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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
22章

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762/1442

761 「鉄塊」

続き。

 布陣した王国軍の先頭に立つのは全身鎧と邪魔にならないように髪を結い上げたクリステラだ。

 兜は身に着けていないのでその素顔が露わになっている。

 手には赤く輝く聖剣エロヒム・ギボール。 腰には予備に格下げされた浄化の剣。

 

 その目は真っ直ぐに敵であるユルシュル軍を見据えていた。

 現在、両軍が睨み合っている状態だが、それが崩れるのはもう間もなくだ。

 ユルシュルからの一方的な宣戦布告により、開戦は日が天頂を指した時と定められていた。


 クリステラはちらりと視線を上げる。

 日は僅かに登り切っておらず、もう少しだけ時間がありそうだ。

 作戦――というよりは王国側の動きに関しては事前に詰めているので、この段階まで来るとクリステラが考える事はない。 事前に決められた事をやるだけだ。


 ユルシュルに関しては可能であれば捕虜は取るが、基本的に殲滅する方針と事前に決まっていたので、余計な手心を加える必要もなし。

 クリステラの胸中は静かだった。 これから彼女は大量の命を奪う。

 聖剣を用いれば、それはもはや戦いとは呼べない虐殺となるかもしれない。


 だが、もう彼女は何を守るのかを定めている以上、迷いは欠片もなかった。

 そしてついに日が天頂へと至り、両軍から鬨の声が響き渡る。

 大量の人間が動く事により地鳴りのような低い無数の足音が響き――




 開戦と同時にユルシュルの者達が走りながら真っ先に行ったのは剣を抜く事ではなく、本を広げる事だった。

 先鋒を務める者達が一斉に起動。


 『 <第一(レメゲトン:)小鍵(ゴエティア) 43/72(サブナック)>』


 同時に騎士達の肉体が膨張するように巨大化し、身体能力が爆発的に上昇。

 彼等が使用している悪魔――『43/72(サブナック)』の能力は単純な身体能力の強化。

 シンプルな能力故、大抵の人間は扱えるといった高い汎用性を誇っており、殆ど騎士は好んで使用している。


 第一(レメゲトン:)小鍵(ゴエティア)

 魔導書の第一位階――悪魔との限定融合。

 それにより使役している悪魔の力をその身に降ろす事が出来るのだ。


 ユルシュルの騎士達は元々、高い水準の技量を誇る精強な軍だったが、この強化により聖堂騎士に匹敵する戦闘能力を身に着けるに至った。 そして身体的な機能も向上しているので、少々の傷は直ぐに癒え、その肌は刃を通さず、走る速度は風を越え、拳の一撃は地面を陥没させる。


 並の騎士や兵では文字通り鎧袖一触に屠られるだろう。

 今やユルシュルの騎士達は一騎当千の力を得たと言っても過言ではないのだ。


 そして――


 『 <第二(レメゲトン:)小鍵(テウルギア) 58/72(アミー)>』


 後衛を務める者達もやや遅れて魔導書を起動。

 すると彼等の傍らに炎の塊のような悪魔達が次々と現れる。

 

 第二(レメゲトン:)小鍵(テウルギア)

 魔導書の第二位階――悪魔の召喚による純粋使役。

 オーソドックスな召喚で、該当する悪魔を呼び出し自由自在に操る事が出来る。


 『58/72(アミー)』は炎を操る悪魔の中では比較的扱い易く、魔法等の適性が高い者であれば大抵の者が使役が可能な悪魔で、突出した破壊力は出せないが安定した威力の炎系統の魔法を操れる事もあり、後衛を務める者からは好んで呼び出される。


 呼び出した悪魔は魔法行使の補助は勿論、緊急時には前衛も務め、召喚者を守ってくれる存在だ。

 その為、召喚者は悪魔の使役と魔法の操作に意識を割かれるのでまともに動けなくなるといった欠点こそあるが、第一を使用した前衛が要る以上は無用な心配だった。


 ユルシュル軍の行動は実にシンプルだ。 左翼、右翼が真っ先に突撃し、中央がやや遅れて続く形――鶴翼の陣を敷いて敵を包み込むように包囲殲滅。

 本来なら物量に差がある状態でやるような事ではなく、セオリーだけで考えるのなら無謀とも言える作戦も強化された彼等ならば圧倒的な個の戦闘力に物を言わせれば実現可能と敢行。


