786 「処刑」
別視点。
ユルシュル陥落から少しの時間が経ったある日。
聖堂騎士ゼナイド・シュゾン・ユルシュルはぼんやりとその光景を眺めている。
場所は王都、彼女はこれから行われる催しの警備を行っていた。
当初、エルマンは彼女を外すつもりだったが、ゼナイド自身がここでいいと強く望んだ結果、彼女はこの場に居るのだ。
そこは広場の中央――特別に用意された舞台の脇。 そここそが彼女の配置された場所でこれから起こる出来事を見届ける為には最も都合がいい場所だった。
周囲には民が集まっており、これから起こる出来事を期待や憎悪等の負の感情が混ざった複雑な表情でその舞台を見つめている。
その舞台は何を担うのか? その答えは――
「さっさと歩け!」
少し離れた所で騎士の怒鳴り声が響く。 ゼナイドがそちらに視線を向けると、騎士達に引き摺られるように歩かされている一団が見えて来た。
手枷を嵌められた者達が列を成して歩いている。 その先頭は彼女の父親であるユルシュル王だ。
その後ろには弟のゼルベルが呆然とした表情で続いていた。
更にその後ろにはユルシュルに仕えていた重鎮達がゼルベルと似た表情で歩いている。
――処刑だ。
彼等はこれから処刑台に上げられ処断される。
当然だろう。 勝手に独立した上に周囲の領を強引なやり方で併呑し、ウルスラグナ王家に牙を剥いたのだ。 臣下としてあってはならない行動を取り、出した犠牲は計り知れない。 その咎は死を以って贖なわなければならないというのは国民の総意と言っていもいいだろう。
捕らえられた後、ユルシュルの者達は想像を絶する尋問と言う名の拷問を受けた。
背後関係を洗い攫い吐かされ、吐き出す情報がなくなっても吐けと尋問されたので、全員の表情は酷く憔悴している。
臣下の中にはこれで楽になれると処刑台を濁った瞳で見ている者すらいた。
これから行われるのは反逆者であるユルシュル一党の処刑。 私利私欲の為に多くの民を傷つけ、それに加担した者がどうなるのかの見せしめの意味合いもある為、大々的に行う事になった。
こうなってしまった以上は彼等に生き残る目はない。 ゼナイドはユルシュルの独立前から家とは縁を切っていたので免除されたが、見ていて余り気持ちのいい物ではない。
それでもこの場に居るのは自分の気持ちに整理をつけ、前に進む為に必要な事と考えたからだ。
歩く一団が彼女に近づいて来る。
ユルシュル王――いや、ユルシュル元王はゼナイドの姿を認めると何かを期待するように視線を向けて来るが彼女は無言で真っ直ぐに見返す。 ややあって、目を逸らしたのはユルシュル元王だ。
みっともなく縋りつかなかったのは彼なりの矜持だったのかもしれない。 そうゼナイドは考えて、父親から視線を切る。
「あ、姉上! 姉上ではありませんか!?」
だが、そうでもなかった者もいた。 ゼルベルだ。
彼はゼナイドの姿を認めると涙を流しながら必死に縋りつこうとする。
列から抜けようとしたので早々に騎士に取り押さえられた。
「姉上! どうかお助け下さい! 俺――私は悪くないのです! 全てこの男が悪いのです! そもそも私はこの戦いに、いや独立自体に反対だったのですよ! ユルシュルはウルスラグナの剣! その範を逸脱する事はあってはならない事! そしてユルシュルはウルスラグナの今後に絶対に必要です! こんな所で失ってはなりません! ですから処刑するなら私以外を――」
ゼルベルは実の父親を指差してまくし立てるようにそんな事を口走るがゼナイドは無視。
指差されているユルシュル元王ですら何の反応も示さない。
だが、他はそうでもなかったようだ。
「ゼナイド様! 私を覚えていますか!? 幼い頃にお世話をさせて頂いた――」
「私は剣の指南を――」
「誠心誠意ユルシュルに仕えてきました! 今後も貴女の下でそう在りたく――」
