71 「見学」
目の前で黒ローブが黒い霧をまき散らして爆散する。
俺は溜息を吐く。
…またか。
あれから3度目の襲撃だ。
当然、全て返り討ちにしたのだが…困った事に連中、動けなくしたと思ったら爆発して黒い霧になって消滅するのだ。
特撮の怪人かよ。
お陰で記憶を抜きとれずに事情がさっぱりわからない。
2度目以降の襲撃の時は無言で襲ってきたので、返り討ちにする際に仕留め方を工夫してみたが…上手く行かなかった。
即死させてみたが死んだと同時に爆発。
なんとか爆発を防ごうと何人かで検証してみたが、どうも心臓の辺りに何か仕込んでいるらしく爆発の際にはそこから魔法の気配がした。
今度は爆発前に心臓を抉り取ってやったが、何故か頭が爆発。
どうやら、心臓だけでなく頭の方にも何か仕込んでいたようだ。
殺すと記憶が奪えない。…かといって中途半端に痛めつけると自殺するのでそれも難しい。
なら、気絶させて無力化してやろうかと思ったが、どれだけ痛めつけても意識を失わないのだ。
ふざけた事に連中、薬か魔法かは分からないが何かでドーピングして意識を失えないようにしているらしい。
戦闘の痕跡は可能な限り消していたがこの調子で来られると騎士や聖騎士に気づかれてしまいそうだ。
国の騎士はともかく聖騎士に目を付けられるのは困る。
…どうしてこうなった。
俺は頭を抱える。
何とか1人生け捕りにして記憶を吸い出さないとこの手の変態が次々と襲ってくる事になりそうだ。
そうなると旅が難しくなる。
最悪、オラトリアムへ引きこもる事になってしまう。
いやいや、何で俺がこんな訳の分からん連中の都合でそんな事をしなければならないんだ?
そう考えると少し腹が立った。どちらにせよ襲ってくるんだ、返り討ちにしてやろう。
ついでに二度と俺に手を出す気が起こらなくなるよう組織自体を痛めつけてやる。
…そう息巻いた所までは良かったのだが…。
4度目以降、襲撃がぱったりと止んだ。
俺はおや?と首を傾げながらわざと人気のない所を通ったりしたが来る気配がない。
念の為、探知系魔法をフルに使って尾行している者がいないか確認したがそれも無し。
諦めたか?とも思ったが恐らくは人員が減ったからいったん引いただけだろう。
取りあえず、尾行が消えたなら宿に戻って休むとするか。
あんまり遅いとハイディの奴が探しに来そうだ。
宿に戻るとハイディが装備の手入れをしていた。
俺の姿を見ると少し複雑な表情をする。
何だ?と思ったがすぐに分かった。短剣とククリを拭いたであろう布に血が付いている。
「…何があった?」
ハイディは言い難そうにした後、観念して話し始めた。
「君と別れてからなんだけど…」
別行動を取ってしばらくすると誰かに尾行されている気がしたので、路地に入って誘い出したら黒いローブを着た不審者が釣れたらしい。
…で。どういうつもりかと聞こうとしたら無言で襲いかかって来たので返り討ちにしたと。
「殺すつもりはなかったんだけど、戦闘不能にしたらいきなり自殺して…」
後は爆発して消え失せたと。
話を聞く限り、俺が一通り追い払った後に来たみたいだな。
来ないと思ったらハイディの方に行ってたのか。
俺に対する取引材料にでもするつもりだったのか?
連中どういう訳か俺にご執心らしいし…何でまた俺みたいな奴に目を付けたのかね。
…まさかとは思うが連中、転生者を見分けられるのか?