 実際の所、傍から見れば無謀なこの作戦も魔導書という要素を加えれば勝算は充分に存在するのだ。

 それほどまでに魔導書は圧倒的な力とそれによる万能感を彼等に与えた。

 

 ――ただ、彼等にとっての誤算は――

 

 「進め、進め! 突撃だ! 王国の腰抜け共に我等ユルシュルの精強さを見せるのだ!」

  

 ユルシュル軍は勝ちを確信しているので臆さずに突撃。

 対する王国軍もユルシュルの動きに合わせるように展開。 迎え撃つ構えだが、奇妙な動きをしている者が居た。 先頭に居たクリステラだ。

 

 彼女は聖剣を片手にたった一人で突っ込んで来たのだ。 エロヒム・ギボールが輝きを放っているので、その姿は嫌でも目を引く。

 それを見たユルシュルの左翼を先頭で進んでいた騎士は嘲るように笑う。


 「馬鹿が! 単騎で突っ込むとは命知らずな! 望み通りに血祭りにあげてくれる!」


 それが彼の人生最期の言葉となる。

 次の瞬間、ユルシュルの先鋒の一角がごっそりと抉り取られた(・・・・・・)

 何が起こったのか理解するのに彼等は一瞬の時間を要する。 それほどまでに目の前で起こった出来事は彼等の理解を越えていたからだ。


 ――聖剣とその担い手の戦闘能力だろう。


 クリステラが行った事は実にシンプルだ。 聖剣を一振りしただけ。

 本当にそれだけだったのだ。


 ――ただし、聖剣が産み出した鉄を纏って百メートル程に巨大化した刃をだが。

 

 当然ながら鉄は重い。 加えてクリステラが生み出し、聖剣に纏わせた鉄は長さだけでなく厚みも相当な物でもはや刃と呼ぶよりは鈍器と呼んだ方が適切な形状をしているそれは、凄まじい重量として彼女に圧し掛かるだろう。


 だが、エロヒム・ギボールの固有能力である身体能力の向上はその重さを容易く捻じ伏せる。

 その結果、全長百メートルの鉄塊を見えない程の速度で振り抜くという異常事態を引き起こした。

 悪魔との融合により人外の身体能力を持ったユルシュルの者達も鉄塊を叩きつけると言う純粋な物理攻撃の前に屈し、叩き潰された虫のように弾け飛んだのだ。


 「――は?」


 誰かが呆けたようにそんな言葉を漏らすが、クリステラは表情一つ変えず、無慈悲かつ無機質に再度聖剣を一閃。 数十人が一瞬で叩き潰されて即死する。

 悪魔を使役し人外の領域に踏み込んだ彼等を以ってしてもクリステラの動きは信じられない物だった。


 何故なら振った後、速過ぎて刃が霞んで消えたように見えるのだ。

 どんな腕力で振ればあのサイズであんな馬鹿げた速度が出るのか、ユルシュルの騎士達にはさっぱり分からなかった。


 そしてそれを現在進行形で成しているクリステラには消耗した様子は微塵もない。

 彼女の間合い――殺傷圏内に入った騎士はぼんやりと呟いた。

 

 「化け物め」


 次の瞬間、彼は見えない程の速さで振り抜かれた鉄塊に叩き潰されて即死した。


誤字報告いつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 麗しのヴァルキリー(狂戦士 かと思っていたら 百人斬りの切り込み隊長ガッツだった件について いいぞ、もっとやれ [一言] その鉄塊はあまりにも巨大すぎた よりも巨大w
[一言] やっぱり(確信) もうここまでくると哀れみが……
[良い点] クリステラの聖剣の使い方、ハイディが水銀の槍を雨のごとく降らせるのとはまた違った対軍戦闘の解で面白いです! 豪快なやり方だけど、本人の性格と聖剣の固有能力が噛み合ってて好相性に思えます。…
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