696 「要望」
二十一章開始。 よろしくお願いします。
視点戻ります。
「さて、色々落ち着いた所で約束通り、まずは聖剣について教えて貰おうか?」
場所はソドニーイェベリに存在するベレンガリアが保有している拠点の一室。
応接室として使われているのか清掃が行き届いており、柔らかいソファーもある。
俺はそれに腰掛け、向かいにはベレンガリアが引き攣った表情で同様にソファーに腰を下ろしていた。 この数日の間に必要がなくなったので耳は普通に戻している。 やはり、人間の耳の方が落ち着くな。
情報収集や地盤固めでお互い忙しかったので顔を合わせるのは数日振りとなる。
あの後、ベレンガリアから事情を聞かされはしたが、状況が今一つよく分からなかった。
要領を得なかったので根気強く、うっかり殺しそうになるのを我慢しながら聞き取った内容は大陸中央部で起こった事件についてだ。
大陸中央部にある辺獄の領域――フシャクシャスラで辺獄種の氾濫が起こった。
これは知っていたので驚きはない。 そもそも南に向かわなかったのは騒ぎに巻き込まれるのが嫌だったからだ。
気になるのは何がどうなってあんな状況になったかなんだが……。
位置的に例の闇の柱はフシャクシャスラでの事件が関係しているのは間違いないだろう。
そこでベレンガリアの話になるのだが、どうもグノーシスとヴェンヴァローカが合同で討伐隊を編成して攻めたらしい。 その結果、あの有様と言うのは理解できた。
――が、それ以上の事がさっぱり分からん。
奴自身も理解できていないのか大変な事が起こったとしか認識していないらしく、得た情報を並べ立てているだけで具体的に何がどうなったのかが今一つ分からんのだ。
もう埒が明かないと判断した俺はオラトリアムから偵察部隊を呼び出して現地に行かせたので、近々報告が入るだろう。
それと並行して行われたのはこの街での拠点作成だ。
ベレンガリアの口振りから、向こうは酷い事になっているが一刻を争う状況ではなさそうなので、こちらのペースでやらせて貰う事にした。
……まぁ、仮にそうじゃなかったとしても知った事ではないがな。
女王への義理は果たすつもりなので行く予定ではあるが、準備とやる事を済ませてからだ。
その一環がこの街へ根を張る事となる。 これはファティマの案なのだが、しばらく滞在する以上は過ごしやすくするのは悪い事じゃない。
今は送り込まれた第二陣が壊滅させたアクルール商隊を隠れ蓑に勢力を拡大し、街の掌握がほぼ済んだ所だ。
その一環として俺の後ろにはイフェアスと奴の部下であるスレンダーマンが何人か控えている。
こっちでの根回しが一通り済んだので、こうしてベレンガリアの下へと足を運んだと言う訳だ。
ベレンガリアは今頃になって街での活動基盤を全て乗っ取られていた事に気付いて、顔面を汗まみれにさせていた。
今まではホルトゥナが裏でこの街を牛耳っていたが、最も大きなアクルール商隊がこちらの傘下になった以上は圧力をかければオセロのように他の弱小勢力は全て裏返り、逆らう奴等と逆らいそうな奴等は全員、殺すか洗脳したので、ベレンガリアは完全に孤立したのだ。 こうなってしまってはホルトゥナはこの街ではもう何もできない。
この辺はファティマの手腕だな。 意外な事に第二陣に加わって直接こちらに来たのだ。
戦力も次々と送り込んできているので、次に何をやるかも容易に想像できる。
……と言うか俺がやろうとしていた事でもあるので都合がいい。
「ど、どうやってたった数日でこれ程の事を――」
「見ての通りだが? 後、質問をするのはこちらだ。 さっさと答えろ」
この後も用事があるのでいつまでもお前に時間を割いていられないんだよ。
ベレンガリアはちらりと後ろに控えている柘植達に視線を向けるが二人も力なく首を振るだけだった。
「……この地に存在する聖剣――銘はアドナイ・メレク。 場所はこの国の中央にある山間部――ンゴンガンギーニと言う部族が保有している」
「使っている奴は居ないんだな?」
「少なくとも私が聞いた限りでは存在せずに彼等の神殿で保管されているとの事だ」
ンゴンガンギーニ。 あぁ、そう言えば吸い出した知識に詳細がなかった場所か。
この国の連中ですら良く分かっていない所だ。 確かにありそうな場所ではあるな。
所在が分かったので、妙な奴に使われても敵わんし後で取りに行くとしよう。
……先にやる事があるからそちらを済ませてからだがな。
「話は分かった。 引き続き向こうの様子で何か分かったら教えてくれ」
欠片も期待はしていないが。
俺はさっさと出て行こうと立ち上がったが、待てと呼び止められる。
「何だ?」
「聖剣が必要な事は分かる。 だが、そんな悠長な事をしていていいのか? 向こうはかなりの危機的状況と聞く! 貴方は戦力を保有しているのだろう? ならば――」
……??
何を言ってるんだこの女は? 発言の意図がさっぱり理解できなかったので思わず首を傾げる。
「だから! 向こうに戦力を送って事態解決に協力するべきだと言っているんだ! 私としても向こうでの戦いに貢献する事で利益がある。 そちらにも何か目的があるのだろう? ならば急いで行くべきだ」
噛み合っていない事を察したのかベレンガリアはやや苛立った声で続ける。
「……言っている意味が分からんな。 確かにお前の言う通り、俺はそれなりの戦力を保有している。 だからと言って何故、向こうの連中に協力しなければならないんだ?」
「出来る事があればやるべきだろう! 今は平時ではないのだぞ! 辺獄の異変は世界の命運すら左右しかねない大事。 個人の意見や柵は無視して協力するべき状況だろうが!」
……??
「貴様は分かっていない! 世界が滅びると言う事は誰にとっても他人事ではなく――」
尚も喚き続けるベレンガリアを無視して俺はこの状況について考えていた。
何だろうか? この状況は――そうだな例えるなら耳元をハエが飛び回っている感覚に近い。
「ここはくだらん柵や個人の感じょ――」
無意識に手が魔剣の柄に触れた所で柘植の拳骨がベレンガリアの脳天に落ちる。
痛みに呻いている珍獣女を両角がそっと背後から抱きしめるように持ち上げた。
「お、おい! モロズミ、何を――ぐぇ」
抱き締めて居るように見えたが、実際は首を締めて落としたらしい。 ベレンガリアは白目を剥いて意識を失っており、柘植が頷くと両角は肩に担いで無言で隣の部屋へ移動。
「失礼。 お客――いえ、ローの旦那。 お嬢はちょっとばかし疲れているんで、大目に見てやってくれませんかね?」
俺は無言で魔剣の柄から手を放す。
それを見た柘植は露骨にほっとした息を吐き、ベレンガリアの座っていた席に腰を下ろす。
「こちらからもちょいとお話があるんで、もう少しだけ時間を頂けませんかね」
……ふむ。
こいつなら会話していて不快感は少ないので話ぐらいは聞いてもいいかもしれんな。
ホルトゥナからはまだ仕入れたい情報もあるのでそれぐらいなら構わないだろう。
俺は小さく頷いて席に座り直した。
誤字報告いつもありがとうございます。




