721 「包囲」
続き。
現れた聖堂騎士は全部で五人。 全員が腕に鎖を巻きつけている。
明らかに聖剣や魔剣を拘束するのに使う鎖だ。
「聖女ハイデヴューネ、このような結果になって私としても非常に残念だ。 聖剣は教団に必要な物なので君の都合に関係なくこちらで回収させて貰う。 素直に引き渡すなら君と君の連れの命は保障するが?」
「お断りします」
即答する。 命の保障だけで他を考慮しない可能性が高いからだ。
僕には利用価値はあるだろうけど、エイデンさん達は間違いなく碌な目に遭わないだろう。
エイデンさんが空いた手で通信魔石を使用。 キタマさんに連絡を入れていた。
余り歓迎したくなかった事態ではあったけど、このまま逃げてキタマさん達と合流。
そのまま転移でウルスラグナに撤退する――つもりなのだけれど……。
僕達を半包囲している聖堂騎士は全員が例の鎖を持っている。 突破するだけなら難しくはないけど、あの鎖に捕まると聖剣が機能しなくなるのは厄介だ。
「リリーゼさん!」
「了解!」
僕が合図するとリリーゼさんは弓を引いて足元に矢を撃ち込む。
接触の瞬間、鏃が破裂して周囲に煙を撒き散らす。 同時に僕は二人を抱えて砦から飛び降りる。
後ろからマクリアン枢機卿の「捕えろ」と言った声が聞こえたけど構わずにその場を離れた。
「キタマさん達は?」
「高台にいます。 今の所は問題ないようですが合流は――」
「入れ違いになるのも困るので、その場から動かないように言ってください。 このまま向かいます」
僕は二人を左右の手で抱えて建物の屋根から屋根へと飛び移る。
目指す場所はこの街を一望できる高台。 キタマさんは空いた時間によくそこへ行くと言っていた。 もしかしたら落ち込んでいるジャスミナさんに気を使って連れ出したのかもしれない。
「追ってきました!」
エイデンさんの声に肩越しに振り返ると、さっきの聖堂騎士達が追いかけてきているのが見える。
……これぐらいなら問題ない。
二人を抱えていても聖剣による強化で問題なく引き離せるし、街中なら飛び道具は――
「――っ!?」
咄嗟に近くの建物を蹴って軌道を強引に変更。 次の瞬間、僕の居た場所に魔法が着弾。
爆発が発生する。
「ちょっと!? あいつ等正気!? 街中で魔法を撃って来るの!?」
リリーゼさんが信じられないといった様子で驚きの声を漏らす。
流石にここまでやるとは思わなかった。 街中で攻撃魔法なんて何を考えているんだ!?
回避の為に変な体勢で飛んでしまったので立て直す為に近くの建物に着地。 そのまま目的地を目指そうとしたが、今度は下――建物と建物の間から光る矢のような物が無数に飛んで来た。
「くそっ!」
エイデンさんが懐から取り出した魔石を投げると魔石が砕けて内包された魔法が効果を発揮。
周囲に光の障壁が発生して飛んで来た矢を防ぐ。 少し遅れて無数の黒い影が上がって来る。
現れたのは変わった出で立ちの――騎士? 黒い鎖帷子にグノーシス教団の紋章が刻印された黒い仮面。
教団所属なのは間違いないだろうけど、こんな装備を身に着けた者達を僕は見た事がない。
いやと思い直す。 確かアイオーン教団発足時に資料で見た覚えがある。
グノーシス教団には拷問や暗殺などの汚れ仕事専門の部署があると聞いた。
確か名称は――
「――審問官」
エイデンさんの呟きで僕も確信が持てた。
審問官達は見慣れない武器――恐らくは拷問等に使用するであろう得物を各々構えている。
「聖女様! もう一度視界を潰します」
「お願いします」
担がれたままのリリーゼさんが再度、矢を撃ち込んで煙幕を発生させる。
同時に僕は跳躍。 そのまま包囲を強引に突破する。 流石にいちいち相手をしていられない。
この様子だと次々と敵が集まって来るのが目に見えているので、動き続けないと不味いのだ。
「ちょっ!? 多すぎない!? 何人伏せてたのよ!」
「あいつらどれだけ聖剣に執着してるんだ!?」
二人が悲鳴を上げる。 正直、僕も同じ気持ちだった。
何処にいたのか審問官が街のあちこちから何人も上がって来るのだ。 いつの間にこれだけの数を街に入れていたんだ!?
