820 「相質」
続き。
――何でしょう?
熱量という物が全く感じられない寒々とした声が俺の脳裏に響く。
俺は慎重に言葉を選びながら質問を行う。
――連中が撤退した理由なんですがね。 北方に発生した巨大な火柱だったんですよ。
俺は何かご存知ないですかねと付け加える。
もう後には引けない。 どちらにしても情報がない状態では詰む可能性が高いので、危険だがここで素直に引き下がる訳にはいかないのだ。
――……。
重い沈黙。 俺は痛む胃を掴んでじっと返事を待つ。
グリゴリと敵対しているというのならオラトリアムにとっても連中は目障りな筈だ。
俺達アイオーン教団が連中と敵対をするというのなら向こうにとってもそう悪い話じゃない。
逆の立場なら多少の情報は恵んでもいいと考えるが――
――グリゴリは聖剣と魔剣を求めたと言っていましたね?
――……えぇ、まぁ……。
――彼等の狙いは他にもあります。 それを狙って我がオラトリアムにも襲撃をかけて来ました。
――他の狙い?
――はい、そちらにも居るのではありませんか? 転生者と呼ばれる存在が。
転生者と聞いて一瞬、疑問に思ったが直ぐに思い至る。
異邦人の事だ。 カサイを筆頭に異世界からこちらの世界に来たと言っている異形の者達。
――我がオラトリアムは彼等を多数保護しており、グリゴリなる者達は彼等の身柄を求めて襲撃してきました。
聖剣や魔剣ではなく転生者の身柄を欲しがった?
つまりそちらには聖剣、魔剣を保有していないんですね?と言いかけて口を噤む。
駄目だ。 はぐらかしてきた以上、深追いは危険だろう。
――……つまり、そちらは連中が目を付ける程の数の異邦人が居ると?
信じる信じないは別として、仮にグリゴリの目当てが転生者だった場合、こちらに居たカサイ達に見向きもしなかった理由は聖剣と魔剣を優先したとも言えるが、大して数が居なかった事もあったのかもしれない。
……要は連中が欲しがるほどにオラトリアムは大量の転生者を抱えていると言う事になるのだが――
――はい、公にはしていませんが、我がオラトリアムは現在、かなりの数の転生者を保護しています。
本当かよと言ってやりたかったが、口には出さない。
グノーシス教団時代でさえ転生者の数はそこまで多くなかった。
国中からかき集めてあの数だ。 それを国の北部から出ないような連中がどうやって集めたんだよという疑問が自然に湧き上がる程度には突っ込み所が多かったが、俺はその全てを呑み込んでなるほどと頷く。
――何の為に集めているかは?
――……確定ではありませんが、転生者を触媒にする事で仲間を増やせるという情報があります。
――それはあの名乗ったような連中がって事ですかい?
ファティマはそのようですねと肯定する。
……おいおい冗談だろう。
それを聞いて背筋が冷える。 二体でもきついのに増えられるとどうにもならんぞ。
少なくともオラトリアムにも出ているんだ。 最低でもいや――馬鹿か俺は先に聞く事があっただろうが。
――後、そっちに出て来た連中の戦力構成と能力を教えて貰えませんかね?
――……あぁ、そう言えば言っていませんでしたね。
よく言うぜと思いながら、黙ってファティマの話を聞く。
現れた天使はこっちと同様に二体。 バラキエルとバササエルと名乗ったようだ。
能力は光線攻撃と影を用いた攻防といった代物で、流石のオラトリアムにもかなりの被害が出たようだ。
正直、被害が出たで済んでいる時点であり得ないが、あそこなら何をやっても不思議じゃない。
ともあれ戦闘の詳細までは教えてくれなかったが、敵の能力と戦力構成に関しては割と細かく教えてくれたのはありがたかった。
それと流石に向こうには聖剣使いが現れなかった所を見ると、重要度はこちらの方が高いと見てるとみていいだろう。 何せ聖剣が二本、魔剣が一本あるんだ。
狙いの優先順位がはっきりしているのなら、納得できなくはない、か?
聖剣使いは二人で全部と見て間違いないな。 それ以上居ても困るのだが、敵の戦力の上限が見えるのはいい。 そうなるとオラトリアムに出て来た連中もこっちに来る?
聖剣使いは二人と言う事は分かったが、グリゴリの総数が不明な事が痛い。
――連中がどれだけいるかについては分かりませんかね?
転生者を使って増やせるって情報の仕入れ先に関しては突っ込まない代わりに質問を重ねる。
……絶対、どこかに情報源を確保しているだろ。
襲われただけにしては詳しすぎるんだよ。
恐らくファティマも重要な部分は隠す腹積もりのようだが、最低限の情報はくれそうなので喋ってくれそうな事は遠慮なく質問するとしよう。
とにかく取れるだけ情報を取るべきだ。 ここで対処をしくじると本当に不味い。
少なくともグリゴリはそう遠くない内に絶対にまた攻めて来る。
その時に備えて情報は少しでも多い方がいい。
――正確な数は何とも言えませんね。 そちらに二体、こちらに二体。 総力と言う事は考えられないので、本拠の防衛や遊軍などが存在する事を考慮すれば最低でも五、六体は他に居ると思われますね。
合計で九から十。 こっちの攻めに本腰を入れるなら最大で六から七が投入できる最大数って所か。
ファティマの言葉には若干の歯切れの悪さがあるが、喋り方自体に淀みが少ないので大雑把な数を掴んだ上での発言だろう。
……クソッ、本当にどうやって情報を仕入れたってんだよ。
必死な俺と違ってファティマの態度には明らかに余裕がある。
厳しい状況ではあるが、打開策に心当たりがあるのかもしれない。
もしかしたら単にこちらに弱みを見せたくないだけなのかもしれんが、保有している情報量を考えると虚勢と言う事は考え難いだろう。
正直、恥も外聞もかなぐり捨てて知っている事を洗いざらい教えてくれと言いたい所だが、やった所で正気を疑われるだけだ。
悲鳴を上げる胃を眺めながら会話を続ける。
――なるほど。 それだけの数が居るとなると危険ですな。 そちらとしてはどのような対処をするつもりなんですかい?
――可能であれば敵の本拠に出向いて対処したい所ではありますが、いかんせん情報が少なすぎますね。 当面は防衛に徹するつもりです。
対処か。 この女が言うと凄まじく恐ろしいが、矛先がこっちに向いていないので、寧ろ俺の知らない所で連中を処理してくれないかなと仄かに期待してしまう。
……と言うか頼むから片付けてくれませんかね?
そんな事を願いながら俺はファティマとの会話を続けた。
結局、それ以上は有用な情報が得られなかったので、胃を痛めるだけの結果となったのは――忘れよう。
誤字報告いつもありがとうございます。




