730 「蹴落」
続き。
「何だあれは?」
彼等の視線の先に居たのは――巨大な異形だった。
箱のような下半身に人に似た上半身。 彼等は知らなかったが、それはフューリーと呼ばれる魔導外骨格だ。
それが二機。 道を埋めるように並んでいる。
塞ぐのではなく「埋める」だ。 フューリーが並んでいるので人が通る隙間はない。
フューリーの突き出た下半身部分の先端が開き、そこからゆっくりと筒が二本ゆっくりと姿を現す。
それはザ・コアと呼ばれる物を改造した代物で、石臼の様な形状をしたそれは互い違いに回転。
唸りを上げて先頭に居た聖殿騎士達の耳に不吉な音を届ける。
「おい、冗談だろ? まさか――」
――そのまさかだった。
二機のフューリーは後付けのザ・コアを回転させながら同時に無限軌道を回転させて疾走。
一気に彼等へと肉薄する。
「逃げろ!」
誰かがそう叫び、彼等は踵を返して逃げ出そうとするが、すぐに後続と鉢合わせる。
慌てた様子の彼等に後続の者達は困惑していたが、その後ろから追いかけてくる存在を見て即座にその理由に察しがついた。 危険と言う事も理解していたし、逃げなければならないと言う事も同様に分かっていたのだ。
ただ、片側は落ちたら助からないような高さの崖。 後ろは後続が居て下がれない。
逃げ場がないのだ。 そして前方には無機質な殺意を雄弁に伝える無限軌道の駆動音。
飛び降りるか立ち向かうかの二択を迫られた彼等だったが、決める時間すら彼等には与えられなかった。
接触したと同時に次々とザ・コアの回転に巻き込まれ、瞬時に挽き肉へと変わっていく。
仮にザ・コアを躱したとしても次に待っているのはフューリーの重量による轢殺だ。
道幅も完全に見越しての配置だったので彼等に逃げ場はなかった。
フューリーを操縦しているゴブリン達は閉所や狭い道での走破訓練を散々やって来たのだ。
操縦ミスはあり得ない。 彼等の操るフューリーは無機質に聖殿騎士や聖騎士を次々と粉砕していく。
「くそっ! 下がれない以上はやるしかない。 氷結系の魔法で動きを止める! 一斉にやるぞ!」
一人の聖殿騎士の掛け声と共に魔法を扱える物が次々と詠唱に入る。
「行けるぞ! 喰らいやがれ化け物がぁ!」
準備が出来た所で可能な限り威力を拡張した<氷結Ⅱ>が一斉に放たれたが、フューリーは何事もなかったかのように表面に発生した氷を粉砕。 ザ・コアの回転は一切衰えない。
「なっ!? く、クソがぁぁぁぁ!」
魔法を防がれて自棄になった者達が武器を構えて突撃したが当然のように接触したと同時に砕け散り、使い手も同様の末路を辿った。
ザ・コアはタイタン鋼で作られた強化型なので、並の魔法や武具では破壊どころか傷を付ける事すら難しく、聖殿騎士の鎧ですら巻き込まれれば秒も保たないといった破壊力を誇るのだ。
文字通りの蹂躙が繰り広げられる。
「た、助けてくれぇぇ!」 「嫌だぁぁぁ!」 「に、逃げるな! 何とか動きを――」
「死にたくない!」 「どけ、俺は逃げるんだよぉ!」 「あぁぁぁぁ!」
阿鼻叫喚。 その言葉通りの光景が展開され、彼等の命が無為に磨り潰されて行く。
中には散発的にではあるが、魔法で反撃を試みる者も居たがその全てが無駄に終わる。
血と共に肉や装備の残骸が飛び散り辺り一面に広がっていく。 彼等はこの長くも険しい山道で疲弊しており、先を急ぐあまりに襲撃への備えも怠っていた。 その為、この体勢に持って行かれた時点で運命は決まったと言えるのかもしれない。 磨り潰されるか崖から飛び降りるかの運命を。
谷底が視認できない高さである以上、落ちれば生存は絶望的。
だが、前方から迫りくる存在に接触すれば確実な死が待ち受けている。
