833 「苛立」
別視点
――結構、貴方はそのまま王都で余計な事をしそうな者達を抑えなさい。
王都にいたルチャーノへの連絡と指示を済ませた私――ファティマは自らの執務室で無言で思案します。
隣にあるヴァレンティーナの席は空。 彼女は例の島で指示出しなどを行っています。
次も馬鹿正直に西から来るとは考え難いので、西と北を重点的に警戒しており、敵の接近があれば早い段階で気づく事が出来るでしょう。
南から来る場合はこちらに向かわずにアイオーン教団の方へ行く事になるので、恐らく問題はないかと。
同様に東は大陸を迂回する事になる遠回りなので、まず捕捉は可能ですのでこちらも問題はないでしょう。
……あぁ、苛々する。
気が付けば無意識に踵が何度も小刻みに床を踏みつけています。
幸いにも絨毯なので音が漏れるような事はありませんが、落ち着かねばと深呼吸。
ハイ・エルフにグリゴリ。 あの汚らわしい羽虫共。 絶対にこのままでは済ませない。
私にとってあの者達は非常に不愉快な存在でした。
取り逃がしてロートフェルト様に屈辱的な報告をさせただけでも万死に値しますが、グリゴリとか言う余計な連中を連れてオラトリアムへ害を成す。
あぁ、不愉快。 何て不愉快。
加えて、ロートフェルト様の前で恥をかかされた挙句、あの方に傷を負わせるなんて……。
グリゴリとハイ・エルフは生まれて来た事を後悔する程の目に遭わせることが決定しています。
ただ殺しただけでは飽き足らない。 思いつく限りの責め苦を与えてやりましょう。
グリゴリに関してはロートフェルト様も同意見のようで、首途と二人で二度と手を出せないようにする方法を考えているようですね。
どちらにせよ、侵攻の為にポジドミット大陸に橋頭保を築く必要があります。
その為の準備は既に進めているので、そう遠くない内に仕掛ける算段は付くでしょう。
グリゴリの戦闘能力は極めて高いといえますが、最も厄介な点は複数で連携を取るという点です。
裏を返すと連携さえ崩して、孤立させてしまえば充分に撃破が可能。
問題はグリゴリの次の動きです。
それによってこちらの動きも変わって来る事となるので、こちらで状況をコントロールできないのは少々の歯がゆさを感じますね。
……ただ、相手の目的を踏まえればある程度ではありますが、動きを読む事は可能です。
グリゴリの目的は魔剣と聖剣。
エルマンの話によれば言い回しから魔剣の方が優先順位は高いとの事。
そう考えるなら真っ先にロートフェルト様を狙うべくこちらに来る事となるでしょう。
ですが、現在は魔剣の気配は例の鞘によって隠されているので見失っている可能性が高い。
あのエゼルベルトという男の話を信じるのならですが……。
さて、そうなるとグリゴリが捕捉できているのはアイオーン教団の聖剣とこちらのエロヒム・ザフキのみ。
一本あればいいと言う訳でもないようですし、数が多い方を狙うといった考えはあり得ます。
ロートフェルト様の言う通り、合理や効率を優先する手合いと言う事なら、アイオーン教団が先に狙われる可能性は高いでしょう。
それならそれでこちらにとっては好都合。
アイオーン教団にかまけている間に本拠を襲撃してしまいましょう。
少なくとも未だにエルフを飼っている以上、何らかの形で必要があるのでしょうね。
加えて今回の襲撃で遠征に出した数は六体。
センテゴリフンクス、オラトリアム、王都ウルスラグナで各二体。
総数が九なら防衛には最低二体は残したいと考えていると見ていいでしょう。
それと最大の懸念対象である聖剣使いは恐らく遊軍。
必要に応じて振り分けると言った所でしょうか? アイオーン教団の聖剣使いを相手にしたいというのであれば両方とも投入したいでしょうね。
私が逆の立場なら、グリゴリ七体に聖剣使い全てと出せる戦力の全てを投入して早々にアイオーン教団を潰してからこちらを仕留めようと考えます。 捕捉できてはいないようですが魔剣があると言う事もはっきりしている事もあって狙わない理由がありません。
首尾よく聖剣を奪い、新しい使い手を用意できるというのなら聖剣使いが四人。
それだけいればオラトリアムの攻略も充分に可能でしょう。
……もっとも、絶対にさせませんが。
アイオーン教団には囮となって貰う予定です。
ルチャーノに入れ知恵して、ユルシュルの跡地へと行ってもらう予定でしたが、エルマンが自分で言い出したので非常に都合が良かった。
グリゴリがどれだけ戦力を振り分けるのかは何とも言えませんが、先にアイオーンを狙うというのなら五体から七体、それと聖剣使いを二名送り込む事になるでしょう。
要は確実に勝てる布陣で挑むと言う事ですね。
放置しておけばアイオーンは確実に負ける事となるでしょう。
エルマンもそれを理解していたのか、ルチャーノの話では酷く憔悴しているとの事。
だが、聖剣使いを呼び出した際に転移のような魔法を行使したとの事なので、本拠が襲われれば戦力を戻さざるを得ないでしょう。
その場合、勝負は敵が戻って来るまでの間。 どれだけ数を減らせるかにかかっています。
恐らくですが、この展開が最も高い可能性で発生するでしょう。
……まぁ、他の可能性も考慮はしていますが。
逆にオラトリアムを優先するという可能性も充分にあり得ます。
その場合はアイオーン教団に押し付ける事が出来ないので、独力でグリゴリを殲滅する必要がある事もあって出来れば余り歓迎したくない展開ではありますが……。
ロートフェルト様はその展開を望んでいる節があるので、私としては少々複雑な気持ちではありますが、やる事は変わりません。
最小の労力と最小の犠牲で最大の戦果を得るべく行動する。
私はあの方の手足として、妻として、そう妻として!この戦いを勝利に導き、あの忌々しく不愉快な者達を粉砕し、生まれて来た事を後悔させてやりましょう。
ロートフェルト様を筆頭にグリゴリを仕留める戦力は揃いつつあります。
ヴェルテクス、アスピザル、首途の発明品にヒストリアが有する聖剣使い。
信用する事に不安はありますが、エゼルベルトという男はともかく、弘原海と言う聖剣使いはエンティカという人形に酷く執心しているとの事で裏切る心配は少ないとの事。
聖剣使いが手に入ったのはこれ以上ない僥倖と言えます。
上手く使えばこの先も良き戦力となってくれるでしょう。
やれる事は済ませ、後は敵の動きを待つのみ。
オラトリアムに牙を剥き、ロートフェルト様に害を成そうとする者は全て滅ぼす。
……我等に歯向かった事を後悔させてあげましょう。 絶対に……
「……それにしても苛々しますね」
判断などに支障が出ない内に一度、どこかで吐き出す必要がありますか……。
誤字報告いつもありがとうございます。




