732 「号砲」
続き。
グノーシス教団の者達がポツポツと光を放つ物を目にした次の瞬間、彼等を襲ったのは紅の奔流だった。
高熱を纏った無数のそれは進軍していた者達を一瞬にして薙ぎ払う。
先頭に居た者達は自分に何が起こったのかすら認識できずにその命を焼却される。
それを成したのは力自慢のトロールの群れだ。
彼等は排熱中の量産型ザ・コアⅡの放つ熱に顔を顰めながら下がる。
指揮を執っているファティマは目を細め、敵の損害を確認。
「第二射、用意」
撃ち終わった彼等と入れ替わるように別のトロール部隊が、量産型ザ・コアⅡを構える。
ファティマは小さく手を上げて――
「放て」
――下ろす。
一斉に発射。 先程と同様に大量の熱線がグノーシス教団の者達を薙ぎ払う。
量産型ザ・コアⅡはザ・コアの第二形態に固定したほぼ使い捨てに近い武器だ。
破壊力はオリジナルとほぼ同等だが、ローの手が入っていないのでどんなに頑丈な素材を用いても一発撃てば内部機構が焼けて使い物にならなくなる。 ただ、タイタン鋼を用いた後期モデルは冷却と整備を行えば再使用が可能だが、時間がかかるのでどちらにせよ一度使えばおしまいだ。
ファティマは無機質な視線で敵の損害を確認。 先頭はほぼ壊滅。
敵襲と認識した者達が体勢を立て直して防御を固め始めた。 散った所で無駄と悟り、密集陣形を取ってくれるのは好都合だ。
再度、手を上げる。
「第三射、用意」
トロール達は一糸乱れぬ動きで量産型ザ・コアⅡを構える。
彼等が背負った外付けの巨大魔石が魔力を供給。 砲口に魔力と熱が充填されて行く。
「放て」
手を下ろすと同時に三射目が放たれる。
熱線が密集陣形を取ったグノーシス教団の者達に殺到。 彼等の防御を物ともせずに纏めて消し飛ばす。
それを見てファティマはつまらないと言わんばかりに小さく息を吐く。
地形、武装、標的の進行ルートの三つが揃っている状態での奇襲だ。
寧ろ、これだけ揃っていてどうやって失敗するのでしょうとすら彼女は思う。
そもそもフシャクシャスラ攻略の為にセンテゴリフンクスに来ていた者達はこの先――つまりは聖剣奪取とモーザンティニボワールへの侵攻部隊も兼ねていたのだろうと考えていた。 目の前にいる者達はそれにあぶれていると言う事は――
――予備か、予備の予備と言った所でしょうね。
間違いなく質は大した事がない。 いい所、数合わせだろう。
「トロール隊は撤退。 そのまま交代要員は残敵の掃討に移行。 予定通りエルジェー、前線の指揮を取りなさい。 ボグラールカは私の直衛、マリシュカは遊撃をしつつ機を見て例の準備を」
ファティマの傍に控えていた三人は揃って了解と返答し。
「行くぞ! 私に続け!」
エルジェー・ナジ・エーベトは兜のバイザーをしっかりと下すと剣を抜きながら突撃。
それに続くようにトロールと入れ替わりで現れたレブナントや天使と融合した個体が次々とグノーシス教団の者達に襲いかかる。
「では私も行ってきます。 ルカ、護衛頑張りなよ!」
彼女の言葉にボグラールカは頷きで応える。
マリシュカは魔法道具を用いてその姿が溶けるように掻き消えた。
エルジェーは視野は狭いが馬鹿ではない。 これまでの訓練で指摘された欠点に関しては徹底的に鍛え直した。 成長した今の自分を試す絶好の機会だと気合を入れる。
生前であれば負傷者は無視していたが、今は生きていそうな者は部下にしっかりとどめを刺させて手強そうな敵を狙って斬りかかる。
迎撃しようとした聖殿騎士は彼女の鎧の意匠に一瞬、驚き――それが最後だった。
軽い風切音と共にその首が軽々と宙に舞う。
ザ・コアⅡの斉射で薙ぎ払ったとは言え、敵はまだまだ残っているのだ。 削った後は白兵戦で叩き潰すとの事だったので彼女が気持ちよく剣を振るえる状況となった。
彼女の指揮下にある者達は飛行できる者も多いので、上と前から同時に仕掛ける事が出来るのも有利に働いている。
「どうした? グノーシス教団の聖騎士ともあろう者達がこの程度か!?」
挑発的に叫ぶ。 狙いは自分に意識を集中させる事により、正面から向かってこさせる事だ。
そうする事で後ろのファティマ達後衛が狙われ難くなり仕事をし易くなる。
エルジェーは尚もグノーシス教団を中傷する言葉を並べ、聖騎士達の敵愾心を煽って挑発。
元々、教団に所属していた彼女だ。 どう言えば相手が怒るのかはよく理解していた。
「この程度だから霊知などと言うまやかしに縋る事しかできないのか? は、何たる無能よ! 貴様等は聖騎士ではなく無能を名乗ってはどうだ!?」
尚も煽りながら敵を斬殺していく。 聖殿騎士レベルでは彼女を止める事は難しく、挑む者は順番に返り討ちに遭い、その命を散らせる。
「弱い、弱い! どうした? 聖堂騎士は出てこないのか!?」
彼女がそう叫ぶと同時に戦場の間隙を縫うように一人の聖堂騎士が斬りかかってきた。
ロッシだ。 彼女は二本の剣を柄で連結させた武器を手に、身を低くして下からの斬撃をエルジェーに見舞う。
エルジェーはようやく来たかと歓迎するように斬撃を切り払ってバックステップ。
「ふん、少しは骨のある者が出てきたようだな」
「――貴様、何者だ? その装備、我等の物と共通しているが奪ったのか?」
「力尽くで喋らせてはどうだ?」
ロッシの誰何にエルジェーは挑発的に返すと、ロッシは激高したように斬りかかる。
表にこそ出していないが、彼女は急な奇襲にかなり動揺していた。
敵の正体も規模も不明。 襲って来た動機も不明と分からない事だらけだ。
そして始まった時点でかなりの犠牲者を出した以上、無事にこの場を切り抜けても指揮官としての能力に疑問符を付けられるのは間違いない。
つまりはどう転んでも彼女の聖務――遠征は失敗となった。
これが現地に着いてからなら他に責任を擦り付ける事も出来ただろう。
だが、この場で最も地位の高いのが彼女であると言う事は責任の所在もまた彼女に集約すると言う事だ。 失った命は彼女の失策が招いた悲劇となる。
地位に固執するロッシからすればそれは断じて許容できない事でもあった。
――穴埋めの為に最低限、こいつ等が何者なのかの正体を突き止めないと……。
旗色が悪い事も理解していたので、どこかのタイミングで撤退するべきかと逃げも視野に入れる。
ただ、実行する前に成果を上げないと教団に居場所がなくなってしまう。
折角手に入れた聖堂騎士の地位と安定した収入と生活を手放す事だけは駄目だ。
彼女は信仰の為ではなく、自らの人生を守る為に戦うべく剣を握る手に力を込めた。
誤字報告いつもありがとうございます。
三段撃ちは凄い!