だとしたら俺をしつこく手に入れようとする理由も頷ける。
俺はノコノコ連中の視界に入って目をつけられたって事か…。
恐らくは転生者の能力を手に入れようとしているのだろう。
手に入れば確かに「人間の限界を超える」事が出来るかもしれない。
まぁ、再現できればの話だがな。
俺の知らない所でやる分には文句はないが、俺を実験材料にしようとするなら話は別だ。
取りあえず情報を吸い出さないと今後も目を付けられるな。
「何人仕留めた?」
「6人。3人一組で二組来た」
やはり3人単位で動いているのか。
俺は4つ潰して12人。合計で18人か、結構削ったな。
「何故僕を狙ってきたのかが分からないんだ」
「その連中、ギルドで言ってたダーザインとか言う変態集団だろ?無差別じゃないのか?」
「変態って…」
「噂じゃ女子供を無差別に攫ってるって話だ。攫い易い相手とでも思われたんじゃないか?」
「そうなのかな…」
ハイディには悪いが俺は当り障りのない意見で濁した。当然、俺の所に来た事は伏せている。
転生と体質については誰にも話す気はない。
彼女の事はそれなりに信用はしているが、あくまでそれなりだ。
命綱を預けるほどじゃない。
そもそも俺は他人をそこまで信用する気はない。
数少ない例外はファティマを始め、俺が『根』で支配下に置いている連中だけだ。
…あいつらは他人じゃなくて文字通り俺の手足だからな。
「話は分かった。明日はなるべく気を付けて行動しよう」
俺はそう言って話を締めた。
明日は遺跡見学だ。2人で行動して相手の出方を窺おう。
聖殿騎士ディラン・クライ・ギドリーはライポリッシュ出身の冒険者を父に持つ平凡な生まれだった。
物心ついた時から父親に連れられて領内を東奔西走し、一ヶ所に腰を落ち着けると言う事はなく忙しい幼少期を経て子供から少年へと成長する。
彼の父親はお世辞にも良い父親ではなかった。
そこそこ動けるようになった実の息子へ求めたのは自分の手伝いだった。
雑用の代行に装備の手入れ、酷い時には魔物をおびき寄せる囮。毎日が死と隣り合わせで、幸せとは言えない日々だ。
母親は居なかった。
会話の内容から昔、拠点にしていた村の娘と関係を持った際にできたのが自分らしい。
一度だけ母親について質問したら殴られた。
反応から察するに自分が生まれたのは父にとって不本意だったと言うのは分かった。
そして父親が拠点を置かないのもその辺りが理由だろう。
有り体に言うなら何か間違いがあっても責任を取らずに逃げる気な訳だ。
その辺りの事情を察する事が出来るようになった時点で、父親の事を軽蔑するようになり、同時にこの男の下に居たら殺されると思い、自立しようと決意した瞬間でもあった。
父親の目を盗んで読み書きの勉強をするのは至難の業だったが、気づかれると面倒な事になるのは目に見えたので必死にやった。
読み書きをある程度身に着け、金もそれなりに溜まったので父親の下を逃げ出してライボリッシュにある聖騎士への登竜門『学園』の試験へ挑み何とか合格を勝ち取った。
その後は、学園で心身ともに鍛え卒業。
聖騎士になってから聖殿騎士にクラスチェンジして任務に就き…とある領主のバカ息子の護衛任務を与えられ、クソみたいな仕事を経て………おっと朝か。
翌朝。
俺はハイディを連れて遺跡への道を歩いていたが今の所、怪しい気配はない。
夜の間も定期的に探知系魔法で探りを入れてみたがそっちにも反応なし。
ハイディも夜の間警戒していたのか、眠りが浅かったようだ。
上手く隠してはいるが少し眠そうにしている。
「遺跡を見た後はどうするんだい?」
「…」
ハイディの質問に俺はどうした物かと考える。
連中の始末をつけるまで街を出る訳には行かない。
最低でも知識を吸い出して連中の情報だけでも手に入れたいな。
可能であれば俺に目を付けた連中を皆殺しにした上で俺に声をかけた理由を確かめないとな。
…とは言ってもハイディも狙われている以上、あまり時間はかけられない。
少ししんどいが今日中に片付けてしまおう。
「…そうだな。特に用事もないし明日には発とう。お前の方は大丈夫か?」
「消耗品の補充も終わってるし、僕の方はすぐにでも出られるよ」
「分かった。今日は休んで明日出発だ」
流石に一日待たされた甲斐あってすぐに中に入れてくれた。
遺跡と言う割には中の壁や床は大理石のように滑らかで光沢のある物で、どこぞの美術館のような佇まいすら感じる。
「すごい綺麗なところだね」
ハイディは入る際に着けるように言われた腕輪を撫でながら珍し気に周囲を見回している。
俺も自分の腕に嵌まっている腕輪に視線を落とす。
真っ白な腕輪で小さな魔石がいくつか嵌まっている。
どうも、これを嵌めている限りここを管理している連中に居場所が分かる仕組みらしい。
当然だが自分では外せないようだ。
まぁ、特に問題もないしのんびりと遺跡見物と行こう。
…それにしても変わった造りをしている。
壁を触ってみるが、ツルツルとした手触りとひんやりと冷たく気持ちいい。
ちょっと頬ずりしてみたが、中々いい感触だった。
「な、何してるの?」
ハイディがちょっと引き気味に見ていたが些細な事だ。
魔法的にも変わった造りで、探知系の魔法を使ったが壁の向こうが全く見えない。
どうも魔法を弾く性質があるようだ。
軽く手で叩いてみるが硬さもある。破壊は難しそうだな。
構造も入り組んでおり案内の立て札がなければ簡単に迷いそうだ。
途中、壁が開いたような箇所があり、こういった仕掛けを外しながら攻略していったのが分かる。
どういった手順で仕掛けを解除するのかに興味があったが、外した後に何らかの手段で仕掛け自体を取り払ったようでよく分からなかった。
しばらくは単調な風景が続きそうなので、俺も用事を済ませるか。
思念をファティマに飛ばす。
壁は魔法を弾く性質があるので通じるかは微妙だったが、問題ないらしい。それともこの『交信』はカテゴリー的に魔法じゃないのか?
