745 「難行」
続き。
次はリブリアム大陸での事件についてだ。
手口から判断するに俺は連中が関与していると見ている。
どうやって見た事もない魔物を手懐けているかは見当もつかんが、あんな事が出来る組織があちこちにあってたまるかといった思いもあった。
手段に関しては謎が残るが、最も重要なのは連中が最終的に何をしようとしているかだ。
外敵の排除というだけなら他所の大陸に行く必要はないだろうと考えている。
ウルスラグナの北方を占める広大な領土に圧倒的な武力。 守りに徹すればまず負ける事はないだろう。
アメリアも例の騒動で死亡しており、組織も壊滅している所を見ると国内に存在するであろう脅威の排除は完了していると見ていい。
おあつらえ向きにグノーシス教団も撤退した――まぁ、思い返してみれば教団崩壊の切っ掛けも狙い澄ましたように広がった噂が原因だ。
あの女ならその程度の事はやってのけるだろう。
正直、会話していると思考を読まれるどころか誘導されているかのような錯覚に陥る程、あの女は切れ者だ。 少なくとも会話していて心臓と胃に優しくない相手である事は間違いないな。
……そしてもう一人。
ロートフェルト・ハイドン・オラトリアム。
オラトリアムの実質的な支配者でファティマの夫。 あの女と夫婦生活を送るなんて金と権力を貰っても絶対にやりたくない難行苦行を現在進行形で行っている凄まじい男だ。
傀儡にされているのか飼い馴らしているのかは不明だが、後者だった場合は俺はあの男を尊敬するだろう。
あのいかれた女をどうやって従えているのかがさっぱり理解できないので、機会があるなら後学の為に円滑な夫婦生活の秘訣を聞きたい物だ。
……あの男も何を考えているのかまるで分からん。
オラトリアムの頂点と言う事以外がまったく見えてこないので、どう扱って良いか判断に困っている。 話をしたのは一度だけではっきりとは判断できない。 だが、感触からファティマと似た雰囲気を感じたが、まだまともそうな印象を受けた。
それだけに分からないな。
今までの襲撃や事件に関しての最終判断を下したのがあの男と言う事がどうにも腑に落ちない。
同様にファティマの判断だと考える事にも少し違和感がある。 あの女は力技ではなく策に訴える傾向にあるのは会話していれば分かるからだ。
結果的にオラトリアムに利する形で事態は推移しているが、あの二人の印象と噛み合わない事が引っかかる。 仮に別の存在が首謀者だとするなら、恐らく短気――というよりは物事を単純化する傾向にある人物だろう。
敵と判断すれば後の事は深く考えずに即座に消し去り、そのまま組織を根こそぎ壊滅させてしまうような。 そんな恐ろしい事を考える奴が存在して、実行できる能力を持っているのは恐怖以外の何物でもないだろう。 もしかするとロートフェルトとファティマをそんな奴が裏で操っている?
「……いや、飛躍しすぎか?」
思わず呟く。 そんな奴が存在してオラトリアムを操っているのなら、過去に何らかの形で表に出ていないのはおかしい。
仮に支配者が居たとして、オラトリアムに干渉し始めたのはいつだ?
……恐らく作物の品質と収穫量が激増した時期だろうな。
あの頃からオラトリアムは急速に発展し、その勢力を伸ばし始めていた。
どんな手段を使ったのかは不明だが、あの時期からオラトリアムに何かが起こったのは確かだろう。
少なくとも俺が初めてあそこに行った時にはもう――
「……考えても仕方がないか」
少なくとも今の所ではあるが、アイオーン教団が敵視されていない所を見ると連中にとっては都合がいいと判断されているって事か。
こちらには聖女とクリステラと言う切り札もある。 多少は仕掛ける事を躊躇わせる材料になればとは思うが、過信は禁物と考えた方が無難だな。
オラトリアムの裏は気になるが、現状では情報が足りん。
今後はファティマに少し探りを入れた方が良いのかもしれんな。 当然、向こうにバレない範囲でだが。
「これは俺一人でやるべきだろうなぁ」
ぽつりと呟く。
聖女はともかく、クリステラには言えそうにない。
下手に漏らして突っかかるような真似をされても困る。 いや、自制できたとしても態度に出すだけでも危険か。 寧ろ、この場合は知らない方がいいだろう。
……今はオラトリアムよりもユルシュルか。
仮にオラトリアムがセンテゴリフンクスを襲ったと言うのなら今は主力が不在の筈だ。
この時期に攻められれば、いくら連中でも苦戦するかもしれん。
ユルシュルの動きに関しては事前にオラトリアムに情報を流しているので、連中の事だから負けはしないだろうがどうなるのかが読めんな。
ユルシュルがどう動くかはまだ何とも言えないが、何かしらの勝算を得たと言うのなら真っ先にオラトリアムを狙うと俺は半ば確信していた。
バラルフラームの一件の時のユルシュル王の態度を見れば、オラトリアムに報復するつもりなのは明白だ。
……まぁ、当面は警戒しつつ様子見って所か。
一応ではあるが、ユルシュルとウルスラグナの境にはゼナイドを筆頭に戦力を多めに割り振っているので何かあれば最悪、時間ぐらいは稼げるはずだ。
近々、マネシアも向かわせる予定なので戦力的には問題ないだろう。
そのマネシアも帰ってきてから気持ちが持ち直したのか随分と元気になっている。
以前の何かに怯えるような態度は鳴りを潜め、元の彼女に戻りつつあるのは良い変化だ。
代わりに何処か疲れたような表情をしていたが……。
恐らくクリステラの奴に随分と苦労させられたのだろう。
同情はするが俺としては送り出してよかったと言うのが本音だった。
考えている内にいつの間にか城塞聖堂に到着。
さて、本来なら異邦人の様子を見る予定だったが、送り出す前にマネシアにも会っておくか。
彼女は現在、城塞聖堂の警備に入っている。
何かと便利な人材なので基本的にマネシアは身軽な位置に置いているのだ。
武力一辺倒ではなく、書類仕事もしっかりとこなせるので重宝している。
普段は警備と書類関係の仕事を任せているが、必要に応じて足りない場所に送れるので何かと便利なのだ。
警備の詰所へ向かうとちょうど休憩中だったのかマネシアが部下の聖殿騎士と食事をしている所だった。
俺は少し悪いとは思いつつ声をかける。
マネシアは特に嫌な顔をせずにこちらに来てくれた。
「何か問題でも?」
「いや、ちょっと話があってな」
俺は歩こうかと言って話を切り出した。
誤字報告いつもありがとうございます。




