759 「食誘」
別視点
「……ついに始まっちまったようだな」
俺――エルマンは小さく溜息を吐いた。
場所は王都内にある高級料亭。 個室制で魔法的に防御もされており、食事をしつつ密談に最適と言った大変お高い食事処となる。
何故俺がここに居るのかと言うと、向かいに座っている相手――ルチャーノからのお誘いがあったからだ。
そもそもこの店は完全会員制で一見さんお断りという二重の意味で俺には敷居が高いので来るのは初めてだった。
「こっちにもユルシュルの使者とやらが来たぞ。 何と無条件降伏し、この国の真の後継者たるユルシュル王に速やかに玉座を譲り、跪けと中々面白い事を言っていたな」
ルチャーノは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
隠しもしない侮蔑はユルシュルに対して奴がどう思っているかが窺える。
「それで? アイオーン教団の方にも最後通告が来たんだろう? 内容は何だ? 聖剣を寄越せか? それともこちらに付くなら見逃してやってもいいと言った温情溢れる申し出か?」
……はは、大体当たってるぜ。
「そんな所だ。 聖剣と魔剣の引き渡し及び、聖女の身柄。 後はアイオーン教団はユルシュルの傘下に入れと。 そうすれば国教として認めて下さるそうだ」
ありがたくって涙が出そうだぜ。
「聖女の身柄? 何だあの男、まだ聖女を狙っているのか?」
「あぁ、前回袖にされた事が余程気に入らなかったのか、まだ嫁にするとか寝言を言ってるぞ」
俺とルチャーノは、はははと渇いた笑みを交わす。
「……で? アイオーン教団としてはどう動くつもりだ?」
しばらくの間、笑っていたがややあってルチャーノが本題を切り出す。
そんな事だろうと思っていたので、俺は頷きつつ用意していた答えを口にする。
「当然、断るつもりだ。 戦闘も――いや、この際だからはっきりと言うが、ユルシュルを攻め滅ぼす事も視野に入れている。 そっちはどうだ? 例の弱腰の王族連中の説得は上手く行きそうか?」
「あぁ、なるべく交渉で片付けたかったのか、兵を動かす事に中々頷いてくれなくてな。 やりたくはなかったが、負けたら殺されるぞと半ば脅す形で同意させた」
ルチャーノの言葉に納得する。 あの王族連中を頷かせるにはそれが一番早いし、俺がルチャーノの立場でも同じことをするだろう。
弱腰と言う事もあるが、非常に強くお互いを想い合っているので家族の命をダシにすれば頷かざるを得ない。
人間としては好感を持てはするが、為政者としての資質には欠けると判断せざるを得ない。
……ただ、この国に限っているのなら務まってしまう事も問題か。
ウルスラグナは辺境であるが故に他所の国との国交がほぼ皆無だ。
その為、自分の膝元にだけ集中していればいいので、治めるだけなら他と比べれば楽な部類だろう。
交易関係も体裁としては領扱いのオラトリアムが居るので、妙な気を起こす奴が現れない事もいい方に働いている。
何せ喧嘩を売ったユルシュルがどうなったのかを知っている者はまずあそこに手を出さないだろう。
これは噂の域を出ないが、以前にオラトリアムに後ろ盾になって貰って王都へ攻め込もうとした馬鹿な領主がいたらしい。 さて、そいつはどうなったか?
現在、その領はオラトリアムの一部となり、領主の首は挿げ変わっていた。
あそこの恐ろしさは武力や財力だけでなく、底が見えない事だろう。
恐らくユルシュルはそう遠くない内にそれを再認識する事となる。
「兵に関しては好きなだけ動かしていいと許可を貰ったので、出し惜しみはしないつもりだ。 あの連中の相手もいい加減にうんざりしていたのでこの機会に叩き潰すつもりでいる」
ルチャーノは話を続けていたが、不意にその目が細まる。
「――が、こちらとしても確認したい事がある。 アイオーン教団の聖女についてだ」
……本当に聞きたかったのはそっちか。
まぁ、クリステラが代役になっている事は見る奴が見れば気が付くだろうとは考えていた。
聖剣が本物でも聖女が偽物である以上は遅かれ早かれ突っ込まれる事は覚悟していたのだが――
悩む。 どう答えたものかと。
正直に答えてもいいとは思っている。 だが、エロヒム・ギボールに関しては時期を見て明かそうと考えていたのでここで喋って良いのかと考えてしまうのだ。
「例の遠征から戻ってきている事は聞いている。 正直、決める前に一言欲しかったと言いたい所ではあるが、無事に戻って来たのなら私から文句はない。 取り立てて問題も起こっていないようだしな」
「それに関しては悪かったと思っている。 なにしろ急な事でな……」
「聞きたいのは聖女――と言うよりは聖剣だな。 当てにしてもいいのかと言う点だ。 聖剣のあるなしは戦局に与える影響は計り知れない」
そこを突かれると厳しいな。
少し迷ったが――観念して吐き出す事にした。 どちらにせよオラトリアムには知られているので、王国に伝えるのも遅いか早いかの違いか。
「聖女は遠征の時に負傷してな。 今は休ませているが、聖剣は出せる」
「……それはもう一本あると解釈していいのか?」
俺は黙って頷く。
ルチャーノは特に驚いた様子を見せずにふむと悩むように小さく首を捻る。
「聖堂騎士クリステラか」
それを聞いて俺は驚きに目を見開く。
おいおい、それだけの情報で真っ先にクリステラの名前が挙がるのかよ。
「簡単な話だ。 聖女以外で聖剣を持たせるなら誰かと考えれば自然と候補は絞られる。 お前が戦力として一番信頼しているのは彼女だろう?」
「参ったな。 その通りだ」
「ふむ、なるほど。 なら問題はないな。 彼女の実力は疑いようがない。 単純に戦力で評価するなら聖女より上だろうし、これで懸念の一つが消えた」
ファティマ程じゃないが怖い奴だな。 絶対敵に回さないようにしよう。
「エルマン、お前はクリステラを今後どう使うつもりだ? 効率を考えるならもう一人の聖女として扱えば色々と楽になるんじゃないか?――と言いたいが、ここ最近の彼女の動きを見るなら予備に留めるつもりだな」
「今の所は、な」
「……なるほど、色々と苦労していそうだな」
納得したのかルチャーノは表情を緩めて苦笑。
俺は無言で肩を竦める。 どうやら納得してくれたらしい。
「さて、硬い話はこれぐらいにして食事にするとしよう。 ここは私が懇意にしている商人の御用達でな。 味に関しては保証しよう」
ルチャーノは部屋に備え付けられた魔法道具を起動。
しばらくすると店の者が現れ、注文を取りに来たので慣れた感じで次々と料理名を並べる。
……数日もしない内に開戦、か。
ユルシュルは既に戦力を展開するべく動き出している。 ここまで来れば後はもうぶつかるだけだ。
もう俺にできる事はないし、今は飯でも食って英気を養うとしよう。
その後に運ばれて来た料理は確かに美味かった。
誤字報告いつもありがとうございます。




