69 「捜索」
視点そのまま。
翌朝…と言ってもまだ周囲は薄暗い。
俺は早足に学園に向かっている。集合時間はまだ先だったが、気が急いてしまって早く出てきてしまった。
懐古亭に居辛かったのもあり、気持ちだけが先走っている。
昨夜、アンジーさんにサニアの事を報告したが、彼女は俺を責める事なく動揺を見せず捜索に加わる俺に「娘をお願い」と頭を下げられた。
何も言われなかった事が辛く、むしろ責めてくれた方が気が楽だったが彼女はそれを許してくれないようだ。
学園に着くと集合場所の教会へ入る。
中には聖騎士や聖堂騎士が何人か居て、何やら話し合っていた。
「リック」
呼ばれたので振り向くと教官がこちらに近づいてきた。
「早いな。集合は日が昇ってからだぞ?」
「気が急いてしまって…」
「そうか。気持ちは分かるが、君が無理をして体調を崩すと救える物も救えないぞ?」
教官が気遣わし気な表情を向けて来る。
俺にはそれを素直に受け取れる余裕はなく、曖昧に笑みを浮かべるだけしかできなかった。
「それより教官。今まで調べた場所を教えて頂きたいのですが…」
俺は切り替えて建設的な方向に思考を向ける。
「……分かった。まずは…」
教官は軽く頷いて今までの調査の進捗を教えてくれた。
まず、前提としてダーザインの拠点はこの街にある。
これは事件の頻度と分布、それに街の外縁で姿が確認されなかった事からほぼ確定らしい。
現在はこの街に居る聖騎士、聖殿騎士が調査と捜索に当たっているが結果は芳しくないようだ。
捜査方法は単純に人がいない家屋や広さがある店舗などを中心に一軒一軒虱潰しに当たっている。
…とは言っても被害の拡大を防ぐ為に巡回もしているので、お世辞にも効率良くとは行ってないようだ。
かといって下手に人数を分散すると発見しても返り討ちに遭ってしまうので、3~4人で行動せざるを得ない状況で捜索が進まない事の要因となっている。
それを聞いて俺も納得する。あの黒ローブは強かった。
聖殿騎士である教官と対等以上にやりあった上に俺と言う足手纏いを抱えていたとはいえあっさり出し抜いて見せたのだ。単独で仕留めるのはいくら聖騎士でも難しいだろう。
そこでふとガーバスの話を思い出した。
「教官。水脈は見たんですか?」
「水脈?……あぁ、井戸水を引き込んでる導水路の事か?いや、まだのはずだ」
「そこに潜伏してる可能性はないのでしょうか?」
教官は首を振る。
「いや、数日前の雨の影響で水量が増していてとてもじゃないが調べるのは無理だ。時期的にもあそこを拠点としている可能性は低い」
教官は「少し前に覗いた時には水量が多く、あの様子だともう何日かは入れないだろう」と付け加えた。
そうか…じゃあ地下って線は薄いのか?
じゃあどこだ?連中は攫った人達をどこへ連れて行ったんだ?