――醜い。
ゼルベルを筆頭に必死に命乞いをする者達を見てゼナイドが抱いた感想はそれだけだった。
彼女にはみっともなくその場凌ぎの言葉で命乞いする彼らが、人ではない汚らしい何かに見える。
彼等の必死の命乞いが過熱していく事に反比例して彼女の心は冷めていく。
そろそろ実の弟である筈のゼルベルの姿が、本格的に目障りな何かに見えて来そうになった所で騎士達が殴りつけて大人しくさせる。
大半は黙ったがゼルベルだけは尚も必死に命乞いを続けていた。
「ユルシュルは絶えてはなりません! 女の姉上ではユルシュルを残せない! 俺こそがユルシュルの王に相応しいんだ! 姉上なら分かるでしょう!? 俺はこんな所で死んでいい人間じゃないんだ! ユルシュルの頂点に至って神に――」
ゼナイドの隣を通り過ぎる頃には痺れを切らした騎士に後頭部を強く殴りつけられ意識を失った。
騎士はゼナイドを一瞥するが、彼女は小さく頷くとゼルベルはそのまま引き摺られて行く。
彼等の為に用意された舞台――処刑台に順番に上げられて並べられる。
民達はあらん限りの罵声を処刑される者達に浴びせ石を投げつけ始めた。
「お前等の所為で死ななくていい奴が死んだんだぞ!」「死んで詫びろ!」
「俺の友達を返せ!」「さっさと死ね!」「このクズ!」
彼等の罵声と投石は欠片の容赦もなく、ぶつけられたユルシュルの者達は痛みで顔を顰める。
その後は処刑を行う際の決まりとして彼等が何故処刑されるかの罪状を読み上げられ、その後に斬首と言うのが流れだ。
少し離れた所には王族や近隣領の領主も来ており、その光景を眺めている。
処刑には見せしめの意味合いが強いので、今後ユルシュルのような者が現れない為にもこれは必要な行為だった。
ゼナイドはただひたすらに黙って家族だった者達の最期を見つめ続ける。
処刑人による罪状の読み上げが始まった。
途中で意識を取り戻したゼルベルがまた喚き始めたので、口に布を噛ませて黙らせる。
やがて罪状の読み上げが終わり執行が始まった。
一人一人順番に首を刎ねるので、処刑人は交代で刑を執行する。
処刑は罪状の軽い順番となるので、身分の低い者からとなるのだ。
「い、嫌だ! 死にたくな――」
斬。 処刑用の切っ先がない肉厚の両手剣はその重さで罪人の首を一撃で落とす。
頭部を失った死体は血液を撒き散らしながら力なく崩れ落ちる。
処刑人達は淡々と引き摺って舞台から蹴り落とし、首も同様に蹴って落とす。
舞台の下で控えていた者達が落ちて来た死体を引き摺り頭を拾う。
そして体の拘束を解いて正座のような体勢で座らせ落とした首を抱えさせる。
これがこのウルスラグナでの処刑だ。 罪人の死体はこの状態で放置され、辺獄に消えるまでの間、晒され続ける事となるのだ。
始まった事によりゼルベルは狂ったように暴れ始めたが、その場にいた全員が無視。
刑は淡々と実行される。 諦めたように項垂れる者、必死に命乞いをする者、ゼナイドに助けを求め、叶わぬと知れば何故お前だけが助かるのだと憎悪を向ける者。
様々な反応を示していたが末路は同じだ。 斬首され、己の首を抱えて座らされる。
次々と首が飛び、罪人の数が減っていき、ゼルベルの番になった。
最後までうるさく喚き散らして必死にゼナイドに視線を向けていたが、その首が飛んだ後は永遠に沈黙する事となる。
最後はユルシュル元王の番となる。
彼はゼナイドを一瞥するだけだったが、その後は黙って項垂れていた。
民達の罵声は最高潮に達し――鈍い音がしてその命が断絶。
他と同様に血を噴き出しながら崩れ落ちた。
ゼナイドはその光景を黙って見つめ続け、全てが終わるまでその場でそうし続けた。
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