810 「今至」
弘原海は初めて見る俺達が気になっているのか力なく視線を向けるが、聖剣の柄には一切触らなかった。 あの様子だと聖剣は危機を伝えている筈だが、驚く程に反応が薄いな。
魔剣はやる気満々だが、聖剣はそうでもないのだろうか?
『ワダツミさん。 彼等が魔剣の担い手で、これから協力を取り付けるべく交渉している方々です』
『……あぁ、それは分かるよ。 凄く強そうだ。 聖剣がここまで怯えるなんて今までなかった』
エゼルベルトが日本語に切り替えて声をかけると、弘原海は気が抜けたような弱々しい口調でそう呟くように返す。
俺が近寄っても特に反応はしない。 聖剣が怯えるようにカタカタと震え出したが、誰も反応しなかった。
通訳しますといったエゼルベルトの申し出を首を振って断り、俺も言語を日本語に切り替える。
『俺はローという。 今、エゼルベルトが言っていた通り、お前達ヒストリアと協力関係を築くかの交渉を行っている』
『ご丁寧にどうも。 俺は弘原海 顯壽と言います。 どう言う訳か聖剣に選ばれたので、ここでお世話になってます。 ……日本語が上手ですね。 何処かで学ばれたのですか?』
『まぁ、そんな所だ』
俺は答えずに曖昧に返す。 言葉を理解できたのが意外だったのかエゼルベルトは驚いていたが、弘原海の言葉に「いや、転生者は可能な限り保護しているので、聖剣を持っていなくても保護しましたよ?」と苦笑。 弘原海はつられるように力なく笑った後、俺に向き直る。
『どうですかね? 俺はお眼鏡にかないそうですか?』
『もう少しやる気を出してくれれば言う事はないが、どうにかならないか?』
魔剣の反応でほぼ確信していたが、以前に一瞬見た飛んで行った聖剣とデザインが似ているような気がするので間違いないだろう。 本物の聖剣だ。
話をした限り、やる気はあるようだがエゼルベルトの言う通り覇気がないな。
『……すいません。 こればかりは自分でもどうにもならなくて……』
弘原海は申し訳なさそうにそう呟くと、ややあって身の上話を始めた。
『もしかしたらエゼルベルトさんに聞いたかもしれませんが、俺はこっちに落ちてきた後、馬に喰われてこの姿になりました。 周囲には人里もなく俺は孤独と恐怖に震えていました』
そんな時に奴を拾ったのがベースとなった馬の群れだったようだ。
連中は明らかに形状が違う弘原海をあっさりと受け入れ、群れに加えたらしい。
『意思疎通はどうやったんだ?』
『彼等は鳴き声で危険を知らせたりしますが、最も多用するのはこの角です』
弘原海はそう言って自分の角を軽く指差す。
話によればこいつは通信魔石に近い性質も備えており、同族との意思疎通を可能とする器官のようだ。
つまり姿形は関係なく、意思の疎通が出来るか否かで仲間と認識しているのか?
真偽は分からんが興味深い話ではあったな。
ともあれ、弘原海は馬の群れに拾われ連中と共に生活を始めたらしい。
弘原海の馬としての生活は性に合っていたようで、割と早い段階で馴染む事が出来たようだ。
馬共は奴にとって良き家族であり、師でもあったらしく、魔法や群れでの狩りの仕方などを教わる事によってそこから独自の戦い方を確立。 群れの中でも一角の存在として成長していったようだ。
言葉は通じないが意思を交わせる家族。 弘原海 顯壽はその生活とこれから続くであろう日々に満足していた。
……俺にはさっぱり理解できんが、こいつに取って馬の魔物共は掛け替えのない家族だったと言う訳か。
そんな日々にも終わりが訪れた。
グリゴリの襲撃だ。 この辺はさっきのエゼルベルトの話と重複するが、領土を拡大する為に邪魔になった魔物の駆除に巻き込まれたようだ。
弘原海も必死に戦ったが、転生者と魔物だけであの連中を追い払うのは無理があったようで、あっさりと敗北。 馬の群れを率いていた王もその際に死亡したようだ。
弘原海からすればその馬の王は転生して群れに入った頃から気にかけてくれていた恩義のある存在で、親も同然だったらしい。
当初、弘原海はそこで死ぬつもりだったようだが、群れの仲間達が逃がしてくれたようでどうにか命を拾ったようだ。
結果として群れは壊滅。 生き残りは弘原海を含めて数頭のみだったが、その残った連中も逃亡中に死亡。 最終的に群れで唯一の生き残りとなってしまった。
弘原海はグリゴリに対する憎悪を滾らせ、必死に復讐の機会を窺っていたようだ。
そんな時だったらしい、空から剣が降って来たのは。
聖剣アドナイ・メレク。 タイミング的に俺が取り逃がした後、そのまま海を越えて飛んで来たのだろう。
その剣は非常に手に馴染み、強大な力を与えてくれたようだ。
魔剣と同様に持っていれば使い方は何となく分かるので、扱いには苦労しなかっただろう。
ただ、弘原海は聖剣の力に酔わず、思考は酷く冷静だったらしい。
考えた事は「これなら連中を殺せる」だ。 狙いは群れのボスを仕留めたサムサペエルと名乗った個体。
ただ、連中を仕留めるのは一筋縄ではいかなかった。
何せ、連中は聖剣や魔剣の気配を嗅ぎつけられるのだ。 いきなり現れた聖剣の気配に気が付かない訳がない。
何度も雑魚天使に襲われたようだが、その悉くを撃退。
奴にとって幸運だったのはグリゴリの上位天使とまともに出くわさなかった事だろう。
弘原海は戦闘に関しては非常に高いセンスを持っていたようで、危険を察知すると即座に逃げ出して何度もグリゴリに対してゲリラ戦を仕掛け続けていたようだ。
途中、聖剣の魔力を感知されている事に気付き、気配を隠す方法を編み出して実行。
本格的に連中の追撃を掻い潜る。
『参考に聞いておきたいが、それは具体的にどうやってだ?』
「これです」
俺の質問に答えたのはエゼルベルトだ。
奴は仲間の転生者が持って来たらしい巨大な植物の葉を見せてきた。
「この葉は魔力を弾く性質を持っており、隙間がなくなるように聖剣に巻き付けると魔力の漏出を防げるようですね」
俺は受け取って軽く魔力を流すと確かに弾くな。
弘原海はこれを植物の蔓で縛って即席の鞘を作り、身を隠していたようだ。
当時、考えていた事はそのサムサペエルとかいう奴を仕留める事だけだったらしく、感情を押し殺して憎悪の牙を研ぎ続けたと。
そしてついにこの機会が訪れる。 辺獄との戦闘が決着した直後だ。
奴のターゲットであったサムサペエルは北部の領域であるナーオンガヒードの攻略に参加。
決着後、手傷を負って帰還しようとしていた所を奇襲。 そのまま仕留めたようだ。
こうして弘原海は無事に復讐を完遂したのだが――
誤字報告いつもありがとうございます。




