783 「罵倒」
続き。
「ゼナイドさんでよかったな? 本当はアンタの救出を依頼されてはいたんだが、俺はそこのアホ共をぶちのめす用事が出来たんでそのまま逃げてくれないか?」
葛西は武器を構えて三人を牽制しつつゼナイドに逃げるように促す。
「カサイ聖堂騎士ですか。 来てくれて助かりました。 ですが、貴方に斬れるのですか? 仮にも同郷の――」
「……こいつ等は俺がきっちり皆殺しにします。 可能であれば情報も取るんであんたは行ってくれ。 外の戦いもそろそろケリが――着いたようだな」
その証拠に二人にかかっていた圧力が消え失せる。 外で戦っていたユルシュル王が倒れた証拠だろう。
ゼナイドも察したのかやや呆れが混ざった息を吐く。
「分かりました。 ではこの場はお任せします」
葛西は頷いた後、ゼナイドに通信魔石を投げて渡す。
「それでエルマンさんに連絡とって拾って貰ってくれ」
「感謝します」
『逃げんなコラぁぁぁぁ!』
受け取ったゼナイドが建物から出ようとするのを茂が飛んで追いかけようとしていたが、その背中に追いつく前に葛西が足を掴んで地面に叩きつける。
「アホが、行かせる訳ねーだろうが」
ゼナイドが出て行ったのを確認した所で、葛西はさてと気持ちを切り替えて掴んだままの茂をそのまま何度か地面に叩きつけて帰る帰ると喚いている井戸本に投げつけた。
『よぉ、久しぶりだな。 茂、井戸本、芋山。 俺が分かるか?』
葛西は日本語に切り替えて三人にも通じるように言ったが――
『殺す! 殺す! 殺す!』
『帰る! 帰る! 帰る!』
『女! 女! 女!』
三人は目を血走らせて支離滅裂な事を喚き散らす。
葛西はその様子を見て目を細める。
『何だ? 薬か魔法だかでぶっ飛んでんのか? まぁ、そうでもなければお前らみたいな腰抜けの馬鹿共に解放なんて真似不可能だろうしな』
解放は転生者の切り札ではあるが、使った後の反動が酷いので大抵の者は使用を躊躇う。
少なくとも引き籠っているような連中にはまず不可能な行動だった。
――にもかかわらず三人は何の躊躇もなく使用している。
言動からも分かるように明らかに何らかの手段で正気を失っているのだろう。
だがどうやってと葛西は訝しむ。
転生者は薬物や魔法に対する抵抗力は非常に高い。 少なくともこのような状態を長時間維持させるような代物を彼は知らなかった。
『……こいつらをこんなにした奴らが近くに居ないって事は、捕縛されても問題ないって事か』
葛西は情報は無理だろうと早々に諦める。
仮に効果が切れたとしても元に戻らない可能性が高いからだ。 元に戻ったとしても、三人の迎える未来は尋問と言う名の拷問の末にある処刑だ。 ならせめてここで始末した方が、まだ苦痛が少ないだけマシだろう。 どちらにしても対峙した時点で殺す事は決めていたので、余計な事は考えなくて済む。
――解放状態の転生者が三人。
厄介だが元々、大した事のない連中なのでどうにでもなるかと剣を握る手に力を込めた。
『女! 女! 女! 俺は女とヤるんだよ! 邪魔してんじゃねぇぇぇぇ!!』
立て直した芋山がギチギチと口を鳴らしながら突撃。
狙いは目的を邪魔する障害物である葛西の排除だが、ただ真っ直ぐに突っ込んで来るだけなので回避は容易。 躱しながら空間に溶け込むように姿を消す。
同様に仕掛けようとしていた茂と井戸本も標的を見失って適当な場所を攻撃し始める。
『いーひひひひひ! 殺す! 殺す! 殺すんだよぉぉぉぉ! そしたらあたしは勇者で世界を救って、大凱旋だ! あーははははは!』
標的を見失って滅茶苦茶な軌道で飛び回る茂だったが、空中で急にコントロールを失って落下。
地面に叩きつけられる。
『あれ?』
彼女は不思議そうに振り返ると背の羽が半ばから断ち切られていた。
『羽が落ちちゃった? 羽はど――』
自分に何が起こったのか認識する前にサクりと軽い音がしてその首が高々と宙に舞う。
ゴロゴロと落下した首がエントランスホールの床を転がるが、ぐしゃりと何かに踏み潰されたかのように弾け飛んだ。
『勇者ごっこならあの世でやってろ馬鹿が。 本当に勇者やりたいなら真面目に訓練しろ』
