703 「叫喚」
「聖剣とな。 お主、担い手になりたいと言うておるのか?」
「いや? 単純に面倒な奴の手に渡ると困るので、回収しておきたいだけだ」
そもそも今までの例を考えると、高い確率で俺に聖剣は扱えない。
魔剣の所為かとも思ったが、思い返してみると最初の聖剣を見かけた時も早々に逃げ出した事を考えると理由は不明だが――まぁ、無理だろうな。
例の聖女とやらが素面で聖剣を扱えている所を考えると魔剣よりは扱いやすいのだろうか?
正直、うるさくないのなら魔剣と交換して欲しいぐらいだ。 一体、俺の何が不満だと言うのだろう? 選定の基準がさっぱり分からんな。
……どちらにせよ俺には扱えない以上、ただのない物ねだりか。
俺の物言いが気に入らなかったのか、爺さんの後ろにいた連中が持っていた武器を構える。
「それで? その様子では聖剣があるのは間違いないらしいが、くれるのか? くれないのか? ――あぁ、なんなら金で済まそうか? いくらだ?」
穏便に済むならそれに越した事はないからな。
金ならソドニーイェベリからいくらでも調達できるだろう。 どうせ、もう少ししたら持っていても意味のない連中が大量に増えるしな。
「ぶ、無礼な! この世界を守る要たる聖剣を金銭と引き換えにせよと言うのか!?」
「そうだな。 お互いに悪くない取引だと思うが?」
ごちゃごちゃと何か小難しい事を言っているが、どうせ使ってないんだろう?
なら俺が貰っても何の問題もないじゃないか。
「き、きさ、貴様! 我等は守護獣さまと共に聖剣を守り、世界の危機に立ち向かうというお役目を真っ当せんと代々――」
……世界の危機?
あぁはいはいと適当に聞き流そうとしたが、気になるワードが出て来たので少し興味が出て来た。
「世界の危機と言っていたが、それは具体的に何か知っているのか?」
「ふん! 無礼者に教える事なぞないわ!」
そうか。 じゃあ頭に直接聞くとしよう。
聖剣の存在がはっきりしただけでもこの爺さんと会話した価値はあったな。
俺はサベージから降りる。
「爺さん以外は殺してもいい。 念の為、知識は欲しいので他は可能な限り頭は残せ」
俺がそう言うと真っ先に襲いかかったのはサベージだ。
口を大きく開けて獣人男に頭から喰らいつき、即座に上半身を齧り取る。
バキバキと噛み砕く音が響いた。 おいおい、頭は残せといっただろうが。
サベージは唾を吐くように何かを吐き捨てる。 地面を跳ね返ったのは粘液に塗れた男の頭部だ。
随分と器用な喰い方をするな。
「き、きさ――」
武器を構えようとした男の胴体を何かが貫いて、空中に吊り上げられる。 イフェアスのヒューマン・センチピードだ。
バキリと音がして男の上半身と下半身が分離して地面に落ちる。
爺さんは驚愕に目を見開く。 思った以上に脆いな。
聖剣をどうのとか言っている割には弱すぎる。 こいつ等がここの水準でどの程度の位置にいるかは知らんが、平均的な戦闘能力を持っていると言うのならここの連中は大した事なさそうだな。
爺さん以外は他の連中に任せ――もう終わりそうだが、俺は無言で爺さんに歩み寄って顔面を鷲掴みにする。
「おのれ狼藉者めが!」
そう喚くと爺さんは懐から何か紙切れのような物を取り出して俺の手に張り付ける。
何だこれは? 瞬間、俺の手がボコボコと沸騰した水のように泡立つ。
同時に紙切れが燃え尽きて消える。 感じからして毒の類か?
良く分からんが再生力を強化してねじ伏せるとすぐに元に戻った。
「な、馬鹿な――」
爺さんは何やら驚いていたが、それも込みで頭に直接聞くとしようか。
そのまま根を侵入させて知識を奪う。
ふむ。 こいつ等からは問題なく記憶を奪えるな。
取りあえずもう、爺さんには用事がないので脳を破壊して即死させる。
くたばった爺さんの死体を投げ捨てて振り返ると他も終わったようで、全員の死体が辺りに転がっていた。 指示通り、全員頭だけは無傷のようだ。
爺さんの記憶だけでも充分かもしれんが、念の為に他からも吸い出しておくとしよう。
全員から記憶と知識を引き出して、ここに関しては凡そだが知れた。
「これからどうされますか? この一帯を制圧するのであれば、一度ファティマ様に連絡を取って増援を――」
イフェアスがそんな事を言い出したので必要ないと首を振る。
「要らん。 ここの連中にはそこまで価値はないので、皆殺しにしても問題ないな」
あの様子だと聖剣を素直に寄越さないだろうし、殺して奪った方が早そうだ。
「しかし、我等だけでこの広い山中を殲滅するのは至難かと。 最低でも一定以上の物量とサンダーバードかコンガマトーによる空中からの火力支援が必要と愚考します」
何だ、そんな事か。 ちゃんと手は用意してある。
「心配するな。 俺にいい考えがある」
イフェアスの懸念は手が足りないって事だろう。 なら増やせばいいだけの話だ。
この先に集落があるからな。 そこで手っ取り早く戦力の増強と行こう。
食糧庫がある事も好都合だ。 さっさと片づけて聖剣を貰うとしようか。
その集落――名称を一合集落と呼ばれているそこはその日も穏やかに過ごしていた。
彼等、ンゴンガンギーニと呼称されている一族は御山を信仰し、そこに祀られている守護獣と聖剣を守る事を使命としている者達だ。
生まれながらに御山と共に生き、御山と共に死す定めを背負い、役目を全うする。
その在り方はかつてヴァーサリイ大陸に存在したチャリオルトという場所に近い。
彼等の一日は非常に慎ましやかな物だった。 山の恵みを収穫し、小型の魔物を狩って食す。
今日もそんな一日の筈だったのだが、外との境界を越えて侵入して来た者がいるとの事で長老が若い男や術に長けた女達を連れて様子を見に行ったのだ。
変化のない日常に現れた異物。 彼等は慣れ親しんだ日々を甘受する事で麻痺していたのかもしれない。
変化は良きにしろ、悪きにしろ唐突に訪れる。 危機は降りかかる際、見舞われる者の都合に合わせたりはしない。
最初に気が付いたのは村の入り口で様子を見に行った者達の帰りを待っていた男だ。
カシャカシャと言った細かい足音のような物が微かに響く。
目を凝らすが特に変化はない。
だが、音は徐々に近づいて来る。 集落の外は開けているので何かが近づけばすぐに分かる筈だった。
音の発生源がすぐそこまで来た所で空間が微かに歪む。
訝しんだ男が近づいた瞬間――何か、白い塊が現れて男の胴体に張り付いた。
「な、何――」
驚きの声は続く肉体に起こる変調に掻き消され形になる事はなかった。
白い何かは瞬く間に男の体内に沈み込み寄生。 その機能を発揮する。
グロブスター――そう呼称された肉塊は男を別の存在へと変異させて行く。
男はたまらずその場に蹲り、同時に何もない空間から大量のグロブスターが現れ集落へと殺到。
次々と住民に取り付くべく散って行った。
文字通りの阿鼻叫喚が始まり、彼等の日常が唐突に終わりを告げようとしていた。
誤字報告いつもありがとうございます。




