707 「巨狐」
震源は神殿の下か。
地震というよりは何か巨大な物が動いている感じだな。
徐々に上がってきているようで地面や神殿に無数の亀裂が走る。
「崩れます。 避難を」
イフェアスの言う通り、この空間自体が崩れ始めているのでさっさと逃げた方がいいだろう。
だがその前に爺さんから記憶を引っこ抜かないと――
「――あ」
思わずそう呟いてしまった。
狂ったように笑っていた爺さんは崩れ始めた事により上から落ちて来た巨大な岩塊に潰されてしまったからだ。
完全に潰れてしまったようなのであれでは記憶は抜けないな。
取りあえず上で暴れている連中に生きている奴が残っていれば何人か生け捕りにしろとだけ<交信>で指示し、イフェアスの先導で地上へ戻る。
通って来た道を逆走して梯子を上り、地上へ出たと同時に集落のあちこちが陥没して地面に沈む。
中央辺りが最も早く崩れ、地上にあった物が吸い込まれるように崩落に巻き込まれて消えて行く。
被害は集落だけに留まらず、山全体に及んでいるようであちこちで崩落が起こっているようだ。
待っていたサベージに跨って安全そうな場所へと離れる。
何が起こったのかという疑問は即座に解消される事となった。
崩落の中心部――例の神殿があった辺りから何かが出て来る。
最初に姿を現したのは巨大な前足?で良いのか? 四つ足の獣のそれに類似していたので間違いないだろう。
次いで突き出るように姿を現したのは足に見合った巨大な頭部。
そして追いかけるように柱の様な巨大な尻尾らしき物が複数。
……何だ。 守護獣って本当に居たのか。
その姿は連中がありがたがっている姿に酷似していたので、疑いようがないだろう。 要はでかい狐だな。
そう言えば尻尾の数がはっきりしないのが少し気になっていたのだ。
実際は何本なんだ?
「ここも危険です。 もう少しお下がりを」
イフェアスが何か言っているが無視した。 今いい所なんだ後にしろ。
出ているのは五、六本。 七本目が出て来た所でそれ以上は増えなかった。
七本か。 思ったより半端な数だったな。
ささやかな疑問が解消されてすっきりしたので下がる。
レブナントやイフェアスの部下達も既に安全圏まで下がっていたので俺達もそちらへ向かう。
山をある程度下った所――五合集落の辺りまで戻った所に集結していたのでそこで合流。
頂上付近を見上げると完全に山から這い出した巨大狐が周囲を見回している所だった。
体色は明るい茶色で、尾はさっき確認した通り七――おや? 気付かなかったが二本途中で千切れているな。 そう言う事は実際は九本か。 金に近い瞳が闇夜の中、煌々と輝いているのが分かる。
体長は目算だが数十メートルと言った所だろう。
ミドガルズオルムやディープ・ワンに比べれば小型だな。
無視してもいいが、守護獣はやる気のようだ。 その証拠に視線はこちらに向いており、威嚇するように低く唸っているのがこちらまで聞こえて来る。
知能も低そうだし、実害がないのなら見逃しても良かったが向かって来るなら殺処分でいいか。
この後、聖剣を掘り出す必要があるので、あまり構ってもいられない。
さっさとくたばれ。 俺は魔剣を第二形態に変形させて発射。
闇色の光線は狐の頭を吹き飛ばさずに盾にするように立てた尾の一本に命中する直前に左右に分かれて夜空に消える。
驚いたな、何をやった? 障壁の類を展開したようには見えなかったが――
「散開して迎撃!」
イフェアスの鋭い指示が飛んだと同時にレブナント共と奴の部下が即座に散開。
同時に巨大狐がこちらに向かって跳躍。
流石にあのサイズが飛んでくると中々迫力があるな。
サベージに指示を出して落下地点から退避。 少し遅れて衝撃音。
着地の際に発生した衝撃で土や木が周囲に飛び散る。
俺はサベージに跳躍させて空中で魔剣を第四形態に変形させ、円盤を大量に生成して射出。
それに合わせるように周囲から炎や毒液、岩塊等があちこちから巨大狐に向けて飛んで行く。
レブナント共の攻撃だろう。 巨大狐は周囲から飛んでくる攻撃に対してさっきの光線を防いだものとは別の尾を振り回す。
防御に使用した尾は二本。 それぞれ別の能力を秘めているのか、片方は金属のように硬質化。 もう片方は液体の様な透き通った物に変化。
前者は飛んで来た攻撃を叩き落し、後者は吸収して無効化する。 魔剣の攻撃もしっかりと叩き落しているので中々の硬度のようだ。
お返しとばかりに巨大狐は別の尾を向けた。
明らかに何かを飛ばしてくる感じだな。 その証拠に尾の表面がバチバチと放電している。
発射する直前に大きく体勢を崩して尾から飛び出した電撃らしき攻撃は何もない場所に落ちて、土や木々が大きく爆ぜた。
何だと思ったらいつの間にかイフェアスが部下と一緒に足を攻撃していた。
「撃て!」
奴の指示で複数のスレンダーマン達が銃杖で一斉射撃。
射出された魔石に内包された魔法が解放されて次々と爆発が起こる。
当然ながら周囲で攻撃を続けていたレブナント達はここぞとばかりに攻勢を強めた。
どうも尾を使った防御は直接当てないと効果がないようで体勢を崩された事で次々と命中。
凄まじい悲鳴が上がる。 うるさい畜生だな。
さっさとくたばれ。 もう一度第二形態に変形させて発射。
尾を使った防御も種が割れれば抜くのは難しくないな。 俺の動きに気付いた他は即座に巻き込まれないように退避。
空中で放ったので光線はその背に突き刺さる。 生体情報を抜く必要があるので脳を残す必要があるのが面倒だな。 発射後に魔力を再充填。
ナヘマ・ネヘモスを吸収した事により、固有能力こそ使えないが魔力の供給能力は生きているので魔剣を使用する際のチャージ時間が多少は短縮されたので使い勝手は良くなった。
巨大狐は背中から腹にかけて風穴を開けられたのが効いたのか、苦痛に身を捩る。
相当に堪えたようで尾の制御にも支障が出ていた。 滅茶苦茶に振り回して強引に当てようとしていたが、当たる訳がない。
俺は冷静に魔力の充填が完了した魔剣から光線を発射。
もう一発背中に喰らわせる。 いい所に当たったのか、狐は派手に吐血。
畳みかけるようにレブナントやスレンダーマン達が攻撃を繰り返す。
イフェアスの指示なのか開いた傷口を重点的に狙っての集中砲火。
巨大狐は尚も抵抗しようとしていたが、どうにもならなかったのか徐々に動きを弱め――沈黙。
念の為、もう一撃魔剣の光線を喰らわせて反応がなくなった事を確認して攻撃を止めて戦闘態勢を解く。
珍しい防御を使っていたが、終わってみれば大した事のない奴だったな。
まぁ、元々あった損傷の所為もあっただろうが、仕留めた以上はどうでもいい。
死骸はサベージとレブナント共の餌にして、脳から記憶と生体情報を抜くとしよう。
俺はサベージに指示を出して動かなくなった巨大狐の死骸へと近づいた。
誤字報告いつもありがとうございます。




