72 「井戸」
遺跡を後にした俺達は食事をする為に街まで戻り手近な店に入った。
店に入ると妙に若い女店主と娘が暇そうにしていた。俺達を見ると嬉しそうに調理の準備をし始める。
まぁ、食事時じゃないから空いているのは当然か。
奥の席に座ると娘が注文を取りに来たので適当に注文する。
娘が離れた所でハイディが口を開く。
「遺跡凄かったね」
「あぁ」
「あの床や壁何でできてるんだろう?」
「触ってみたがいい手触りだったな」
ハイディは苦笑する。
「そっちじゃなくて材質と言うか…」
分かってるよ。
「何でできているかは見当もつかんが、普通の石材じゃないのは確かだな。触った感じ砕くどころか傷をつけるのも難しいかもしれん」
「そうなのかい?」
「あぁ、探知系の魔法をかけてみたが弾かれた。たぶん魔法でも無理だろう」
「探知が弾かれたのは、何もなかったからって事ではないの?」
「ないな。通路を挟んだ壁を狙ったが駄目だった」
そもそも通っていたら調べている連中はそこまで苦戦しないだろう。
聞けば未だに最深部にたどり着いていないらしいしな。
というかその聖剣とやらが最深部より浅い所で見つかった事が驚きだ。
一番奥には何が眠っているのやら。
そんな事を話していると注文した料理が次々と運ばれてきた。
持ってきたのは店主だ。俺はおや?と思ってさっき注文を取りに来た娘を探す。
俺の反応で察したのか店主は「娘は買い物へ行かせました」と教えてくれた。
「2人で店を切り盛りするなんて大変ですね」
「いえ。もう少ししたら手伝ってくれる子が来るんですよ」
聞けば少し前に旦那に先立たれて娘と2人で店を回していたが、最近『学園』の生徒が下宿しているので彼が店を手伝ってくれてとても助かっているらしい。
ハイディは感心したように話を聞いているが、俺は部外者相手に喋りすぎじゃないか?と少し呆れた。
…まぁ、それだけここの治安が良いからなんだろうが…。
今は…いいか。関係ない。
それにしてもここの料理普通に美味いな。
まぁ体質上、美味いとは感じるがそれだけだが不味い肉食うよりはよっぽどましだ。
それにこの後は忙しいから多めに食っておきたい。
俺はハイディと話している店主に追加の注文をした。
「ず、ずいぶん食べたね」
目の前のテーブルに積み上がった皿を前にハイディが声を震わせる。
文字通り積み上がった皿で埋まっているからな。
店主はやや疲れた顔でいそいそと料金を計算している。
よし。これだけ食ったらしばらくは問題ないだろう。
俺は先に計算を済ませて料金を準備しておく。
何とか計算を済ませて料金を提示する女主人に金の入った袋を渡す。
主人は「え?もう計算やったの?」って顔で俺を見てから料金を確認すると頷く。
ハイディも「あの量がどこに入ったんだ?」とか呟いていたが些細な事だ。
「凄い…と言うかお金は大丈夫?」
「問題ないな」
今までに稼いだり奪ったりした金やパトリックから貰った路銀がかなり残っているので現状、金には全く困っていない。
どちらかと言うとハイディの懐事情の方が気になるな。
俺の居ない所でこつこつ依頼請けて稼いでるみたいだが、装備の手入れや投資に惜しみなく金を使っている所を見ると結構厳しいはずだ。
「そ、そうなんだ…前に話していたシュドラスで…わっ」
店を出ようとしていたハイディはいきなり入って来た客にぶつかりそうになっていた。
相手の客は急いできたのか額に汗を滲ませている。
いや、客じゃないのか?軽鎧に腰には剣。
…あぁ、こいつが例の学生さんか。
「あ、すいません。急いでたんで…」
「いえ、こちらこそ」
学生はハイディに謝罪すると後から入って来た連れの2人と店の奥へ入って行った。
「行くぞ」
俺はハイディに声をかけた後、学生たちを一瞥すると店を後にした。
「さて、ハイディ。俺はやる事があるので少し出てくる。お前は一度狙われている以上、何があるか分からんから宿に居ろ」
「え?ちょっと…」
説明が面倒だったので「戻るまで宿から出るな」と言ってハイディと別れた。
ハイディが追ってこない事を確認するとまずは探知系魔法を全開にする。
…今の所、尾行はなしか。
怪しい反応は引っかからない。
取りあえず歩き回るか。
当てもなく人気がなさそうな所を歩いているが…おや?
少し離れた所で動きがあった。
魔法の範囲を強引に広げて気配を探る。
これやると精度が落ちるが、場所が分かるならある程度は問題ない。
俺は壁を蹴って建物の屋根に上り、着地と同時に走り出す。
気配は7…8つか。
内4つが離れていくのが分かった。残りは動いていないな。
俺は離れた方を追いかける。
追いつけない程じゃないが速いな。
見た感じ街の外れへ向かっているようだが…外に出るのか?
ある程度近づいた所で、連中も建物の屋根へ上がって来た。
予想通り例の黒ローブだ。
内1人が何か抱えているな。
…子供か?
