827 「対処」
「――施設の復旧や人員の立て直しが一段落つきましたので、これより本格的に対グリゴリに備えての対策会議を行います」
場所は変わってオラトリアムにある屋敷のエントランス。
以前にオフルマズド戦の会議をした場所だな。 前回同様、司会進行はメイヴィスが行い、オラトリアムの主だった者達とエゼルベルト、弘原海が出席していた。
ちなみに珍獣はエゼルベルトと弘原海だけ呼ばれるのが不満だったのかゴネようとしていたが、柘植と両角に即座に黙らされたのでここには居ない。
「まずは現状の確認を行います。 前回の襲撃により、研究所に損害が出ました。 負傷人員の治療は完了していますが、魔導外骨格の修復は現在急ピッチで行っていますので数日程で一部を除き戦闘が可能となります」
大破した物は勘定に入っていないので、小破から中破の機体のみが修理の対象となっている。
「幸いにも西方からのみの襲撃だったので被害は最小で済みましたが、このまま放置すれば次回は多方面から襲撃となると予想されます」
「発言してもよろしいか!?」
手を上げてそう言ったのはアブドーラだ。 まぁ、グリゴリと聞けば黙っているのは無理だろうな。
メイヴィスは小さく頷くとどうぞと促す。
「守るばかりでは勝てぬのではありませぬか!? こちらから打って出るというのはできないのですか?」
「今回、襲撃をしてきた敵性勢力――グリゴリの本拠は遥か西方リブリアム大陸の更に向こうに存在するポジドミット大陸と思われます。 戦力を送り込むにはまずは先行部隊を送り、橋頭保を築く必要があり、現状で攻めるのは難しいと言わざるを得ません」
足を踏み入れた事のない土地なので、誰かしら送り込んで転移魔石を持ち込ませる必要があるからな。
……とは言っても今のところはだがな。
それを聞いたアブドーラは納得したのか悔し気に唸って着席。
ちなみに今回の配置はファティマとその妹達が司会進行とその助手を行っているので、全員が前に出ている。
メイヴィスから見て正面がアブドーラ達亜人種やサイズのでかい改造種等が固まっており、右側がサブリナを筆頭に人型の改造種や元聖騎士連中が固まっている。
反対側が俺と首途、ヴェルテクスとアスピザル達、ダーザイン食堂の面子が固まっていた。 残りのエゼルベルトと弘原海は俺の後ろだ。
俺は黙って話を聞いていたが首途に肘で小突かれる。
何だとそちらを向くとおにぎりを差し出され、食うかと目で聞いて来た。
俺は貰おうと頷いて受け取る。 齧ると中に野菜の触感と少し辛い味が広がった。
「最近、日枝はんの所から唐辛子やらが手に入ってな。 キムチ漬けて混ぜ込んでみてんけどどうや?」
「美味い」
本当に美味かったので即答。 その隣では治療と改造が済み、すっかり見た目は元通りになったヴェルテクスが勝手に首途の鞄からおにぎりを抜き取って食っていた。 アスピザルは待っていましたと言わんばかりに僕にもちょうだいと手を伸ばしていたので、ヴェルテクスは少し嫌そうな顔をして渡していた。
……道理でやたらと俺達の近くに座りたがった訳だ。
振り返るとエゼルベルトは俺達を見て苦笑しており、弘原海は隣に座ったエンティカをじっと見つめていて話を聞いちゃいない。 念の為に例の鎖と鞘を持たせた奴を弘原海の後ろに何人も配置していたのだが、この様子だと要らなかったか。
何かするならいい位置の筈だが、こちらに意識を向けるどころか聖剣に触りもしない所を見ると、本当に問題はなさそうだな。
多少なりとも元気にはなったようだが、あれからずっとエンティカを飽きもせずに見つめてうっとりしているというのはエゼルベルトの言だった。
そのエンティカに<交信>で尋ねても同じような答えが返って来たので、間違いはないだろうな。
何をしているのかと聞くと、君の話を聞かせてくれと色々と質問してきたりしており、話す事がないと答えるとポツポツと自分語りをしているらしい。
頻度はそう多くないが、色々と日本での話をしているようだ。
