825 「眩姿」
一通りのお披露目が済んだ所で研究所に引き上げる。 目的は引き渡す人形の完全版を作る為だ。
弘原海の性癖と好みの造形の傾向は掴めたので、後はそれを基に組み上げるだけだ。
どうも奴は筋金入りのロリコンだったらしく、体格は子供っぽくしつつ顔はアメリアとクリステラをベースに奴の琴線に触れそうな部分を混ぜて幼く仕上げる。
記憶や知識は適当な物を仕込んでおき、髪色は少し迷ったがアメリアを意識して灰色っぽい配色に。
髪はやや長めにして少しウェーブをかける。
後は簡単に壊れないように体の方は柔軟性を上げつつ、可能な限り頑丈にした。
ついでに損傷も自己再生もするので、これなら余程の事がない限りサイズ差があっても壊れる事はないだろう。
後は権能で人格を植え付けようとしたが、それは良いかと止めておいた。 どうせ愛玩用の人形だし、造形以外にはこだわる必要はないか。
最後にメイド服を着せて完成だ。 建前は世話係だしな。
さて、仕上げて時間がかかってしまったが、さっさと弘原海に押し付けてしまおう。
俺は人形を連れて再々度、弘原海の元へと向かい、行けと奴の元へと向かわせる。
人形はトコトコと奴のいる部屋へ向かいノックして入室。
俺はその後ろに着いて部屋に入る。 これでダメなら女で釣るのは諦めた方がいいな。
さて、弘原海の反応は――おぉと思わず声を出しそうになった。
力なく座っていただけの奴だったが、視線は人形に釘付けとなり、体は小刻みに震えている。
今までにない反応だな。 これは行けるか?
『か、彼女は……』
『あぁ、お前の世話役にと思ってな。 やる気を出すなら好きにしていいぞ』
寧ろその為に作ったからな。
それを聞いて弘原海の挙動がいきなりおかしくなった。 人形をチラチラと見始める。
まぁ、満足しているっぽいし取りあえずはこれで良いか。
『好きにしていいと言ったが、壊さない程度に留めておけよ。 代わりを用意するのが面倒だ』
『なっ!? いや、俺は……』
弘原海は何か言いかけたが、思い直したのか何度も深呼吸を繰り返し、人形の前に立つと跪いて目線を合わせる。
『俺は弘原海 顯壽。 君の名前を教えてくれないかい?』
人形は小さく首を傾げるとこちらへと視線を向ける。 何だと思ったがややあって気が付いた。
あぁ、しまったな。 名前を付けていなかった。
何がいいかな……。 適当でいいか? なら、南極――は不味いな。
数秒ほど悩んで命名。 <交信>で伝える。
『――これからワダツミさまのお世話をさせていただく、エンティカと申します。 至らぬ点もあると思いますがどうぞよろしくお願い致します』
人形――エンティカは深々とお辞儀をして自己紹介を行う。 日本語は必要知識と一緒に植え付けておいたので、問題なく話す事が可能だ。
弘原海はもう少し下世話な反応をするかとも思ったが、なにやら様子が違うな。
エンティカを眩しそうに見つめており、何と言うか神仏に祈りを捧げている僧侶のような趣さえあった。
『何かあればこいつに言え。 グリゴリとの戦いには出て貰うから、開戦前の打ち合わせなどにはエゼルベルトと一緒に出席するようにしてくれ』
俺はそれだけ言うと部屋を後にした。
後ろで弘原海が何かを言っていたが無視してそのまま部屋から出て行く。
いちいち船から呼び出すのが面倒なので、奴とエゼルベルトには屋敷の一室を宛がっており、しばらくはそこで生活をして貰う事となる。
外に出るとエゼルベルトが工場の建築作業を興味深いといった表情で見つめていた。
俺に気が付くと寄って来る。
「ワダツミさんはどうでしょうか?」
「さぁな、やれる事はやった。 後は奴次第だ」
「……そうですか。 ところで、あのゴーレムはあなた方が作成した物ですか?」
……ゴーレム? あぁ、魔導外骨格の事か。
「厳密には違う。 外部操作ではなく中で操縦者が操っているので、装備品の延長に近いな」
「そうなんですか!? 凄い! ――と言う事はそちらで独自開発した物なのですか?」
「基盤となる技術は他所から仕入れた物だが、用途に合わせて特化させたのはこちらの仕事だな」
しばらくすると休憩時間になったのかフューリーが停車スペースに移動して中からパイロットのゴブリンが顔を出していた。
それを見てエゼルベルトは再度驚いたように目を見開く。
「……見れば見る程、あなた方オラトリアムは興味深い。 組織としての規模もそうですが、人材の幅広さが素晴らしい。 種族で身分を制限するなどの事を行っていないのですか?」
「基本的には実績重視だな。 結果を出すならゴブリンでも現場の責任者になれる」
嘘ではない。 実際、アブドーラは元々ゴブリンであったが、今ではシュドラス城の責任者の一人だ。
エゼルベルトは感心したように何度も小さく頷くと、少し歩きませんかと言って来たので良いだろうと歩き出した。 後ろからはサベージとファティマの護衛の女聖騎士が距離を置いて着いて来る。
海岸に出ると作りかけの堤防で珍獣女とその手下の二人が釣りをしているのが見えたが――あ、珍獣が海に落ちた。
柘植が必死に「お嬢ー」と叫びながら海に飛び込んでいるのが見えたが、無視して海岸を歩く。
「――もしかしたら察しているかとも思いますが、僕達はグリゴリを殲滅した後、そちらに取り入ろうと考えています」
……だろうな。
こいつの口振りから察するに、グリゴリの殲滅は重要ではあるが明らかにその先を見据えていた。
「一朝一夕で信用が勝ち取れるとは考えていません。 どうかその目で見ていてください。 僕達が信用できるか否かを」
「……信用云々は置いておいて、お前が必死にこちらに取り入ろうとする理由は何だ?」
取り入りたいのは分かったが、取り入ってどうしたいのかが見えてこない。
今まで洗脳以外で陣営に加えた連中は多いが、全員にそれなりの理由があった。
首途は――俺が誘ったから飛ばすとして、アスピザル達ダーザインはアイオーン教団の台頭によりウルスラグナでの活動が難しくなったので大きな組織の庇護を求めて傘下に入り、アブドーラ達亜人種共は単純に強者に従うといった理念とエルフ共に対抗する力を得る為に下に付いたといった経緯がある。
「僕達ヒストリアの構成員は大半が転生者で占められています。 第一に彼等が落ち着いて過ごせる居場所が欲しかった。 その点で言うのならオラトリアムは僕達にとって最高の組織と言えるでしょう。 何せ見た目で差別されず、異形だからと言って色眼鏡で見ない懐の深い組織は世界広しと言えどもここぐらいの物でしょう」
最初に来るのが仲間の事か。
こいつが転生者の保護に力を入れているのは良く分かったが、まだ弱いな。
何故ならここに来た切っ掛けは魔剣だからだ。 都合がいいと感じたのは後と言う事になる。
俺は他の理由は?とそのまま続きを促した。
誤字報告いつもありがとうございます。




