739 「密会」
二十二章開始。 よろしくお願いします。
別視点。
二人の男が居る。
片方は少し小太りで背の低い男。 身に纏っている服は、上等な物で彼の身分の高さを示していた。
彼はルチャーノ・ペルティ・パカーラ。 ウルスラグナ王国、宰相の地位に着いている男だ。
もう片方の男は身長こそルチャーノより少し高いぐらいだが、普段から鍛えているのかしっかりと引き締まっている。
パトリック・アラン・カーソニー。 ウルスラグナ王国で最大の勢力を誇るオラトリアム商会の実質的なトップだ。
少し前までセバティアール家とシェアを争っていたが、パトリックがセバティアール家の当主と結婚する事で吸収合併。 看板もオラトリアム商会と塗り替えられた。
二人が居る場所はパトリックが用意した高級料亭で個室で食事を楽しみつつ、各種魔法的な防御により盗聴などの一切を防ぐ密会場所としても重宝されている場所だ。
二人は会合という名目でこうして集まって食事をしつつ相談事なども行っている。
本来なら<交信>という離れていても問題なく意思疎通を行える手段があるが、敢えてそれをしないのは未だに一枚岩になれていない王国に存在する他の勢力に対する牽制もあった。
ルチャーノはここに来る事はお忍びと言う事にはしているが、積極的に隠してはいないので彼を危険視する物からしたらこう見えるだろう。
宰相はオラトリアムと繋がっているかもしれないと。
二人は出て来た酒と料理を楽しみつつ、どちらからともなく話を始めた。
「……リブリアム大陸での戦いは一先ずですが、片付いたようですな」
「分かり切った結果ではあったな。 ロートフェルト様だけでなくファティマ様まで向こうに行っておられるのだ。 負ける訳がない」
パトリックの言葉にルチャーノは目に見えていた結果だったなと付け加える。
オラトリアムの直衛を担う主力の大部分が向こうに行っているのだ。 最低限、オフルマズド以上の戦力がなければどうにもならないだろう。
「向こうに関しては心配ないだろうが、気にするべきは――」
「――こちらでしょうなぁ」
ルチャーノの言葉をパトリックが引き取る。
「まったく、ユルシュルの馬鹿は一体、何を血迷っているのだ……」
「何かしらの勝算を得たと考えられますが、確認が取れた訳ではないので現状では推測の域を出ませんな」
忌々しいと言わんばかりに呟くルチャーノと冷静に答えるパトリックの声にもやや呆れが混ざっていた。
「何か分かった事はないのか?」
「どうも少し前にユルシュルの下へ見慣れない客が出入りするようになったとの話は聞きましたな」
それを聞いてルチャーノは察しが付いたのかあぁと納得したかのように頷いた。
「ホルトゥナか」
「……恐らく」
ホルトゥナ。 つい最近、アイオーン教団に助力を求めに来た一団だ。
内容は隣の大陸で発生した辺獄種の氾濫への対処。 結果は、上首尾とは行かなかったが上手く行ったとの事だが……。
「アイオーン教団のエルマンから報告があった。 居残った連中の仲間が魔剣を狙って襲って来たそうだ」
「何とまぁ……まったく、助力が聞いて呆れますな。 助けを求めておいてその裏で他者の持ち物を付け狙うとは、ホルトゥナと言う組織はコソ泥か何かですかな?」
何とも意地が汚いとパトリックは侮蔑を隠しもしない。
ルチャーノも全く同じ気持ちだった。 わざわざ他所の土地に現れて厄介事を持ち込んで来るのだ。
迷惑以外の何物でもない。
「魔剣は無事だったので事なきを得たが、他所でもこんな真似をしているとなると面倒な話だ」
「……いえ、残念ながらそれに関してはもう手遅れかと……」
パトリックの態度にルチャーノは察したのか溜息を吐いて肩を落とす。
「あぁ、もう来ていたのか……」
「はい、オラトリアムへの出入りはかなり厳しく調べております。 その為、余所者が入り込むと直ぐに分かるようになっており、特に獣人ともなれば非常に目立ちますからな」
「――と言う事は接触して来たのか?」
「はい、領主さまに会わせろと売り込みに来たようですな」
それを聞いてルチャーノは再度、重い溜息を吐いて手で顔を覆う。
「何と言うか手の込んだ自殺風景を連想してしまったぞ」
「実際、その通りでしたな。 あの阿呆共は画期的な新技術をそちらだけに提供するなどと寝言を言い出し始めまして」
ここまで聞いて落ちが読めてしまったのかルチャーノは渇いた笑い声を上げる。
「はっはっは、大方、例の魔導書とかいう代物だろう?」
「はい、複製どころか量産まで行きそうな一周遅れの技術を持って来られても失笑物ですな」
「――それでどうなった?」
ルチャーノの質問にパトリックは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「もう素性も知れていたので、話すのも時間の無駄と早々に捕えられて拷問室送りですよ。 まぁ、例の機密漏洩防止の処置を施されていたのですぐに死んだようですが」
「馬鹿にはお似合いの末路だな。 ――確定ではないが、ユルシュルが何をしようとしているかは知れたか」
どう考えてもタイミング的にユルシュルにも全く同じ話を持って行っている事が容易に想像できるからだ。
「ですな。 大方、王都に食い込めないと見てユルシュルを傀儡にこちらで勢力を伸ばそうと企んでいるのかもしれません」
「例の魔導書を提供して戦力の増強を餌にしたと言った所か」
「……概要は聞きましたが、確かに手軽に扱えてかつ、高い効果の強化を得られる良い魔法道具ではありましたが――はっきり言ってこちらにも同等以上の物があるので、使われても問題ない程度の代物ですな」
パトリックの言葉にルチャーノは忌々し気に表情を歪める。
「正直、オラトリアムの方へ先に行って欲しい物だな。 王国の戦力では少し厳しい。 ただ、アイオーン教団に頼めばどうとでもなるだろう。 聞けば例のクリステラという聖堂騎士が帰って来るらしいので、最悪の場合は押し付けてもいいかもしれんが――連中を返り討ちにするのに使う費用を考えると頭が痛い」
ルチャーノはガリガリと頭を掻きながら、ユルシュルの奴何処かで勝手に野垂れ死んでくれない物かとブツブツと付け加えた。
一応は知らないと言う事にはなっているが、二人はクリステラが聖剣を持っていると言う情報を手に入れていたので仮に戦ったとして負けるとは欠片も考えていない。
特にルチャーノはユルシュルと言う男の事を良く知っていたので、その考えは顕著だ。
ザンダー・トーニ・ザマル・ユルシュル。
独立してユルシュル王を名乗り、今ではウルスラグナ王国の王になると寝言を言っている愚か者と言うのがルチャーノの感想だ。
ユルシュル領はウルスラグナ王国内では五指に入る程の規模の大きい領地ではあったが、それには理由があった。
ユルシュルは武門の家系で、今までに優秀な騎士を何人も輩出して来た実績もある。
その為、歴代の王からの受けが良く、褒美として領地の拡大も何度か行ったという記録もあった。
「何が起こるかはほぼ確信しているが、万が一にも予想外があるかもしれん。 何か分かったらこちらにも情報を流してくれ」
「それは勿論、我がオラトリアム商会はルチャーノ殿と共にありますからな! ささ、料理が冷めてしまう前に食べてしまいましょう」
二人は固い話を切り上げて食事を楽しむ事にした。
明日からまた気の重い日々を切り抜ける為の活力として。
誤字報告いつもありがとうございます。