恐らくは後詰めの名目で街に入れていたのは想像に難くないけど、流石に多すぎる。
審問官は目的達成の為に手段を選ぶ気もないようで、街の被害を無視して次々と魔法を放って来た。
当然ながら騒ぎにならない訳もなく、あちこちで建物が崩れて悲鳴が上がる。
「反撃しますよ。 構いませんね?」
「牽制するだけで構いません! 後、なるべく建物には当てないように」
リリーゼさんは「了解」と返事して矢を射かけて反撃。
牽制に専念するつもりなのか矢は煙幕か閃光を放つ物で、相手の行動の阻害を狙っているようだ。
エイデンさんは逆に飛んでくる攻撃を魔石を用いて防いでくれている。
「エイデン! 出し惜しみしないでもっと投げなさい!」
「気楽に言わないでくれる!? これ結構いい値段するんだよ!?」
二人の言い合いを聞きながら目的地を目指すけど、攻撃を躱しながらなので思うように進めないのが歯がゆいけど、確実に目的地に近づいている。
「エルマンさんに連絡は?」
「もう済ませています。 急ぎで受け入れの準備を行うとの事なので転移はすぐにでも使えるそうです」
エイデンさんが魔石を投げながら答える。
道程の半分以上を消化した所で、嫌な気配は背筋を走った。
「エイデンさん! しがみ付いて!」
彼を掴んでいた手を放して聖剣を抜いて一閃。 魔力を伴った斬撃が少し離れた所から飛んで来た特大の火球を両断して空で大爆発を起こす。
……空からの攻撃!?
魔法が飛んで来た方向を見るとそこには巨大な人型が無数に飛んでいた。
「……何よアレ……」
それは人の倍以上の背丈を持った全身鎧に背には羽。
はためくマントと肩にはグノーシス教団の紋章。 そして巨体に見合った巨大な武具。
どう見てもグノーシス教団の戦力だ。 それを見て内心から嫌悪感が湧き上がる。
……こんな戦力を持っていながら何で辺獄に投入していないんだ!?
隠す気もないぐらいに戦力を出し惜しんでいたグノーシス教団に怒りが込み上げる。
これだけの戦力を隠し持っておきながらどの口で自分を信用して欲しいなどと宣うのだろうか?
息をするように嘘を――いや、自分に都合のいい真実だけを口にするマクリアン枢機卿に嫌悪感が込み上げて来た。
「聖女様、もう戦うしか……」
「いえ、出来るだけ戦闘は避けたいので、強引ですが突破を狙います。 しっかり掴まっていてください」
完全に包囲されているけど、まだ突破はできる筈だ。
包囲の薄い所を視線を巡らせて探す。 後方から聖堂騎士、周囲には審問官、上空には巨大な全身鎧。
そして――
「『聖女ハイデヴューネ。 共に戦った我等を裏切るその所業! 恥を知りなさい!』」
――前方に羽を背負った二人の司教枢機卿。
それぞれ銀と白の髪の少女達だ。
前者が第九司教枢機卿カロリーネ・ファ・アルゲム・カルテンブルック。
後者が第十司教枢機卿アデライード・ナタル・クリスタ・ダルテテール。
二人とも既に天使を憑依させており、各々武器を構えていた。
その表情には強い敵意と怒りが乗っている。 口振りから察するにマクリアン枢機卿に適当な事を吹き込まれたのだろう。
……これは厳しいか。
完全に逃がす気はなさそうだ。 どう考えても聖剣を渡して終わりと言う訳にもいかないだろう。
カルテンブルック、ダルテテール両枢機卿の視線には明確な怒りが乗っており、周囲の審問官は下卑た含み笑いを漏らしている。 間違いなく捕まれば碌な目に遭わないだろう。
こうなってしまった以上は仕方がない。
出来れば穏便に済ませたかったけど、エイデンさん達を傷つけさせる訳にはいかない以上は戦うしかない。 結果的に殺す事になっても――
僕は二人を下ろして聖剣を構える。
「お二人は審問官を牽制しつつ包囲の突破を。 残りは僕が相手をします」
「いや、流石にあの数は――」
「何とか包囲に穴を開けるので無理に粘らずに先に行って下さい!」
構わずに僕が踏み込もうと――即座に二人を抱えて跳躍。
「え!?」「ちょ!?」
同時に空から巨大な何かが降って来た。 同時に街のあちこちで爆発と衝撃。
……一体何が!?
僕は何とか状況を把握しようと周囲を見回すとそこには――
誤字報告いつもありがとうございます。
 