――ファティマ…。
――ロートフェルト様!連絡をお待ちしておりました!最近は連絡をくださらなくて寂しかったですわ!
何かこいつ話すたびにキャラが変わってるような気がするのは気のせいだろうか?
――前置きはいい。今はノルディアなんだが少し面倒な事になった。
俺はダーザインの話と経緯を掻い摘んで話した。
ファティマは黙って聞いていたが、聞き終わると溜息を吐く。
――ダーザインですか。また、面倒な連中に目を付けられましたね。
――まったくだな。
――連中に関する知識と言う点では私の記憶を得たロートフェルト様とそう変わらないので、あまり有用な情報は出せません。
――いや、お前の実家の方にその手の知識や情報を持ってそうな奴がいたと思うが…。
――………あぁ、父や姉達ですね。
――そうだ。仲が良くないのは知ってはいるが、何とかならないか?
――大変申し上げにくいのですが…。
何だ?いきなり歯切れが悪くなったな。
――つい先ほどライアード家は私を除いて全員死亡しました。
…はい?
――ですから両親、使用人、姉妹達と全員死にました。
おいおい。かなりの大事じゃないか。
ライアードはどうなってるんだ?
――領の事なら問題ありません。私が両方ともうまく管理して見せます。
…何?
――最近、妙に配下を増やしたがっていたがお前まさか…。
タイミング的には蛇女も届いた頃だろう。
大半はチンピラ上がりだが聖殿騎士、蛇女に加えてトラストまでいるんだ。もしかしたらペギーも使ったかもしれんな。
領主の館を陥落させるぐらい余裕だろう。
――……ふふ。
ファティマは笑うだけで何も答えない。
俺は背筋に寒気を覚えた。
こいつやりやがった。
――問題はないんだろうな?
――えぇ。ございません。皆無と言っても過言ではありませんよ?それとご依頼のダーザインの件は屋敷に何か残っていないか調べてみますわ。分かり次第こちらから連絡しても?
――分かった。その時に限って許可する。
ファティマは嬉しそうに返事をして『交信』を切った。
実はファティマにはこちらに連絡する事を禁じている。
オラトリアムを出た後、かなりの頻度で連絡して来るのでうっとおしくなって、こちらから連絡するまで俺に対して『交信』を使う事を禁じたのだ。
…あの女は何を考えているんだ。
まさか、実家を襲って乗っ取るとは予想外だった。
俺に取って不利益になる行動を取るとは思えんが…いや、もしかしたら違うのか?
考えても判断が付かないのでしばらくは様子を見よう。
ファティマに与えた配下の指揮権は何時でも剥奪できるし今の所戻る予定もない。
…しばらくは様子見だな。
俺は棚上げする事にした。
遺跡を見て癒されよう。
そうだ。そうしよう。俺は軽く現実逃避して遺跡見学に戻った。
広さもかなりあり、朝の早い時間に入ったのだが、一通り回って外に出た頃には日はすっかり高くなっていた。
「面白い所だったね」
「あぁ、そうだな。もういい時間だし後で食事にしよう」
ハイディは笑みを浮かべて頷く。
遺跡見学は中々面白かった。
後はあの不快な連中の始末だけか。




