと両方の戦況を確認しながら指示を出していく。
特に気を遣わなければいけないのはアイオーン教団の方だ。 あちらに敗北されると作戦の前提が崩れるので、場合によっては支援の必要があるが――
「この様子なら問題ありませんか」
バラキエルとバササエルはそれぞれアスピザルとヴェルテクスが抑えており、分断にも成功している以上はまだ余裕がある。
これならもう一体ほど招待しても問題ないだろうと判断し、現地に指示を出す。
現在、旧ユルシュルで戦闘しているのは聖剣使いのアリョーナに加え、シェムハザ、ラミエル、ペネム、シムシエルの四体。
最も脅威度が高いのはシェムハザで、次がアリョーナにラミエル、シムシエルの二体。 最後にペネムだろう。
エルマンからの情報ではシェムハザとアザゼルの首領格の二体は聖剣使いでも苦戦する程の戦闘能力だったとの事なので、しばらくは引き付けて貰いましょうと除外する。
残りは聖剣使いと三体の内、一体となるが、考えるまでもなかった。
「シムシエルですね」
ラミエルとの二択で、正直どちらでも良かったが、シムシエルはローに傷をつけたので確実に報いを受けて貰う必要がある。 三体ぐらいなら聖剣使いが二人居るアイオーン教団でも問題ないだろう。
当然ながらぶつける相手も決まっている。 お手並み拝見と行きましょうとファティマは指示を出した。
――やりなさいと。
同刻。
旧ユルシュルで繰り広げられている戦闘の間隙を突いて動く者達が居た。
アレックスとディラン。 本来ならオラトリアムに所属している騎士なのだが、装備を偽装して王国が寄越した戦力に紛れ込んでこの戦いに参加していたのだ。
「何か俺達ってファティマ様の護衛を解かれてから、ヤバい現場にばかり放り込まれているような気がするんだが気の所為か?」
「……気持ちは分からんでもないが、護衛を解かれた俺達は何かと動かし易いからな。 こうなるのも止む無しだ」
彼等が居るのはある建物の一室。 元々は家屋として使用されていた物だが、住民が居なくなったので今は無人だ。 その窓から外を窺う。
彼等の視線の先では聖女とクリステラがグリゴリの天使達と激戦を繰り広げていた。
中心に居る黒白の天使――シェムハザが展開した無数の杖から驟雨のように魔法を連射しラミエルが紫電の雨を降らせ、シムシエルが固有能力により味方を強化しつつ光線を撃ち込む。
そしてペネムは様々な方法で拘束を試みようとしていた。
アレックスは戦闘の光景を見て嫌そうに顔を歪める。
「アレに横槍入れるのか……」
「やれと言われた以上はやるしかないだろう」
ディランはそう言いながら持って来たロングバレルの銃杖を組み立てて窓から狙う。
訓練は散々やって来たので何もなければ当てる自信はあるが、この戦闘の中で必中は難しい。
<照準>の魔法を展開。 軌道を設定。 銃身に仕込まれた機構が弾体の加速を担う。 高級な弾なので無駄打ちが出来ない事もあり、やや緊張しつつ構える。
後は引き金を引けば魔石が決められた軌道を辿って命中するだろう。
――何の妨害もなければだが。
「さて、このままでは当てられんが……。 アレックス、連絡の方は?」
「もう済ませた。 ファティマ様経由でアイオーンの指揮官に話が行くはずだ。 どうにか隙を作るので当てろとさ」
「了解だ」
ディランは無言で銃杖を構えつつ機を窺う。
聖女が凄まじい量の水銀の槍を産み出しながらアリョーナと切り結んでおり、クリステラは魔法による集中砲火を受けて回避に専念。 手が出せないで居たが、不意に動きが変わる。
彼女は建物の影や魔法の着弾により生じた爆炎などに飛び込んで視界から逃れるような動きで回避し続けており、お陰で近辺の建物は全て原形を失くすほどに破壊されていた。
今までは更地になった場所を逃げ回っていたが、逃げ回る範囲を広げ無事な建物の陰に入ると即座に攻撃に曝されて爆散。 破片などが散らばるがそれを突き破るように巨大な鉄塊が真っ直ぐに彼等へと飛来。
天使達は即座に攻撃を集中させて鉄塊を撃墜。
クリステラの攻撃は彼等に何の痛痒も与えられない。
――だが――
「充分だ」
――隙はできた。
発射。 魔石は複雑な軌道を描き、シムシエルへと肉薄。
シムシエルはクリステラの攻撃を撃墜する事に意識を割いており、自らに向けて飛来する小石――とは言ってもそれなりの大きさだが――に気付くのが遅れてしまった。 それも致命的に。
有効範囲に入ったと同時に魔石が砕け散り効果を発揮。 シムシエルの巨体をその場から消し去った。
「よし、命中だ」
「急げ! 逃げるぞ!」
効果を確認して成果に拳を握るアレックスにディランは鋭く声をかける。
意図に気が付いたアレックスは顔色を変えて既に走り出したディランを追いかけ、二人は全力で部屋を飛び出して建物から逃げ出す。
少し遅れてシェムハザの魔法が飛んで来て建物に着弾。 爆発を起こす。
「あっぶねぇ。 あれだけでこっちの位置を掴んで来るのかよ。 怖ぇ……」
「危なかったが仕事はやり切った。 後は状況を見つつ指示を待って必要なら次を飛ばすか、無理そうなら撤退だ」
「……だろうなぁ。 最悪、もう一回か二回もやるのかぁ、これってもう気付かれたから無理じゃねぇか?」
走りながらアレックスは疲れた顔でそう言うが、ディランは銃杖を抱えたまま視線はグリゴリの方へと向いている。 撤退の指示が出ていない以上、まだ逃げるわけにはいかない。
この様子だと恐らくは向こうでグリゴリの処理が済めば、また飛ばすように指示が出るだろうなと考えていた。
一体減った事でクリステラの動きが良くなった事もあり、上手くすれば片付けてくれるんじゃないだろうかと仄かに期待しながらディランとアレックスは未だにあちこちで繰り広げられている天使兵と聖騎士達の戦いを縫うように次の狙撃地点へと向かっていった。
誤字報告いつもありがとうございます。