頭の中で街の地図を広げてみたがこれと言った場所は思いつかなかった。
「あの攫われたのって大体何人ぐらいなんですか?」
考えても分からないので俺は切り口を変える事にした。
「我々が確認しているだけで君の友人を含めて15人だ。恐らく、実際の数はもっと多い」
手口はサニアの時と同じで、いきなり現れた黒ローブに攫われて居合わせた者が追いかけ、返り討ちに遭う所まで全く同じ流れだった。
「攫われたのは大半が子供で他は女性と比較的、取り押さえるのが容易な者だ」
内訳は子供11女4で合計15人。
被害者に特に共通点はないようだ。強いてあげるなら攫われた女性の半数…2人が冒険者と言うことぐらいだろう。
念の為、冒険者ギルドには警戒するように伝えてはいるが今の所、誰が狙われるか分からない状況だ。
「…今の所、分かっているのはこんな所だな。参考になったか?」
「ええ。ありがとうございます」
後ろで扉が開く気配がする。
振り向くと聖騎士達がぞろぞろと中に入ってくるのが見えた。
その中にガーバスとレフィーアの姿も見える。
話している内に随分と時間が経っていたようだ。
「さぁ、そろそろ動く時間だ。今日こそは連中の拠点を見つけよう」
教官が俺の肩を叩く。
待ってろよサニア。必ず見つけてやるからな。
俺の決意とは裏腹に捜索は空振りに終わった。
今日だけで数十件の建物を調べたがどれも外れ。
日が暮れた所で本日の捜査は終了となった。
本来なら『懐古亭』に戻って休息を取った方がいいのだろうが、俺はとても戻る気になれず街を歩いていた。
この辺りは宿が軒を連ねている場所で他所の人間が良く出入りする区画だ。
俺は見慣れない顔を見る度に体に視線を走らせ、印がないか確認する。
連中がわざわざ見せびらかすような位置に印をつけているとは思えないが、もしかしたらと言う事もある。
1人でも見つける事が出来ればそいつを尾行して隠れ家を突き留めてやる。
そう思い、ここまで足を運んでは見たが徒労に終わりそうだ。
ふと近くの宿に視線を向ける。
ここらではかなり高級な部類に入る宿で馬を預けられる厩舎が併設されていて、商人や金持ち向けの宿だ。
厩舎から1人男が出て来た。
見慣れない奴だ。
俺はすぐに男の全身を確認しようとしたが、男は黒い外套を身に着けているせいで肌の露出が少ない。
唯一解るのは首から下げている冒険者である事を示す青のプレートだけだ。
…妙だな。
俺は内心で首を傾げる。
青の冒険者がこんな高級宿に泊まれるのか?
同じ青の冒険者であるガーバスの生活水準を見ると難しいように思える。
厩舎から出て来たって事は馬まで持っているのか?
だとしたらますます妙だ。
俺は気になったので男が厩舎から離れたのを見計らって中を覗いてみた。
中に馬はほとんどおらず奥に一頭いるだけだった。
暗くて姿が見えなかったので、俺は念の為どんな馬か確認しようと魔法を発動。
<火Ⅰ>。練習すれば誰でも使える初級魔法だが用途は幅広く、とても便利な魔法だ。
周囲が明るくなる。
「なっ!?」
思わず声を上げる。
奥に居たのは馬なんかじゃなかった。
黒くザラついた肌に長い首に巨大な口。獰猛な爪と鋭い牙が並んでいる。
実物を見るのは初めてだが間違いない。地竜だ。
何でこんな奴が街中に…。
地竜は俺の方を一瞥すると欠伸をして蹲って目を閉じて眠った。
何もしてこない?
よく見ると地竜の脇には鞍や手綱のような物が置いてある。
まさか、さっきの男がガーバスの言ってた自作自演をやってたって言う魔物使いか?
何でこんな所に?
確かにここならティラーニから領を1つ挟んだ所だから時間的に早いような気もするが居てもそこまで不思議じゃない。
だが、何故ここに来たのかが気になる。
ここは騎士団や聖騎士と言う戦力が集中しているので、冒険者の仕事が少ないのだ。
わざわざ稼ぎが少ない街に来るのは少し不自然だな。
…怪しいな。
まさか、また自作自演を狙ってるのか?
厩舎から出ると、隣の宿から男が出てくるのが見えたので、俺は男を尾行して動向を探る事にした。
魔法で音を消して距離をある程度保ちつつ後を追う。
男はこちらに気づいた様子はなくゆっくりとした速度で歩いている。
正直、半信半疑だが怪しいのは確かだ。
向かっている方角から行先は街外れか?
妙だな。
あの辺りは以前調べたと聞いていたが…何かあるのか?
この先は噴水のある広場だ。他は調査済みの空き家や空き店舗が数件あるだけで何もない…はず。
見落としでもあったのか?
男が広場に入る。
俺は少し時間を置いて広場に足を踏み入れた。
…?
広場に男の姿はなかった。
…どこへ…。
俺が周囲を見回そうとした所で周囲で魔法発動の気配。
俺は剣を抜いて身を固める。
結果的にそれが幸いした。
「がはっ!」
脇腹に衝撃。咄嗟に剣で受けてなければ一撃で意識を刈り取られていたかもしれない。
威力はある程度殺せたが、完全とは行かずに体勢が崩れて地面を転がる。
俺はそのまま地面を転がって距離を取った。
身を起こして攻撃してきた襲撃者を睨む。
さっきの男だ。どうやら俺は蹴りを入れられたらしい。
「いきなりどういうつもりだ!」
俺は男を怒鳴りつける。わざと大声を出したのは人を集めると言う思惑もある。
場所が場所なので望みは薄いが運が良ければ巡回の聖騎士が聞きつけてくるかもしれない。
男は白けたような視線を向けて答えた。
「それはこっちの科白だ。さっきから人を尾けまわしておいてそれはないだろう?」
尾行に気づかれていたのか!?