徐々に明るくなってきているようで、精神的にも少しずつだが持ち直してきているとの事らしい。
感じからして使い物になりそうと聞いているので、期待できそうだ。
懸念が一つ片付いた所で、おにぎりを齧りながら話の続きに集中する。
「アブドーラ殿の懸念は良く分かります。 ですが、ご安心ください! 現在、我等がオラトリアムはグリゴリ殲滅の為に着々と準備を進めております! 整えばこちらから打って出る事も可能となるでしょう! そうすれば我等の平和な地を脅かす害敵を粉砕せしめる事が可能でしょう!」
珍しく煽るような物言いは戦意を高揚させる為に敢えてそうしているらしい。 今回の流れは事前に聞かされていたので、俺は展開の分かり切った映画を見るような物だ。 その所為で少し退屈だが。
さて、メイヴィスが頑張って聞いている連中の戦意を煽った甲斐あって、あちこちからおぉと唸る声が上がる。
場が少し落ち着いた所で具体的な話に移っていく。
ファティマ達がかなり気合を入れて詰めた作戦なので、相手の動きで展開が大きく変化する事もあり、攻めるだけの前回とはかなり違って来る。
場合によっては防衛と侵攻を同時に行う二正面作戦となるので、動きと戦力の振り分けはかなり細かく詰める必要があった。
今回、想定される展開のパターンは大きく分けて四つ。
第一にオラトリアムを先に潰すべく戦力を集中させての侵攻。
この場合は攻める事をせずに返り討ちにする事を主目的とした対応を行う。
最終目的はグリゴリの殲滅なので、地の利があるここならいくらでも準備が出来るからな。
第二に前回同様に半端な数で侵攻をかけてくる場合。
正直、これをやられると一番、鬱陶しい。 伏兵や増援の警戒もしなければならないので、連中の総数を確認する意味でも攻めなければならないからだ。
グリゴリは一体でも数が変化するだけで難易度が大幅に変わるので、半端な数だと奇襲を疑う必要があり、能力の詳細が分からない個体も居るので姿を見せない奴が得体の知れない何かをしてくる危険がある。
それを確認する意味でも防衛しつつ侵攻をかけて連中の所在を押さえておきたいのだ。
エゼルベルトの話では総数は九。 大量の転生者を使用して呼び出した後、辺獄で消耗したので再召喚はかなり難しいとの事だが、一、二体なら無理をすれば増やせない事はないかもしれないといった話なので、数を決めつけるのは危険との事。 連中の動向を監視する為の仕込みは準備中だが、上手く行っても完全に把握できる物ではないのでどちらにせよ攻める必要があると。
ただ、どんなに頑張っても二体。 その場合、あの大陸に居るエルフや人間、魔物の大半は死滅している筈なので、雑兵の数は大きく減るかもしれないらしい。
要は召喚コストの問題でそれ以上を呼び出すのは現実的ではないようだ。
第三はこちらを無視してアイオーン教団を狙うパターン。
これは何かと都合がいい。 連中が大半を引き受けてくれるので、相手をする数が減る。
ただ、アイオーン教団が敗北すると聖剣二本と魔剣一本がグリゴリに渡るので、その展開は非常に都合が悪い。
つまりは連中が負ける前にグリゴリの本拠を陥落させる必要が出て来るので、時間制限が付く事となるがフォローは入れる予定なのでどうにでもなるだろう。
最後の四つ目だが、これは一番都合がいい展開だな。
オラトリアムとアイオーン教団の両方に仕掛ける場合だ。
わざわざ、分散してくれるので心置きなく攻める事が出来る。 こちらもアイオーン教団の敗北を心配する必要があるが、本拠の防衛とオラトリアム、アイオーンと戦力を三分割した状態ならこっちが片を付けるまで充分に粘れるだろう。
最後に戦況を左右する敵の聖剣使いの配置だ。
連中が何処に現れるかでこちらの対応も変わって来る。
……その辺は臨機応変に、か。
俺はそんな事を考えながらメイヴィスの話に耳を傾け続けた。
誤字報告いつもありがとうございます。




