797 「即応」
別視点。
――最初、それに気が付いたのは「彼女」だった。
彼女はこの大地に根を張っており、その影響下にある全ての物に等しく恵みを与えている。
その力を支えているのは身に呑んだ聖剣。
彼女は選定された担い手ではないが、接触しているので限定的な能力使用を可能としている。
聖剣エロヒム・ザフキ。
その能力は予知。 ごく短い時間であればこれから起こる事を正確に把握できるが、精度を落とせば少し先であっても漠然とした危機などを察知する事が出来る。
その聖剣が危機の接近を訴えて来た。 非常に強い危機をだ。
彼女は即座に同胞達に警告。
――敵が来ると。
その警告に真っ先に反応したのは執務室に居たヴァレンティーナだった。
彼女は即座に窓際へと移動。 窓から空を見ると遠くから大量の何かが来るのが見える。
<交信>で部下とシュドラス城へと連絡。 確認作業を行わせつつ戦闘配置の指示を行う。
「ゼンドル君!」
「なぁにおねえちゃん?」
部屋の片隅で狐のザンダーと戯れていたゼンドルが振り返る。
「悪いが外に居る非戦闘員への避難警報を頼めるかな?」
「わかった。 ウーウーってならせばいいんだよね?」
「あぁ、頼む」
口調とは裏腹に機敏な動作でゼンドルとザンダーは部屋を出て行く。
――お姉さま。
今度はシュドラス城に居るグアダルーペからの連絡だ。
彼女には気象台から敵の確認を頼んでいた。
――どこの勢力だい?
パンゲアが明確に敵と認識した以上、友好的な相手と言う事はまず考えられない。
ここまで強く危機を訴えて来るのだ。 間違いなく危険な相手だろうという事は想像が付く。
――見た所、天使の群れですね。
――数はどれぐらいいる? 大雑把でいい。
天使? ヴァレンティーナは内心で訝しむ。
グアダルーペの話では敵戦力は全て天使で構成されているようだ。
天使と聞くと真っ先にグノーシスの名前が浮かぶが、ここを攻める理由が思いつかない。
……まさか聖剣か? 何らかの形でエロヒム・ザフキの所在を掴んだと言うのなら理解はできなくもないが、今回のように形振り構わずに攻めて来ると言う事には違和感がある。
――五千居るか居ないかと言った所でしょうか。 それと巨大な個体が二体居ます。
それを聞いて彼女は更に疑念を深める。 飛行できていると言う事は憑依を行っていると見て間違いない。 憑依による強化はリスクが非常に高いので、それだけの人数が行うと言うのは考え難い。
そもそもそれが出来ているのならヴェンヴァローカでの戦闘ではもっと苦戦している筈だ。
……本当にグノーシスか?
仮に別の勢力と考えるならどこだ? 少なくともヴァーサリイ、リブリアムの両大陸ではない。
調べた限り、そんな怪しい勢力は存在しない。
なら怪しいのは残りのポジドミット大陸となる。 そしてグノーシス以外で天使を利用しているのは――
「……まさかグリゴリ?」
――心当たりがそれしかなかったが、未知の組織でなければ恐らく間違いないだろうと半ば確信していた。
彼女が生まれる前の話なので、ファティマからの知識でしか知らないが大森林内部にいたエルフが信仰していたと言う天使の集団。
戦闘の詳細やどういった者達なのかもある程度は把握していた。
グリゴリだとするのなら、攻めてきている者達は憑依した存在ではなく本物の天使の可能性が高い。
恐らく何らかの手段でこちらに現れる技術を確立できたと言った所だろうか?
外から警報のような音が響き渡る。 ゼンドルが管理している者に伝えに行ったのだろう。
音の発生源は街灯の一部に設置されている警報装置だ。
鳴った際の対応は住民には周知徹底させているので、外で仕事をしていた者達が慌てて避難していくのが見える。
それと入れ替わるようにレブナントや改造種の群れが敵が迫ってきている西側方面に展開。 同時に彼女が居る屋敷自体にも兵を集める。 万が一、突破された場合に備えてパンゲアを守る為の備えだ。
首途研究所にも連絡が行っている筈なので、あちらも迎撃の準備を始めている。
研究所はここより西側にあるので接敵は向こうが先になる。 戦端が開かれるとしたらあそこからだろう。
ヴァレンティーナは一通りの迎撃準備を各所に通達した後、姉であるファティマに連絡。
流石に耳に入れておくべきだろうと考えたのだが、向こうから帰って来たのはセンテゴリフンクスにもグリゴリが現れ、交戦に入ったとの事。
ファティマは状況次第ではローの受け入れを指示するつもりだったのだが、ヴァレンティーナは止めておいた方がいいと首を振る。
敵の戦力が未知数で撤退が必要になる程の相手となるとこちらも安全とは言い切れないからだ。
「……やはり狙いは聖剣か」
<交信>を終了したと同時にヴァレンティーナは相手の目的を悟る。
センテゴリフンクスに現れたグリゴリ二体は魔剣を要求して来た所を見ると、狙いは聖剣で確定だろう。
恐らく何らかの形で聖剣と魔剣の位置を特定できる手段を持っていると見ていい。
つまり狙いはパンゲアの本体。
今ではオラトリアムの心臓部と言ってもいい重要区画だ。
彼女の存在はこの領を運営する上で絶対に不可欠な存在となっているので、触らせる訳にはいかない。
……位置が悪い。
可能であればオラトリアム――パンゲアの支配領域に誘い込んでから迎撃に入りたかったが、そんな悠長な事をしている余裕のある相手ではないだろう。
パンゲアの根が届く範囲なら臣装が使えるのでかなり有利に戦えるが、首途研究所は敷地内以外は範囲外だ。
それでも常駐している戦力はオラトリアムでもトップクラスなので簡単にはやられる事はないが……。
嫌な予感がする。 敵の情報が殆どない事と天使召喚についての知識がある分、ヴァレンティーナはそれを強く感じていた。
はっきりとした物体として認識できるレベルでこちらに出現していると言う事は何らかの手段で完全に近い形で存在していると判断できるからだ。
上位の天使の恐ろしさは権能という異能が物語っている。 あれは上位の天使、悪魔が持つ能力の一部に過ぎない。 その一部であれだけの力を発揮するのだ。
それが完全な形で牙を剥けばどれほどの物か想像が難しい。
……出し惜しみは危険か。
信用していない訳ではないが、首途だけに任せるのは危険と判断し即応が可能な戦力に連絡を取り増援を派遣する指示を各所に送る。
「下手に突破された時の事を考えない方がいいかもしれないか……」
出し惜しみはなしだ。 首途研究所で止める。
ヴァレンティーナはそう決めると、シルヴェイラやケイティにもその旨を伝える為に<交信>を使用した。
誤字報告いつもありがとうございます。




