726 「憂鬱」
最初に思ったのは何だこいつ?だ。
服装を見れば枢機卿と言う事も何となく理解はできた。
確か枢機卿ってグノーシス教団じゃそれなり以上に高い地位だったはずだが、子供にも務まる物なのだろうか?
まぁ、教団の人事に関してはそこまで興味もないので、枢機卿は子供でもなれる簡単な仕事なのだろうと解釈する事にした。 それにアスピザルの話では権能を使って来たのは子供と言う話だった事を考えるともしかしなくても権能使いなのかもしれんな。 だとしたら非常に都合がいい。
「ヘオドラ殿! お体は――」
「私は大丈夫ですのよ! そんな事よりヘリベルト、外はどうなっているのですか!?」
「敵の正体は不明ですが魔剣使いが居ます。 どうやってか鎖なしで扱っているので、手が付けられません」
子供――ヘオドラは俺を睨みつけ、その視線は魔剣に注がれる。
「……確かに本物のようですね。 貴方! 何が目的ですか! 一体何故、このような惨い真似を――」
そう言うのはいいから。 さっさとかかって来い。
俺は無視して魔剣をヘオドラに突きつける。 その動作だけでこちらの意図が伝わったのかヘオドラの目が細まる。
「良いでしょう。 貴方を神敵として討ち滅ぼす事とします。 私はグノーシス教団第六司教枢機卿ヘオドラ・キルヒ・オーラム・カーカンドル。 教団の一翼を担う者として鉄槌を降します」
同時にヘオドラは胸にぶら下げたペンダントに祈る。 大方、天使でも呼び出すのだろう。
「『מִיכָאֵל』」
同時にその背に赤い羽根と頭上に光輪が現れる。
「『Εωεν ιφ τηε μοωεμεντ οφ ξθστιψε σλοςς δοςν, ιτ ις ινεωιταβλε το δεφεατ τηε ςιψκεδ.』」
羽から爆発するような光が撒き散らされ周囲の連中を包み込む。
観察していると円盤に対処している聖殿騎士の動きがかなり良くなっていた。
どうやら効果範囲内の味方の強化と言った所か。 効果も権能だけあって高い。
「感謝致します! カーカンドル枢機卿!」
「賊め! 仲間の仇だ」
強化されて勢い付いたのか聖堂騎士の二人が威勢よく向かって来る。
中々、悪くない状況だ。 試すにはと言う意味だが。
少し引き付けた後、俺も権能を解放。
『Περσονα εμθλατε:Μελανψηολυ』『Μελανψηολιψ ινφεψτιον』
俺を中心に不可視の何かが広がる。
同時に周囲の連中にかかっていた権能の効果が消失。
「なっ!? これは――」
よし、一応だが使えそうだな。 俺は第一形態で聖堂騎士の二人を挽き肉に変換しながら内心で頷く。
何か驚いていたが意味のある言葉になる前にくたばったので聞えなかった。
「『……何、これ、気持ち悪い……』」
権能を行使していたヘオドラは頭を押さえて膝を付く。
俺はその症状をふむと観察。 天使の憑依までは剥がせないのか。
新しく得た権能である『憂鬱』の権能は相手の精神状態に影響を及ぼす物で、権能『抑欝感染』はそれを周囲に押し付ける代物だ。
この権能の最大の強みは他の権能のように媒介させる物――嫉妬であるなら霧による接触、色欲であるなら匂いのような影響下に置く為の代物が存在しないので喰らってからでないと気が付けない。
加えて、特性なのか魔法的な防御をすり抜けるようでどんな相手にも一定の効果が出るといった優れ物だ。
ただ、この権能の効果自体はそこまで劇的な物ではない。
単純に鬱状態――要はテンションを極端に落として集中力を乱すだけの代物だ。
戦い慣れている奴であれば多少、気分が悪くなって落ち着かなくなる程度だが、権能ともなるとそうもいかない。 あれは使用に当たって感情と集中力の維持が必須となるので、上手く行けば発動の阻害。 最悪、威力の減衰程度の効果が出ればいい方かとも思ったが、阻害できているようだな。
ただ、この権能は対権能使い専用になりそうだ。 周りの反応を見るとそれが顕著に表れている。
ヘオドラ以外は精々、違和感を感じている程度で動きにそこまで悪影響が出ていない。
……まぁ、使える事が分かっただけ収穫か。
鬱陶しい権能使いに対して有効な手札はあるに越した事はないからな。 ただ、使いどころがかなり限られるので、総合的に見れば微妙と言わざるを得ない。
可能であるなら天使の憑依も剥がせるかと期待したが、そこまでは行かないのも微妙さに拍車をかける。
ヘオドラは何とか集中して権能を再起動しようとしているが上手く行っていないのか、光輪と背の羽が不規則に明滅するだけで効果は発揮されていない。
他の雑魚も円盤に追い回されて次々と数を減らしており、俺に構ってられないようだ。
聖堂騎士も全滅したし、後は枢機卿――ヘリベルトとか言っていたな――を押さえるとしようか。
「さて、頼みの綱のお友達も役に立たなくなった所で、投降して俺の質問に答えて欲しい所なんだが?」
どうでもいいが、子供の陰に隠れて偉そうにするのは聖職者としてどうなんだ?
ヘリベルトは助けを求めるように顔を青くして蹲っているヘオドラに視線を向けるが、当のヘオドラは相変わらずどうにかして権能を再起動しようとしているが上手く行っていない。
……おいおい、子供に期待しすぎだろう。
「『ぐっ、やらせませんの――あぐっ』」
無理と判断したのか、ヘオドラがそのまま素手で殴りかかろうとして来たので蹴り飛ばす。
おっと、危ない。 うっかり魔剣で切り刻むところだったな。 これでも学習してるんだ、お前はヘリベルトの処理が済んだら洗脳を試して無理ならサンプルとして脳みそを引っこ抜いて構造を調べてやるからその辺で大人しく待ってろ。
吹っ飛んだヘオドラは壁に叩きつけられて倒れる。
「おのれ!」
首飾りを取り出そうしていたが、左腕で腕ごと粉砕。
傷口を押さえてよろめいたがそのまま追撃。 百足はヘリベルトの両足を喰い千切る。
俺は無言で残った腕で傷口を押さえて転がっているヘリベルトを踏みつけた。
どうせもう一個ぐらい隠し持ってるんだろう? さっさと出せ。
腹に蹴りを叩き込んで動きを止めた後、左腕で残りの腕も粉砕。
手足を失ったヘリベルトは甲高い悲鳴を上げる。
さて、これでお得意の憑依は使えないな。 取りあえず洗脳を試すとするか。
手を伸ばそうとした所で頭上から光の矢が大量に降って来る。
直撃コースの分だけ魔剣で打ち払うと、今度は背後から天使を憑依させた男がメイスを片手に殴りかかってきた。
魔法か何かで姿を消していたのかいきなり現れたな。
鬱陶しいと左腕を一閃。 奇襲して来た男はメイスで受け止める。
「『今です!』」
男の叫びと同時に足元から踏みつけていたヘリベルトの感触が消える。
何かに引き抜かれた感じだったな。 そちらに視線を向けると別の男がヘリベルトを抱えている所だった。
メイスを持った男は俺の気を引くのが目的だったようで、追撃はせずに即座に下がる。
同時に俺の入ってきた入り口から複数の足音。 どうやら敵の増援のようだ。
探す手間が省けるのはいい事だな。
誤字報告いつもありがとうございます。




