846 「合議」
続き。
ユトナナリボからやや西に行った場所にその場所はあった。
エルフ達からは神域と呼ばれるその場所はグリゴリの天使達が体を休めている神殿だ。
グリゴリ天使達の巨体が鎮座するだけあってその場所は広大だった。
大きく開けた場所に巨大な玉座の様な物が二十。 それは座っている者に魔力を供給する機能を備えており、彼等の傷を癒すには非常に有用だった。
そこに鎮座している天使達は九。 残りの十一は空席となっている。
六はポジドミット大陸中央部の辺獄の領域――ドゥナスグワンドで斃れ、四は北部の領域であるナーオンガヒードで斃れた。 そして最後の一はそのナーオンガヒード攻略の直後に奇襲を受けて脱落。
本来なら以前に仕留めた魔物を用いてもう一体程、召喚できるはずだったのだが辺獄での損傷を癒す為に使ってしまったのだ。
その為、この九体からグリゴリは数を増やす事が出来ない。 彼等にとってこの状況は余り歓迎したくない物であった。
本来であるなら辺獄の領域ではそこまでの被害を出さない筈だったのだが、彼等にとっての最大の誤算は「在りし日の英雄」の強さ。
英雄はかつて存在した最も強き魂を備えた存在である事を理解はしていたが、その戦闘能力については彼等の予測を大幅に上回っていた。
当初は天使五体と聖剣使いが居れば充分に攻略できると高を括っていたのだが、その見積もりが甘かった事に早々に気が付く事となる。
特に第四の領域――ドゥナスグワンドの英雄に関しては異次元とも言える強さだった。
天使兵では足止めにもならず、攻撃をまともに喰らった大型天使が一撃で消滅させられた段階でなりふり構わずの総力戦へと雪崩れ込む。
グリゴリの天使達は決して「在りし日の英雄」を侮っていた訳ではない。 実際、五体で充分と判断したが、送り込んだのは十体だ。 それだけ警戒していた事の証左だろう。
在りし日の英雄。 憎悪の坩堝に落とされて尚、自我を保ち続ける残骸達。
その強靭な精神力は人の域を超越しており、正しく英雄と呼称されるに相応しい存在だ。
だが、それを差し引いたとしても単騎でグリゴリの天使を圧倒できる戦闘能力は彼等の予想できる物ではなかった。 現在の状態がこの世界でグリゴリが存在できる最大規模なのだ。
つまり、この世界においてグリゴリの天使は「在りし日の英雄」に一対一では絶対に敵わないと証明されたような物だった。
彼等はその事実を認めざるを得ない。 実際、他のどの領域に行ったとしてもそこを守る英雄にグリゴリの天使達は単騎では敵わないだろう。
第十に行けば魔導の飽和攻撃を、第九に行けば権能の真髄を、第八に行けば神域の剣技を――
――そして第五に行けば明星の一撃の前に彼等は斃れたであろう。
その事実に屈辱に近い物を感じるが、被った被害がそれを許さない。
エゼルベルトやモンセラートといった天使に対しての知識がある物の所見は的を射ていた。
グリゴリの天使達は現在の肉体を維持する為に膨大な魔力を必要とする。
その為、自己生産する魔力と自身の存在を維持する為の魔力と拮抗してしまい、消耗が回復できないのだ。 同様に損傷を負っても自己治癒が出来ないので、外部からの魔力供給による治療に頼るしかない。
ウルスラグナを襲撃した個体が早い段階で引き上げた理由がそれだ。 同胞が許容範囲を超えた損傷を受けたので回復の為に聖剣使いと共に本拠に戻す必要があったからだ。
仲間を増やす事が出来ない以上、減るような事態は何としても避けたいといった考えがあったので彼等は撤退。 転移が扱えるペネムという個体が海上で合流した同胞を本拠へと飛ばし、そのまま自身も引き上げる。 長時間の戦闘で彼等もかなり消耗していたからだ。
撤退した彼等はこの場に集い、現在は回復に努めている。
幸いにも聖剣が二本と魔剣があるお陰で回復は順調に進んでいるので、そう遠くない内に再侵攻が可能となるだろう。
標的である聖剣や魔剣を保有している個人及び勢力の戦力評価も済んでいる。
次に戦えば確実に勝てると彼等は考えていた。
実際、彼等の認識は間違ってはいない。 下手に戦力を分散せずに集中させればアイオーン教団の打倒だけでなく、オラトリアムの陥落すらも可能な戦力だろう。
アイオーン教団に至っては聖剣使いさえどうにかすれば烏合の衆と呼べる者達なので、適切な戦力を投入すれば確実に勝てる相手だ。
オラトリアムに関しては撃退された形になっているので戦力の全容を把握してはないが、同様に前回以上の戦力を送り込めば勝てると確信できる程度と認識している。
――だが、オラトリアムに限って言えば彼等は一つ致命的な見落としをしていた。
ローという男の存在だ。 彼がオラトリアムのトップと言う事を彼等は知らない。
オラトリアムの戦力から混沌の気配を感じてはいるので、関連しているとは思っているがどの程度の物かまでは掴み切れていなかったのだ。
それでも彼等は負けるつもりも負ける気もしなかった。
予定に遅れこそ出ているが、世界に散った魔剣と聖剣――特に魔剣は自分達の手中に収める。
それは決定事項だ。 直ぐにでも出発したい所ではあったが、まだ全員の傷が癒えていない。
特にオラトリアムで損傷を受けたバラキエルとバササエルは回復しきっていないので、完治を待っての侵攻を予定している。
彼等には上位者としての目線と驕りが存在していた。 それ故に理解できない事がある。
自分達が敵の戦力を把握しているように敵も自分達の戦力を把握し対策を練っている事をあまり意識しない。 侮っているつもりはないのだが、上位者としての傲慢がそれをさせないのだ。
グリゴリも驕ってはいるが、手は抜いていない。 今この瞬間もエルフを動かして戦力の増強に励んでいる。 聖剣使い以外は当てにはしていないが、それでも彼等を信仰する貴重な手駒だ。
強化するに越した事はない。
天使兵を量産し、グノーシスから魔石を仕入れる。
現状で出来る事はそれだけだが、戦力の増強と言う点では充分に進んでいた。
待つだけではあるが、彼等には一つ決める事があったのだ。
――どこを攻めるかだ。
選択肢は二つ。 オラトリアムかアイオーン教団。 流石に戦力を分散するといった愚は侵さずに目標を片方に絞る方針のようだ。
ただ、後者に関しては既に聖剣も魔剣も移動してしまっているので、実際に向かうのはユルシュルの跡地となるが。
意見は割れていた。 センテゴリフンクスを襲ったシャリエルとシムシエル、オラトリアムを襲ったバラキエルとバササエルはオラトリアムへの再侵攻を主張。
脅威の排除を掲げているが、傷を負わされた事の意趣返しをしたいと言った物も含まれているのか、やや好戦的になっている。
そして王都ウルスラグナへ現れたラミエルとペネム、兵士と武器生産担当のガドリエルはアイオーン教団への再度襲撃を提案。
こちらは単純に一度に合わせて三本の魔剣と聖剣が手に入るので、効率を考えてだ。
方針に関しては多数決で決めるので、最後はアザゼルとシェムハザの意見で決まる。
――そして彼等がした決断は――
誤字報告いつもありがとうございます。




