830 「抵抗」
続き。
エゼルベルトの父親は息子の行動に危うさを感じてはいたが、ひたむきに自分の夢を追う姿を見て止めろとは言えなかった。
だが、その気持ちとは裏腹に現実は容赦なく彼等を追い詰める事となる。
上から代替わりを指示されたのだ。
当時のヒストリアはテュケやホルトゥナと違い、転生者を使った実験を一切行わずに保護にだけ注力していたので上に成果を送れていなかった事もあり、評価対象としては良く思われていなかった。
彼は苦悩する事となる。
息子を差し出せばその将来を酷く狭める事となるだろう。
場合によっては組織運営に口出しをし、折角保護した転生者達にまで累が及ぶ事となる。
組織のトップとしては息子にそのまま跡を継がせて、安定した生活を送らせてやりたかったが、当の息子はそれを良しとしないだろうとも考えていた。
ある日、彼はエゼルベルトに尋ねる。 夢の為に死ねるか?と。
エゼルベルトは一瞬たりとも迷わなかった。 それにより彼も覚悟を決める。
購入した奴隷をエゼルベルトそっくりに整形し、彼の影武者に仕立て上げて当主として認知させる事にしたのだ。 魔法で誤魔化すだけでは間違いなく看破されるので、この世界では珍しい外科手術を用いての整形を行い、徹底的に偽装を施した。
結果、上を騙し遂せる事に成功。 知識を植え付けられた影武者は邪魔なので、戻った後に処分。
そして覚悟を決めた彼はエゼルベルトにルールに抵触しない程度に事情を書き記した手紙を遺し、最期に息子に伝えるべき事を伝えて消滅した。
エゼルベルトは父の死と命を賭けてまで自分をしがらみから解き放ってくれた事に涙し、上位組織への憎しみを募らせる。 だが、今のヒストリアの戦力ではどうにもならない。
下手に反旗を翻すような真似をするとグノーシス教団が相手となるからだ。
クロノカイロスという大陸を本拠としているだけあって、保有している戦力は世界最大だろう。
敵対すればヒストリアは即座に潰されてしまう。 そしてそれは父の願いに反する事だとエゼルベルトはよく理解していた。
納得はできない、しかし折り合いはつけるべきだと自分に言い聞かせて組織の運営に注力する事となった。 それでも彼の未来には希望があったのだ。
父という理解者を失ったが、まだ彼を支えてくれる仲間がいた。
共に旅に出る準備も進め、まずはポジドミット大陸の未開拓地を調べようかと考えていた矢先の事だ。
ヒストリアは大陸中央部――アルドベヘシュトという国の北部にある土地の一部を自治区として統治している。 代々、ヒストリアが管理していた土地でエゼルベルトが生まれ育った地でもある。
アルドベヘシュトもグノーシス教団が建国に関わっていた事もあって、影響力は非常に強い。
ある日、教団の枢機卿を名乗る三人組が現れ、ヒストリアが保護している転生者を引き渡すようにと言い出したのだ。
理由を尋ねても信仰の為、世界の為と要領の得ない事を言うばかりで話にならない。
流石に怪しかったのでエゼルベルトはこれを拒否。 最低限、どう言った理由で連れて行くのかはっきりと説明して欲しいと言うと、彼等はあっさりと引き上げて行った。
一体何だったんだと訝しんでいたが、この時点で嫌な予感はしていたのだ。
だが、何かしらの備えを行う前にそれは起こった。
北部の森から巨大な光を纏った巨大な存在。 グリゴリを名乗る天使が二体、無数の天使やエルフを率いて現れたのだ。
彼等はグノーシス教団と全く同じ要求を行い、転生者を自分達の為に生贄になれと目的を隠しもせずにそう言い放つ。
当然ながらエゼルベルトは断固として拒否。 こうしてヒストリアとグリゴリの戦闘が始まった。
戦闘自体はそうかからずに終了。 結果はヒストリアの惨敗。
転生者を主力としていた組織であり、戦闘員もグノーシス教団水準で言うのなら聖堂騎士に匹敵する実力者も多かった。 だが、グリゴリとそれが率いる天使達の力は圧倒的で、中でも致命的だったのは後から投入された聖剣使いだ。 グリゴリと聖剣の力の前にヒストリアの転生者達は為す術もなく殺されるか、捕縛される事となる。
エゼルベルトも必死に抵抗したが、無駄に終わり――彼にとっての絶望の時間が始まった。
森の奥まで連行され、エルフの都市と思われる巨大な樹上に存在する街で、彼の仲間達が次々と見た事もない巨大な魔法陣に放り込まれグリゴリを召喚する為の生贄にされて行く。
親しかった友人知人が次々と目の前で命を落とし消滅していくのを見せつけられ、エゼルベルトは泣き叫びながら自らの無力に打ちのめされていた。
儀式は数日に分けて行われ、彼の仲間達を代償に十八体のグリゴリがこの世界に出現。
次は彼等の番という所で、グリゴリは仲間の召喚を続ける事が出来なかった。
辺獄の領域の氾濫だ。 ドゥナスグワンドとナーオンガヒード、特に前者はエルフの里に近かったので、グリゴリとしては無視できない問題だったのだ。
同時に後者も次々と大陸中央部に辺獄種の軍勢を送り込んで来た事により、同時に攻略せざるを得なかった。
辺獄の領域の対処の為、主力が不在になった結果、エゼルベルトは仲間達と何とか脱出する事に成功。
海棲の魔物がベースの者達は海に住んでいるので、難を逃れていたのも幸いした。
彼等はエゼルベルトを救う為の救出隊を編成し、近くまで来ていたのだ。
同期して行動した事により、彼等は逃亡に成功。 大陸内を逃げ回りながら他に移送された仲間を救出しつつ、エゼルベルトは今後の方針について考えていた。
主力である天使はいなかったが、それでも配下の天使達が大量に存在したので闇雲に逃げ回っているだけでは全滅する事は目に見えている。 生き残った仲間達と共に生き残る為、死んでいった仲間達の無念を晴らす為、エゼルベルトはグリゴリの打倒を固く誓う。
――その為には何が必要か?
力だ。 グリゴリを打倒できる圧倒的な力。
真っ先に浮かんだのは聖剣と魔剣だったが、後に弘原海を仲間に引き入れる事で聖剣は手に入ったがまだ足りない。
それにグリゴリ側に聖剣使いが居る以上、同様に聖剣を手に入れただけでは勝利は得られないだろう。
ならば魔剣か? ポジドミット大陸の魔剣は全てグリゴリとグノーシスに押さえられた以上、ポジドミット大陸で手に入れる事は不可能に近い。
そうなると他の大陸へ探しに行く必要がある。 それにエゼルベルトにはもう一つの懸念があった。
それは――
誤字報告いつもありがとうございます。
 