彼等は絶望的な葛藤の末に崖から飛び降りるのだ。 悲鳴を上げながら、谷底に吸い込まれて行く仲間を見て心が圧し折れて動けなくなる者すら現れる。
当然ながらそんな事は前を走る無機質な存在には何の関係もない。
皆、平等に障害物として磨り潰すだけだ。
「な、何が起こっている!?」
指揮官であるアンドレスが異変に気が付いたのは少し遅れての事だった。
急がせる為に早々に全軍を山に入れた為、完全に身動きが取れない状況だったので、事態の把握にかなりの時間を要する事となった。
ただ、理解したとしても彼にはどうする事も出来ない。
道を埋めるように進軍していた以上、移動する事すらままならないのだ。
出来る事と言えば倒される前のドミノのように磨り潰される事を待つ事ぐらいだろう。
「じょ、冗談ではない! どうにかして止めろ!」
そう指示を出すが実行に移すどころか、聞ける状態の者が殆どいないので彼の叫びは無為に木霊する。
――ふざけるな! 俺は聖堂騎士に納まる器じゃない。 将来は枢機卿か救世主だ。
そんな自分がこんな所で死ぬわけがない。
アンドレスは崖から身を投げ、空中で剣を抜いて壁面に突き刺す。
ガリガリと剣が悲鳴を上げるが、聖堂騎士の専用装備は簡単には壊れない。
突き刺さった剣は何とか落下の勢いを殺し、何とか彼の体を支える。
上では悲鳴と飛び降りた者達が落ちて来るが、そんな事に構っている余裕はない。
キュラキュラと言った聞きなれない移動音が通り過ぎるのを待ってアンドレスは必死に崖を登る。
死んでたまるかと自らに身体強化の魔法を使用して壁面に剣と予備の短剣を突きさして上を目指す。
こうしている間に移動音と悲鳴は遠ざかっている。
聖務は失敗だが、命あっての物種。 生きてさえいればいくらでも取り返しはつくのだ。
アンドレスは今までそうやって生き残り、現在の地位を確立した。
そんな自分が死ぬなんてあり得ない。 自己への信仰とも言える思想が、彼を崖の上へと押し上げたとも言えるかもしれない。
「よし、後少しだ」
崖の淵に手を掛け――上がろうとした所で、その手が誰かに踏まれた。 何だと見上げると逆光で見え辛いが全身鎧が二人。
「だから言っただろうが、こう言う事もあると」
片方がそう言うと腰の剣を抜く。
「お、おい、待て! 待って――」
「はい、お疲れさん」
折角、登り切ったというのに――折角、助かりそうになったというのに――
思考が言葉になる前に剣がさっと彼の手首の辺りを薙いで切断。 同時に顎先を蹴られ、激痛と片手を失った事もあってバランスを維持できずに落下。
呆然とした表情のまま。 アンドレスは闇の底へと呑まれて行った。
完全に落下したことを確認した全身鎧の片方――ディランは剣を鞘に戻した後、相棒のアレックスの方を叩いて行くぞと指示を出す。
「ったく。 賭けは俺の負けかよ」
「任務中だ。 不謹慎だぞ」
「お? なら酒の奢りはなしでいいか?」
それを聞いてディランは苦笑して肩を竦める。
「それは聞けないな。 お前から持ち出した話だろう?」
「だな。 ――ところで途中で引っかかってそうなのや落ちて生き残った奴はどうするんだ?」
「壁面にはあちこちにモスマンが張り付いているし、底には植竜やレブナントが待ち構えている。 万が一生き残った所でどうにもならんさ」
アレックスはそりゃ怖いと小さく笑い。 崖下に視線をやりながら歩き出した。
二人の後ろには人型のレブナント達が続く。
彼等の役目はフューリーが仕留めそこなった敵の掃除だ。 こうやってしぶとく上がってこようとする者も居るので油断は禁物だとディランは油断なく視線を下へと向けたままだった。
こうして中央からのルートで進軍して来た者達は全滅した。
誤字報告いつもありがとうございます。




