778 「脱走」
続き。
「……これは?」
外での騒ぎは城の内部で軟禁されていたゼナイドにも伝わる。
その後、当然ながらユルシュル王の権能の影響下に入り、全身に襲いかかる圧力に潰されそうになるが、彼女は歯を食いしばって耐えた。
部屋の外の気配を探るが誰も居ないようだ。
窓から外の様子を窺うと、明らかにほぼ全軍が迎え討つ為に外に出ようとしているので、余計な人員を割けないといった所だろうか?
この状況であの父が籠城の利点を捨てる意味は不明だが、逃げるには今しかないのも事実だ。
それに早くしないと動けなくなるのも目に見えていたので、ゼナイドは魔法で身体能力を強化。
ドレスで動き辛いが仕方ないだろう。
履いていたヒールを脱ぎ捨てて素足になると、ドアに全力の蹴りを叩き込む。
魔法で強化された彼女の足は一撃でドアを軋ませ、二撃、三撃、四撃目で彼女の前に屈し、枠から外れて吹き飛んで行った。
「あ痛たたたた。 やはり防具なしでやる物じゃないな」
痛む足をぶらぶらと振ったゼナイドはそのまま軟禁された部屋を後にする。
周囲を確認するとやはり誰もいない。 今なら自由に動けるだろう。
外の様子を見る限りでは外に王国軍が来ているのは間違いないので、抜けだして合流するかここで暴れて味方の援護をと考えていた。
「……その前に装備と防御用の魔法道具が必要だな……」
元々、この城は彼女の実家だ。 増改築を繰り返しているとはいえ大雑把な構造は把握しているので、何処に何があるのかは大体分かる。
ゼナイドは裸足のまま人気のない廊下を走って移動。 外では凄まじい規模の魔力が渦を巻いているのが分かった。
彼女自身も耐えてはいるが、魔力の吸収は勿論、背にかかる圧力がきついのだ。
効果範囲がどこまで広がっているのかは不明だが、少なくとも街の中央は完全に影響下にあると見ていい。
「民を巻き込むとはなんて愚かな事を……」
ゼナイドは自身にまで効果が及んでいる所を見ると、この現象は範囲内の人間を無差別に襲う物だと認識。 そしてそれは正しかった。
実際、街中の人間と言う人間は全てユルシュル王の権能により、地面に這いつくばらされて魔力を奪われ続けているからだ。
行使しているのはユルシュル王だとゼナイドは確信していた。 あの男が自らの所有物である民に被害が出るような攻撃を他人にやらせる訳がないからだ。 ――にもかかわらず行われている以上、やっているのは間違いなく本人だろう。
――どうすれば止められるのか?
一番早いのは本人を仕留める事だろう。
事、ここに至ってはユルシュル王は決して許されない。 仮に命が助かったとしても、見せしめに公開処刑されるのが目に見えている。
その心には躊躇いはなく、どうせ殺されるのならば自分の手でとゼナイドは思う。
だが、それは自分に可能だろうかとも彼女は考えていたのだ。 これは情ではなく単純に能力的な問題だ。
これだけの大掛かりな事をやって得た力だ。
間違いなく、例の魔導書が絡んだ魔法か何かだろう。 普通に使っているゼンドルにすら敵わなかったゼナイドに果たして勝ち目はあるのかといった考えがあった。
ユルシュル王は人格はともかく、技量だけなら聖堂騎士にも匹敵する。
長い間、顔を合わせて居なかったので最後に手合わせした時からどのような変化があったのかは不明だが、少なくとも当時は勝てなかった。
「なら、術を成立させている者を探し出して砕くべきですか……」
最も現実的なのはこれだろう。 明らかにユルシュル王一人で成立させられる規模の事象じゃない。
ならばそれを支える何かがある筈だとゼナイドは考えたのだ。
廊下を走っていると使用人が倒れている姿が散見された。 触れて調べると生きてはいるようだが動けない上に魔力をかなり持って行かれて意識が朦朧としている。
急がないと遠からず自分もこうなるなと考え、ゼナイドは装備を保管している倉庫へ向かう。
主力が出撃した後なので碌な装備が残っているとは思えないが、取り上げられた自分の装備か予備の鎧や剣でもあれば充分だと走る。
向かう途中に何人か倒れている使用人を見たが騎士は一人もいない。
本当に全て出払ってしまったのだろうとゼナイドは眉を顰める。 恐らくここを背水の陣とするつもりなのだろう。 本当に全ての戦力を投入したようだ。
――馬鹿な事を。
ここまで追い詰められたら仮に勝てたとしても先がない。
そんな事も理解できない程に耄碌したと言うのかと考え――いや、違うと内心で首を振る。
ゼナイドは父親の性格をよく理解していた。 傲慢な男だったが、本質的には小心者だ。
他者に抑えつけられる事を酷く嫌い、他者を支配する事で心の安定を得る。
兄のゼンドルや弟のゼルベルにもその傾向はあったが、これは恐らくユルシュルの一族が培って来た体制に原因があるだろうと考えていた。
とにかく相手を力で捻じ伏せる事を是とした家風は育つ者の人格に致命的な歪みを齎す。
結局、権力の頂点に立って安心したいと言うのがユルシュル王の行動原理だろうとゼナイドは考えており、それは的を射ていた。
「良かった。 場所は変わっていなかったか」
考えている内に武器の保管庫へ到着。 施錠されていなかったのでそのまま中へ。
内部はゼナイドが予想した通り、殆ど空だったが取り上げられた彼女の装備が置いてあった。
彼女は早々にドレス脱ぎ捨てて装備を身に着ける。 後は中を探って防御用の護符がいくつか残っていたので身に着ける。
余っている物だけあって質はあまり良くないが、ないよりはマシかと妥協。
装備の防御効果もあって体にかかる圧力はかなり軽くなった。
「よし。 これでしばらくは問題ないが……」
これからどう動くかと思案。 最初に考えた通り、逃げ出すのも手ではある。
やらないとは思うが、自分を人質にする可能性もあるので味方の懸念を取り除くと言う意味では有効だろう。
――だが、その前に斬らなければならない者がいるからだ。
ホルトゥナ。 この地に魔導書を齎しウルスラグナに混乱を撒き散らした原因。
ユルシュル王の行動は自業自得ではあるが、ここまで極端な行動に走った事を考えるとそうなるように誘導したと見ていい。
自分は表に出ずに好き放題やって高みの見物と言うのは非常に気に入らなかった。
恐らく何処かでこの戦いの様子を見ているに違いないと考え、ゼナイドはどう動くべきかを決める。
まずは原因の排除だ。 この街――いや、城で戦況を確認するのに都合のいい場所はどこかと考え、彼女は脳裏に浮かんだ心当たりのある場所へと向けて駆け出した。
誤字報告いつもありがとうございます。
前話をこっそり微修正しました。




