722 「空襲」
別視点。
その日、その時。
ヴェンヴァローカと辺獄に居た者達は想像もできなかっただろう。
――自分の身に何が起こるのかを。
最初にそれに気付いたのはセンテゴリフンクスの北側を見張っていた物見だった。
辺獄の脅威は南側からなので、北側の警戒はそこまで厳重ではなかった事も反応が遅れた要因の一つだったのかもしれない。
見張りの一人が何の気なしに空を見上げた時だ。
快晴の空に小さな異物を視界が捉える。 何だと目を凝らすとそれは徐々に大きくなっていく。
近づいて来ている事は分かったが、それが何なのか理解できなかったので危機感を抱けずに呆けたように視線を注ぎ続ける。
「おい、何だアレは……」
他の者達も視線を上げると空の異変に次々と気が付く。
そうしている間にも遠くにあった何かは接近し、その全容が見えた時には彼等は目を見開く事になる。
現れたのは巨大な異形。 それが全部で五。
全長は百メートルに近い巨体を誇り、鳥類に似た胴体に竜の様な長い首。
彼等は知らなかったが、それはサンダーバードと呼称される改造種で、その目的は――
「おい! 誰か報告を――」
対応は致命的に遅かった。 いや、仮に早かったとしても空からの襲撃に対する備えを碌に持たないこの街では対応はできなかっただろう。
サンダーバード達は接近と同時に高度を落とすとその背に器具で固定された者達――トロールとオークの工兵が街の景色が眼下に広がった所で積載された転移魔石をばら撒く。
彼等は魔法道具による障壁で移動の際の不具合――移動に際して発生する衝撃や風を無効化していたので、振り落とされずに乗り込めているのだ。 彼等は予定通り障壁の外に魔石をばら撒くと、風に乗って吸い込まれるように空へと散って行く。
「首尾良し」
ばら撒き終えたトロールが確認作業を終えた後、魔石で連絡。
街中に降り注いだ魔石は地表に到達する直前で効力を発揮。 消失して対になっている存在を呼び出す。
現れたのは巨大な狐に似た生き物に始まり、奇妙な姿をした異形の群――レブナント達だ。
彼等はセンテゴリフンクスの地に降り立つと同時に周囲に存在する味方以外の全てに襲いかかる。
サンダーバード達は全ての戦力を放出して帰投する予定ではあったが、空中に存在する敵性戦力を発見。 大変都合の良い事に一ヶ所に固まっていたので、行きがけの駄賃とばかりに口を大きく開放。
口腔から極太の熱線を吐き出し攻撃。
空中にいた者達――聖女を包囲していた天使像は奇襲に対応できず、その攻撃で大半が瞬時に蒸発。 生き残りも酷い損傷を受けて体勢を大きく崩す。
比較的損傷の少ない者達は何とか立て直そうとした所で、飛んで来た何かに両断されて墜落。
天使像を撃墜した物は緑の炎を纏った剣を手に背負った巨大な箱から筒状の射撃兵器――ミサイルを発射。 命中した者達は次々と爆殺されて墜落。
そしてそれを成した者は――
「はーっはっはっは! 教団のガラクタどもめ! 今度は油断せん! 死んでこのマルスランの手柄になるがいい!」
マルスランだった。
「出撃と言う事で改修して貰った『コン・エアー改』(費用自己負担)の威力を見せてくれる! グノーシスのゴミ共とそれに与する愚物共! 貴様等には教えてやろう、この大空の支配者が誰なのかをな!」
修理費用を賄いきれなかったので、首途に借金をする事になったが彼にとっては大した問題ではない。
何故ならここで手柄を立てて報奨金を貰えば少々の借金ぐらいは取るに足らん些事だからだ。
「滅び去れぇ! マルスランミサイル発射!」
発射口が増え、一度に斉射できる数が増えたミサイルがばら撒かれ空中で爆散。
センテゴリフンクスの空に毒々しい色の爆炎と天使像の残骸が降り注いだ。
