742 「見解」
続き。
……これは思った以上に拾い物だったのかもしれない。
数日後、俺は信者向けの説法に立ち会っていたのだが、視線の先では聖女の全身鎧に身を包んだクリステラが〆に聖剣を抜いて輝かせていた所だ。
ちなみに喋っていたのはクリステラではなくその前に立っているモンセラートだった。
第一印象では少し人見知りをする感じかとも思ったが、いざやらせてみると堂に入った語りで時間いっぱいまで喋り切ったのだ。
感触も悪くなかった。 アイオーン教団の教義の説明から入り、入信する事で発生する利益や義務――要はお布施の話だな。
この辺も嫌味にならない程度に言葉を選んでいる辺りも上手かった。
流石、元とは言えグノーシス教団の枢機卿と言うべきだろうか?
ちなみにそのクリステラは何をしていたのかと言うと――何もしていない。
モンセラートが喋っている最中、ずっと置物のように突っ立っていただけだ。
さて、何故こんな訳の分からない状態になっているかだが……。
「……まぁ、クリステラには荷が重かったか……」
黙っている事には当然ながら理由がある。 奴には絶望的に演技力がなかったのだ。
最初は伝えるべき要点を理解させた後、好きに説明して見せろと試してみたのだが――
……直接的過ぎて煽ってるんじゃないのかと邪推したくなるような代物だった。
簡潔すぎて、得だから金を払えとしか伝わらないのだ。 これは使えないと台本を作成してそれをそのまま覚えさせようと言う案で行こうとしたが、こっちは演技力の問題で不可能となった。
記憶力自体は良いので、台本の内容は丸呑みしたようにしっかりと覚えていたのだ。
だが、信じられない程の棒読みで、とてもじゃないが使い物にならない。
どうにかならないかと本人とも相談し、練習もしたが欠片も上達しないのだ。
最初の一日で俺はクリステラには演技や演説の才能が皆無だと判断せざるを得なかった。
これで、何かしら改善点の一つでも見つかればそこから突破口を見出しただろう。
……だが、そんな物はなかったのだ。
そもそも嫌だからと手を抜く性格でもなく、台本をしっかりと暗記している点を見ても真剣に取り組もうとしているのも分かる。
――にもかかわらず欠片も上達しないと言う事は本人に素養が欠片もないと言う事だろう。
何故、ここまで上達しないのか俺にはさっぱり理解できないが、クリステラには説法が無理だと言う事は理解できた。
ちなみにその事実に一番、衝撃を受けていたのは当の本人なので文句すらいえない有様だ。
「……やはり私は無能」と陰気に呟くクリステラにもっと頑張れとは口が裂けても言えなかった。
どうするべきかと途方に暮れていた所で現れたのがモンセラートだ。
「私が代わりに話すわ!」と言い出したので、物は試しにとやらせてみたのだが――
――驚く程にサマになっているのだ。
これならクリステラは突っ立っているだけで問題ないな。
思わぬ所で役に立ったと内心でほっと胸を撫で下ろした物だ。
信徒達が出て行き、聖堂が空になって静かになった所で軽い足跡が響く。
近くで控えていた修道女見習いだ。 確か以前にクリステラが連れてきた娘だったな。
名前はイヴォンと言ったか?
