73 「尾行」
街へ戻ると辺りは薄暗くなっていた。
あれから服を乾かしていたら無駄に時間を食ってしまったな。
それにしても街は粗方見たような気がするんだが…。
…何か見落としがあるのか…。
俺は首を傾げる。
普段は記憶を吸い出して情報を仕入れてきたせいで自力で調べる事の経験が圧倒的に足りてない。
何か手を考えないとまずいか…。
取りあえず単純に見てない所を当たるか?
この街で見てない所と言うと……。
「あれか?」
『学園』の方へ視線を向ける。
いや、流石にない…とおもうが念の為、見てみるか?
敷地に入るだけなら難しくない。教会に礼拝とでも言えば中に入れてくれるだろう。
『学園』に入るのは無理だろうが少し見るぐらいなら行けるはずだ。
向かおうとした所でサベージから餌を寄越せと思念が飛んできた。
一瞬、無視してやろうかとも思ったが、ハイディの様子も見ておきたいし一度宿に戻ろう。
近くの店で適当に肉の塊を仕入れて宿に戻る。
中には入らずに厩舎に向かう。
サベージは俺の姿を見ると飢えた犬のようにハッハと荒い息を吐く。
肉の塊を差し出すと大喜びで貪り始めた。お前一応カテゴリー上は竜だろ?それでいいのか?
念の為、異常はないかと聞いてみたが、サベージは特に気が付いた事はないと返事をした。
ハイディは何度か出かけたり戻ったりしたそうだ。
今は部屋に戻っているらしい。
それだけ聞ければ充分だ。さて、教会へ向かうか。
厩舎を出て少し歩くと…おや?と眉を吊り上げる。
尾行がいる。
魔法で確認すると、少し離れた所に気配が1つ。
…妙だな?
今まで見た限り連中は3人一組で動く。
単独と言うのは今回初めてだ。
…単純に動かせる人員が減った?
どうだろう?連中に何か目的があるなら俺に固執するのは妙だ。
それとも監視目的か?それも妙だな。
はっきり言って俺の後を尾けている奴は尾行が下手すぎる。
魔法で音は消しているようだが気配はほとんど消していない。
あれでは慣れた奴ならすぐに気が付く。
舐めてるのか?
…まぁいい。
折角1人なんだ。今度こそ記憶を引き抜いてくれる。
俺は尾行に気づいていないふりをして街外れへ足を向けた。
巡回がいるらしいから早めに片を付けたい所だな。
歩いていると目的地が見えて来た。
この先は少し開けた場所になっており、中央に井戸があるだけの広い空間だ。
邪魔や横槍が入ればすぐに分かる。
ここで仕留めるとしよう。
広場に入ると早足に井戸まで向かい陰に隠れる。
尾行者も俺を追って広場に入って来た。
少し歩くと慌てて井戸まで寄ってくる。見失ったと思ったか。
…何か反応が妙だな。
素人臭いと言うかなんというか…。
俺は余計な考えは捨てて<沈黙Ⅲ>で音を消した後、井戸の陰から出ると尾行者の脇腹辺りに蹴りを叩き込んだ。
まずは骨の数本でも圧し折って行動不能にして…。
…おや?
尾行者は吹き飛んだが大したダメージは入っていない。
咄嗟に剣で受けたか。
尾行者は顔を上げて俺を睨んでくる。
…睨みたいのは俺の方なんだが。
「いきなりどういうつもりだ!」
何故か怒鳴りつけられた。
あぁ、惚けて被害者面するつもりなのか。それとも声を上げたのは他を誰かを呼び寄せる気かな?
もしかして冤罪を吹っかけて騎士団にでも突き出す気か?
「それはこっちの科白だ。さっきから人を尾けまわしておいてそれはないだろう?」
言い返してやると尾行者は驚いた顔を浮かべる。
尾行に気づいていたのかって顔しやがって。こいつ馬鹿なのか?
「攫った子供達はどこだ!?」
…はい?
何を言ってるんだこいつは?
演技にしては臭すぎるぞ。
俺は溜息を吐く。
「…今度は訳の分からん因縁を付けて来るのか。そろそろいい加減にしてほしい物だ」
言い返しつつ、内心では面倒なのでもうやってしまおう何て考えていた。
後、何を試してなかったか…あぁ、首を切断するのは試してなかったな。
首を刎ねよう。
俺は剣に手をかけようとして…気が付いた。
近くに人の気配がする。数は3人か。
あれ?こいつで4人?
手を変えて来たって所か。
話はこいつから聞けばいいし。他は要らんな。
それに他の3人の方が気配の消し方が上手い。厄介そうだしこっちが先だ。
目の前のこいつは最後にしよう。
俺は一気に懐に飛び込むと胸倉を掴んで投げる。
背負い投げ。石畳に思いっきり叩きつけてやった。
「が…」
完全に入ったな。
気絶はしないようだがしばらくはまともに動けんだろう。
自殺するようなら他で試せばいい。次だ。
全力で地を蹴って隠れて見ていた出歯亀共に突っ込む。
連中は俺が気付いていると思っていなかったのか、一瞬硬直するがすぐに立て直して散開。
俺は腰の棍棒でまずは手近な奴にフルスイング。
完全に胴体を捉え、くの字に曲がった黒ローブは井戸の方へ吹っ飛んでいった。
俺が振りぬいた隙を突くようにもう1人が後ろから斬りかかってくるが肩口を硬質化させて受ける。
折れた剣の先端が宙に舞う。
デス・ワームの装甲は本当に役に立つな。
折れた剣に動揺した黒ローブの頭を掴んで180°回転させて投げ捨てた。
残り1人は広場の真ん中まで下がって短剣を構える。
ローブで隠しているが動揺しているのは分かるぞ。
よく見れば腰が引けている。
まぁ、見逃してやる気は欠片も無いけどな。
取りあえず突っ込んで来る気のようなので進路上に<石柱>を仕掛けておいた。
案の定、突っ込んで来たので腹に喰らわせて大穴を開けてやった。それと同時に首を刎ね飛ばして、飛んだ首を受け止めて反応を見る…が、無理だな。このままじゃ爆発する。
首を上に放り投げる。爆散。
「また失敗か。さて、待たせたな。お前の番だ」
やはり殺してしまうとどうにもならんな。それにしてもこう失敗続きだと若干イラつく。
俺はさっきから待たせていた尾行していた奴に向き直る。さて、どう料理してやろうか。
尾行者は呆然とした顔で俺を見た後…。
「ま、待て、待ってください!」
いきなり土下座をした。
……何やってんだこいつ?