俺はここまで誘い込まれたらしい。だが、これで疑いは深まった…と言うよりは黒で間違いないだろう。
こいつは黒ローブと違って口を利いてる所を見るとお喋りな性格なのか?
ならこっちも不要な手間を省いてやる。
「攫った子供達はどこだ!?」
男は少し黙った後、溜息を吐く。
「…今度は訳の分からん因縁を付けて来るのか。そろそろいい加減にしてほしい物だ」
…何を言ってるんだ?
訝しんでいる俺に男は手を翳すが眉を顰めて下ろす。
次の瞬間、男が踏み込んで来た。
速い。黒ローブの動きも速かったがこいつはそれ以上だ。
腕を引いている。殴る気か。
俺は剣で防御…できなかった。
男は殴らずに俺の胸倉を掴んだと認識した瞬間には天地が逆転していた。
「が…」
凄まじい衝撃が背中を突き抜ける。
投げられた上に思いっきり地面に叩きつけられたようだ。
痛みと衝撃で起き上がる所か息が出来ない。
何とか体を動かそうと試みるが、別人の体のように言う事を聞いてくれない。
殺される。
不意にそんな思考が脳裏に滑り込んでくる。
こんなにあっさり?俺の人生ここで終わり?
どうしてこうなった?あの男を尾行したから?遡ってサニアが攫われたから?
ガーバスにあの話を聞いたから?分からない分からない。
何で自分がこんな事になっているのか理解が追いつかない。
そして…胸から冷たい物が全身に広がっていく。
怖い。
その時点で状況に理解が追いついた。
怖い怖い怖い怖い。
昨日の黒ローブの時と違って変に思考が冴えているのが災いした。
嫌な思考が止まらない。
死ぬのって何だ?どうなるんだ?
分からないのが怖い。目じりに涙が溜まっていく。
歯の根が合わずカチカチと耳障りな音が鳴る。
どれだけ時間が経ったのだろうか?死が襲ってこない。
俺はようやく起き上がれるようになり、恐る恐る身を起こす。
男の姿は…ない。
「た、助かったのか?」
息を吐こうとすると目の前に何かが突っ込んで来た。
何か形容しがたい音と共に地面に赤黒い物が飛び散る。
「な、なん…」
俺が声を上げようとすると広場に人影が飛び込んでくる。
黒ローブだ。
何!?何が起こっている!?
短剣を構えて腰を低くして何かを警戒している。
その先には男が無傷で剣を肩で担ぐようにして歩いて来る。相変わらず白けた表情だ。
黒ローブは走りながら身を低くして短剣で斬りつけようとしたが、地面から巨大な杭が隆起して黒ローブの胴体を貫通する。
腹に穴をあけられて黒ローブが吐血したかと思ったら、次の瞬間には首が飛んでいた。
男がいつの間にか剣を振りぬいて首を刎ねたようだ。
黒ローブの首がクルクル回りながら宙を舞っている光景は、現実感が全くなかった。
男は空中で黒ローブの頭を受け止める。
頭を自分の目線の高さまで持ち上げると眉を顰めて舌打ちすると上に放り投げた。
黒ローブの頭は空中で爆散。何か黒い霧みたいなものを周囲にまき散らす。
男が手を翳すと黒い霧は消し飛んだ。
魔法?恐らくは風系統の魔法で散らしたんだろうが、発動が恐ろしく早い。
身体能力だけでなく魔法も高い水準で修めている。
何者なんだ?
今死んだのはどう見てもダーザインの黒ローブだ。
どういう事だ?仲間じゃないのか?
「また失敗か。さて、待たせたな。お前の番だ」
男はこちらに向き直る。
機嫌が悪いのか、口調に若干苛立ちが混ざっていた。
「ま、待て、待ってください!」
俺は慌てて男に声をかける。