イヴォンは二人に駆け寄ると二人に汗を拭く為の布や水筒を渡していた。
クリステラも兜を外して笑顔で受け取っている。
そのままの流れで三人は楽し気に談笑を始めた。
……入り辛ぇ……。
モンセラートに用事があるので声をかけたいのだが、どうするかねぇ。
あの空気に入り込むのは躊躇われるが、こっちも忙しいのでそうも言ってられないのが辛い所だ。
「あー、お嬢さん方。 話し中にすまんが……」
「あら、エルマンじゃない? 話に混ざりに来たのかしら?」
「いや、そろそろ落ち着いた頃だし、一度色々と聞いておきたくてな」
「……えぇ、いいわ! なら近くの応接室で話をしましょう! イヴォンありがとう。 また後でお話しましょうね?」
モンセラートはイヴォンに布と水筒を返して歩き出す。
「モンセラート、私も――」
「クリステラも疲れているでしょ? イヴォンとゆっくりしていなさい! さ、行きましょう」
ついて来ようとしていたクリステラに来なくていいと断りを入れ、俺の腕を掴んで引っ張る。
俺は二人に悪いなと小さく詫びを入れてそのままモンセラートと近くの応接室へ向かう。
「……俺が言う事じゃないと思うが、そんなに気を使ってばかりだと色々苦労するぞ?」
場所は変わって応接室。
俺はモンセラートと向かい合う形で置いてある椅子に座る。
「気なんて使っていないわ! 今までは私がクリステラを独占していたので、イヴォンとの時間も必要と思っただけよ!」
それが気を使っているというんだと言いかけたが、俺が口を出す所じゃないな。
「そうかい。 なら早速、本題に入ろうか。 例の辺獄での話、耳には入っているだろう? 枢機卿としての見解を聞きたい」
俺がそう切り出すとモンセラートの顔から表情が消えた。
「……「虚無の尖兵」についてね」
「あぁ結局、どう言った存在なんだ?」
「――辺獄の最奥から来る世界の滅びが形を持った存在。 彼等の目的は世界の全てを闇で覆いつくす事。 そう聞いているわ」
「……はっきりしないな。 もうちょっと具体的な情報はないのか?」
俺がそう言うとモンセラートは苦笑。
「残念ながら私達に与えられた情報は具体的な物じゃなく「こうすればこうなる」と言った内容の物が多いの。 だから、貴方の欲しい情報は出せないと思うわ」
「なら質問を変えよう。連中が外に出ると何が起こる?」
「全てが無に帰る。 その瞬間まで存在した世界は消え去り、新たな世界が新生する。 そこは霊知によって導かれし選ばれた者達のみが降り立つ事を許される理想郷。 その滅びから新生までの一連の流れをグノーシス教団では携挙と呼ぶわ」
……携挙ねぇ。
霊知に関しては既知の情報だったので驚きはないが、携挙ってのは初耳だな。
俺はモンセラートから聞いた話を頭の中で整理――する程の情報量じゃないのでどうにか噛み砕く。
「つまり連中はその携挙とやらの先触れだと?」
「少なくとも私はそう聞いているわ! ただ、これは私の個人的な考えだけど、グノーシスは携挙を避けられないと考えているけど可能な限り引き延ばしたいと考えているみたい」
「その割には随分と消極的――いや、自分達だけは大丈夫だという根拠があるのか……」
世界が滅びそうだというのに余裕かまして戦力の出し惜しみをしている所を見ると、まずは本国の安全を確保した上で対処するといった方針だろう。
先延ばしにしたいと考えているモンセラートの所感を俺は疑わない。
枢機卿としての地位にいた人物の意見だ。 大きく外しているとは考え難い。
なら先延ばしにしたい理由がある筈だ。 それは何か?
「……鍵は聖剣か」
「私もそう思うわ! 何に使っているのかまでは知らないけど、絶対に必要と言うのは聞かされているの」
「……あの様子じゃ一本あれば充分って事でもなさそうだな。 それとも手段を独占したい? ……現状では情報が足りんな。 これに関して知っていそうな奴は?」
俺の質問にモンセラートは少し悩む素振を見せ、ややあって答えを口にする。
「クロノカイロスの王たる法王と教団の長たる教皇は間違いなく知っているわ。 後は司祭枢機卿なら少しは知っているかも……」
「同じ枢機卿なのにか?」
「えぇ、肩書こそ対等だけど、司祭は他の二つより少しだけ立場が上なのよ。 だから、私達より与えられている情報は多いと思うわ。 その代わり「宣誓」と言う教団への信仰心を示す特別な儀式をするの」
……なるほどな。
聞けば、審問官等の怪しい役職の連中を取り仕切っているのも司祭枢機卿との事なので、裏を担う代わりにやや優遇されているといった所か?
今はこれで充分だ。 後々の事を考えるなら聖剣は可能な限り押さえておくべきと言う事は良く分かった。
後はどうにかして司祭枢機卿から情報を引き出す方法を考えないとな。
それ以前にどう接触するかだが……今考える事じゃないか。
どちらにせよ連中とは遅かれ早かれ何らかの形でぶつかる事になるだろう。 今、出来る事は備える事ぐらいか。
「ありがとよ。 参考になった」
「どういたしまして! ところで私、お腹が空いたのだけど何か食べさせて下さらない?」
話を切り上げるとモンセラートは笑顔でそんな事を言い出した。
それを見て俺は苦笑。
「了解だ。 あんまり高い物じゃないなら奢ってやるよ」
俺はそう言って席を立った。
誤字報告いつもありがとうございます。