「俺はリック。神学園の生徒です」
尾行者はいきなり自己紹介を始めた。
「1つ確認させてほしいのですが、あなたはダーザインの構成員ではないのですか?」
「違うな」
俺が否定すると尾行者…リックは謝罪して聞いてもいない事情を話し始めた。
「…で?俺が怪しかったから後を尾けたと?」
「そうです。ですが、見た所あなたはダーザインと敵対している様子。ですから誤解して後を尾けた事を謝罪させてください」
…ふーん。
「それでなんですが、俺達の敵は同じなんです!お互いに協力しませんか?あなたほどの実力があるなら…」
「盛り上がっているところ悪いんだが、お前に手を貸して俺に何か得でもあるのか?」
はっきり言ってあんなあからさまな尾行をするような迂闊な上に実力も無い奴と組みたくないぞ?
リックは断られるとは思ってなかったのか口ごもる。
「まだあるぞ。人を尾け回して置いて使えそうだから仲間になりましょう?お前、舐めてるのか?」
「いや…そんなつもりは…」
「そもそもだ。お前が俺を疑っているように俺もお前を疑っているぞ?ダーザインじゃないかってな」
「っな!?俺はダーザインじゃない!冗談でもそんな事を言われるのは心外だ!」
リックが鼻白んだ後、睨みつけて来る
反応を見た限りは白っぽいな。話もおかしな点は特にない。
確かに昨日、誘拐があったのは確かだ。
…だからと言って信用できるかどうかは別の話だよな。
「さっき仕留めた連中が囮で、お前を俺に信じさせるための芝居じゃないとどうして言い切れる?」
「そ、それは…」
何でこいつは人を疑うくせに自分は疑われないと思ってるんだ?
自分は絶対違うという自信から来てるんだろうとも取れるが…演技の可能性も0じゃない。
敵ではないとはいえ味方とも言えないし慣れ合う気はない。
「ならせめて情報を交換しましょう。お互い情報を出し合えば何かわかるかも…」
「だったら。何か俺の知らない情報をくれ。内容によってはこっちの知ってる事を教えてもいい」
本来ならこんなまだるっこしい事をせずに記憶を抜きたい所なんだが…。
「お前たち!何をしている!」
後ろからガシャガシャと音を立てて鎧を着た一団が広場に入って来た。
聖騎士だ。戦闘の気配を感じてこちらに向かって来たようだ。
まぁ、万が一にも記憶の抜出を見られる訳には行かないしな。
実際、リックが自己紹介を始めた辺りにはもうすぐそこにまで来ていたので、手を出すのを控えたのだ。
「リックじゃないか。君はこんな所で何をしているんだ?」
聖騎士…いや、あれは『白の鎧』か。なら聖殿騎士だな。それプラス聖騎士が3人。
知り合いのようだし、手を出さなかったのは正解だったようだな。
「教官。どうして…」
「いつもの巡回だ。この辺りを歩いていたら近くで魔法の気配がしたので辿って来たら…ここに着いた」
魔法の気配か…<沈黙>は音は消してくれるが気配までは消してくれないからな。
近くだと流石に気づかれるか。
「リック。そちらは?」
リックとの話を一通り終えると聖殿騎士はこちらに視線を向ける。
声が高いな。女か。
「ダーザインに襲われていた冒険者です。名前は…」
「ローだ。冒険者をしている」
聖殿騎士はバイザーを上げて兜を脱いだ。
長い髪が広がる。
「私はマルーア・マーゴ・シェリーファ。聖殿騎士だ。早速で悪いが事情を聞かせて貰えないか?」
「事情も何もここでダーザインに襲われたから返り討ちにした。それだけなんですがね」
俺は肩を竦めて見せる。
「狙われた事に心当たりは?」
あるにはあるが、今回襲って来た連中…どちらかと言うとリックを監視していたように見えたがな。
尾行にはかなり警戒していた。俺の張った網に引っかからなかった以上は、狙いは俺じゃない可能性が高い。まぁ、俺が気が付かなかっただけかもしれんが…。
正直に話す気はないので俺は首を振って置く。
「そうか…やはり連中は無差別に人を攫っていると言う事か…ではロー殿、詳しい話が聞きたいので我々の詰所まで同行して貰いたいが構わないか?」
…これは断れないな。
下手に断って怪しまれるのも困る。
俺は内心で溜息を吐いてから頷いた。
「協力に感謝する。では、行こうか」
俺は聖騎士に囲まれながらその場を後にした。