攫ったのか。節操のない奴らだな。
このまま後を尾け…あ、気づかれた。
手ぶらの2人が反転してこちらに向かって来る。
武器を抜いて戦闘態勢で向かってくる。剣が1人、短剣が1人。
剣が一気に間合いを詰めて来た。変わった動きだな。
緩急を付けて相手の虚を突くのを意識しているのか?
首を狙った一閃。手の甲でいなして武器は…近すぎて無理か。
貫手で心臓を穿つ。接触前に指を硬質化する。
心臓に穴を空けて感触を確かめるが…異物感はない。
…時間切れか。
爆発を誘発するものを取り除けないか調べてみたが難しそうだ。
俺は心臓を鷲掴みにして引っ込抜いてもう1人の短剣使いに投げつける。
短剣使いは身を低くしてやり過ごす。
その背後で心臓が爆散。
短剣使いは俺に斬りかかろうとしていたが、俺はその前に心臓を引き抜いたばかりの死体を投げつけた。
こちらは躱せずに命中。体が折り重なる。
次いで頭を中心に爆散。
悲鳴が上がる。例の黒霧をもろに被ったな。
更に爆発。短剣使いも死んだようだ。あの霧すごいな、まともに浴びたらほぼ即死か。
「……チッ」
思わず舌打ちする。残りは見失ったか。
念の為に見失った場所を軽く調べてみたが空き家が立ち並んでいるだけで特に何も見つからなかった。
黒ローブ以外の4つの反応の方を調べようと思ったが、そちらも撤収済みで戦闘の痕跡以外は何も見つからなかった。
まぁ、見つかった所で相手は聖騎士辺りだろうし、大した情報は持ってないだろう。
その後も夜通し街中を飛び回ったが収穫なし。
正直、目に付き易い所を動き回っていれば連中が勝手に襲ってくる物かとも思ったが、困った事に何も出てこない。
ハイディの方に来るかとも思ったがそちらも空振り。
土地勘がないのが痛いな。人を隠せそうな所に当たりが付けられない。
最悪、土地勘のある奴から記憶を抜いて情報を仕入れる必要があるか…。
結局、朝まで探したが収穫はなし。
一度宿に戻り、ハイディに戻らない旨の伝言を残して捜索を再開する。
日が昇った後は切り口を変える事にした。
まずは街の構造を把握するところから始めよう。
今まで見た街の中ではやや狭いが、それでも探し物をするには広すぎる。
取りあえず定番の酒場だな。
「人気のない場所が知りたいだ?」
「あぁ、人が寄り付かないような所だとなおいいな」
場所は変わって酒場。
休憩を兼ねて店主にそんな事を訪ねてみた。
最初は「何だこいつ?」といった顔で見てきたが、俺が金貨をカウンターに置くと態度が変わって饒舌に話し始めた。
「人が寄り付かない場所ねぇ…街の外れは空き家が多い。あの辺りなら人は少ねぇぞ?ただ、聖騎士が定期的に巡回してるから何かやらかすなら向いてねぇな」
そこはもう見た。
「なら何かやらかすのに向いている所は?」
「おいおい。やばい話じゃないだろうな」
俺は首のプレートを見せる。
「これ絡みだ」
店主は「あぁ」と納得した顔をする。
「そうだな…地下とかどうだ?」
「地下?遺跡の事か?」
「いや、そっちじゃない。街の真下だ」
店主は下を指差す。
下?何かあるのか?
「地下に水脈があってな。そこから井戸に水を引き込んでるんだが、その引き込み口は結構広いらしいぜ?」
ふむ。
「ただな、雨やらで水源が増水した場合、引き込み口が水で埋まるから何時でも使えるって訳じゃないから微妙な所だがな」
店主は「うーむ」と頭を捻る。
「後は……悪い。これ以上は出てこないな」
「いや、充分だ」
少なくとも地下は見ていないから収穫はあったな。
「…流石にこれだけで金貨は貰いすぎだ。何か食って行けよ」
「では、お言葉に甘えてごちそうになろう」
昨日食った料理程ではないが、量も味も悪くなかった。
店を出た後、手近な井戸を覗き込んでみたが結構な量の水が底で流れている。
俺は周囲を見回して、誰にも見られていない事を確かめると井戸に飛び込んだ。
そして着水。
水はかなり深く、俺でも足が付かないほどだった。大体、2.5~3m程か?
井戸の底で目を凝らす。
見た感じ井戸の底は引き込み口…と言うよりは回廊のようになっており水が流れている。
俺は流れに乗って回廊を進む。
流されながら回廊をよく観察する。
なるほど、確かに水さえなければ隠れるには良いかもしれんな。
俺は水中を漂いながら胡坐をかく。
途中、回廊が分かれたりしていたが最終的には同じ流れに合流するようだ。
朧気ながら回廊の構造を掴んだ所で更に広い所に出た。
…あ、しまった。
瞬間、引っ張られるような感触がして一気に流されて、気が付けば川で浮かんでいた。
俺は川から出ると現在地を確認する。
少し離れた所にオールディアが見えた。
…結構流されたな。
流され過ぎて回廊を抜けて水脈まで行ってしまったらしい。
結局、井戸の底も空振りか。
取りあえず街に戻って他を当たるか…それにしてもあの黒ローブどこに隠れたんだ?
…井戸の底はいい線行ってると思ったんだがな。
俺は首を傾げながら街へ足を向けた。