茂にとどめを刺した葛西はそう呟いて次の標的に狙いを付ける。
次は井戸本を狙う。 ゼナイドを追わせない為に機動力がある順に仕留めるつもりのようだ。
巨大な人型のテントウムシは無茶苦茶にハンマーを振り回している。
『ざっけんな! 帰る! 帰る! 俺は帰るんだ! 異世界召喚なのにチートもないとか俺を騙しやがって! やってられるか! 帰る! 俺は帰る! どいつもこいつも馬鹿にしやがって帰るんだ!』
井戸本はハンマーで床を破壊し、壁を破壊し、目に付く物をひたすらに殴り続けていたがビクリと弾かれたようにその動きを止める。 その理由はいつの間にかその額に開いていた穴だ。
彼がさっきからあちこちを壊していたおかげで周囲には建材の破片などが散っており、見えない筈の者の輪郭が微かに浮かび上がる。
お陰で目を凝らせば伸びた紐状の物が井戸本の額から離れるのが見えた。 葛西の舌だ。
先端に付いた毒針が井戸本の額を射貫いている。 彼は自分に何が起こったのか理解したのか、していないのか、帰る帰ると壊れたラジオのように繰り返すと次第に声が弱くなり――どさりと倒れて動かなくなった。
『自分の都合ばっかり言ってんじゃねぇぞ。 アイオーン教団はボランティア団体じゃない。 結果が欲しいなら最低限の労働をしろ』
動かなくなった井戸本へは見向きもせずに葛西は最後の一人――芋山を仕留めるべく動く。
彼を最後に回した理由はいくつかある。 機動力が他の二人に比べて低い事もあるが、一番大きな理由はしぶといからだ。
『ヤらせろよ! 女! 女! 女! ハーレム!』
隠しもしないその馬鹿な発言に葛西は思わず顔を顰める。
たった今、死んだ茂と井戸本もそうだったが、この三人は異世界転生に対して妙な理想を持っていた。
同じ転生者の竹信や北間にも似た傾向はあったが、この三人は輪をかけて酷い。
どうやら彼等にとって異世界は自分に都合の良い事がひたすら起こり続ける素晴らしい場所らしく、茂は皆が何もしていないのに凄い凄いと特別扱いしてくれると勘違いしていた。
井戸本は何もしていないのに自分は最強と信じて疑っておらず、芋山に至っては何もしていないのに次から次へと女を宛がって貰える等と寝言を言っていたのだ。
当然ながら早い段階で全員、加々良に殴り倒されお決まりの引き籠りコースに突入した。
本人達ははっきりと口にした訳ではないが、とにかく何もしていないのに望んだ結果が勝手に転がり込んで来ると信じ――いや、期待していたのだろうと葛西は解釈していた。
――馬鹿が! 何を甘えた事を言っていやがる!
葛西は苛立ちを乗せるように芋山の顔面に肉厚の刃を叩きつけて、そのまま割ろうとするが即座に再生して刃を押し返してくる。
振り払おうとする動きに逆らわずに剣を引き抜いて芋山の巨体を切り刻むが、切った端から再生していく。
「チッ、俺じゃ火力が足りねぇ――いや、もう終わりか」
どうした物かと考えていたが、もう考える必要がないと悟って力を抜く。
その理由は目の前の芋山の姿だ。 身体が徐々に萎んでいき、動きも緩慢になっている。
時間切れだ。 本来なら凄まじい虚脱感に襲われるはずなだが、芋山は未だに元気よく女、女と喚き散らしていた。
――とは言っても体は付いて来ないようで、本当の芋虫のように力なく身をくねらせる。
葛西はすっかり縮んで動かなくなった芋山の頭をめがけて足を振り上げ――
『もうお前に言う事は何もねぇよ。 あの世でマスでもかいてろこの馬鹿が』
――下ろす。
解放状態が解除された事により再生能力が極端に落ちた芋山は回避も出来ずにぐしゃりと頭部を踏みつぶされて即死。
「……はぁ、終わったか」
葛西は深い溜息を吐く。
同郷の人間を三人も殺した事に耐えられるか自信はなかったが、実際にやって見ると不快な後味の悪さ以外は特に何も感じなかった。
これは覚悟を決めていた所為なのか、この世界に慣れた所為なのか、それとも――
「――俺はもう心まで人間じゃなくなっちまったのかね」
正解は分からなかったが、少なくともいい気分にはならなかった。
誤字報告いつもありがとうございます。