当然ながらその異変は早い段階で辺獄で虚無の尖兵の迎撃を行っていた前線にも伝わる。
「センテゴリフンクスが襲撃を受けている? どう言う事だ!?」
その知らせを受け、現場で指揮を執っていた聖堂騎士は困惑の声を上げる。 彼が居るのは辺獄内に用意されたテント。 定期的に辺獄種の襲撃を受けるので、危険ではあるが用意された仮設の駐屯地だ。
テントで休息をとっていた彼の表情には疑問が張り付いている。 部下の言っている事の意味が良く理解できなかったからだ。
彼等は街が襲われないようにこうして敵を排除しているにもかかわらず、本陣である街が襲撃を受けているのだ。 困惑するのも無理のない話だろう。
「敵襲と言う事は分かった。 敵の戦力は? どこの者だ?」
それでも彼は冷静に状況を見極めようとした。
通信魔石を握ったままパニック状態の相手を落ち着かせ、正確な情報を得ようと根気強く説明を求める。
少し落ち着いたのか魔石の向こうにいる連絡係の聖騎士は状況を順番に話そうとしたが、部下の報告に遮られる事となった。
「報告します!」
「急ぎか? 見ての通り話し中――」
「緊急です! 北から何かが接近してきます」
――北?
聖堂騎士は部下の言葉を確かめるべくテントから出て北の方を見ると、巨大な土煙が上がっている。
距離がある所為で分からないが、複数の何かがかなりの速度で向かって来ている事は分かった。 数が多い、軍勢と言って良い数だろう。
辺獄には遮蔽物がないので音や周囲の変化は伝わり易いので、異変があればこうしてすぐに気が付く。
それを見て聖堂騎士の脳裏に嫌な物が広がる。
センテゴリフンクスが襲撃を受けたと同時にこれだ。 無関係とは考え難い。
何が襲って来たのかも不明な状況なので、敵と考えた方がいいだろう。
そもそもこの辺獄を移動してくる存在が味方の訳がない。
「クソッ、尖兵の掃討だけでも忙しいと言うのに一体何だと言うのだ!」
聖女が抜けた事により現場の負担が激増していたが文句も言っていられない。 聖堂騎士は部下に指示を出す。
正体不明の勢力を敵と判断。 迎撃の準備を進める。
彼の判断は正しく、出した指示も適切と言えるだろう。 謎の軍勢が接近してくるにつれてその詳細な姿が露わになり耳が異音を拾う。
聞きなれないそれは知識がある者が聞けば無限軌道という単語が脳裏に浮かぶかもしれない。 そして自分の考えを笑うだろう。
ここは辺獄と呼ばれる異世界でも特異な地だ。 そんな所では場違いと言って良い音――それが無数に響くなんてあり得ない。
聖堂騎士は理解できない物に対して困惑していたが、努めて動じずに指揮官として適切な指示を出す。
「密集陣形で迎撃態勢。 反応を見たいので、魔法の射程に入ったら撃ち込め。 数だけで大した事がないのなら楽でいいが、判断が付かん以上は少しでも情報が欲しい」
部下が彼の意を受けてその指示を各所に伝達。 即座に戦力が割かれ迎撃態勢が整えられる。
休んでいた者達も動員されたので、彼等の機嫌は悪い。 誰だか知らんが休息の邪魔をしやがって、ただでは済まさない。 そう言った好戦的な思考が彼等の中に広がる。
もう少しで魔法の射程内だ。 土埃に隠れていた姿もそろそろはっきりと見えて――
――その思考は次の瞬間に起こった現象に掻き消された。
土埃の奥で何かが光ったなと誰かが認識したと同時に、闇色の光が真っ直ぐに彼等めがけて飛んで来たからだ。
「――え?」
誰かの驚きの声と共に着弾。 衝撃と爆発が辺獄の大地に響き渡った。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




