693 「割切」
別視点(葛西)
葛西 常行だ。
ここ最近、例の獣人共の姿は見えなくなってミーナの奴は安心したようだが、俺の方はそうもいかなくなった。
三波が死んだからだ。 最初にそれを聞いたのは北間からだった。
予定では本格的な開戦となるというので向こうとの連絡が付かない事になるとエルマンから聞いていたので、心配ではあったがあの二人ならどうとでもなると言った楽観がなかったかと言えば嘘になる。
北間はともかく、三波は本気になれば俺よりも強かったからだ。
立ち直りさえすれば――いや、立ち直るきっかけにでもなればと言った考えもあった。
思い返してみれば付き合いが長い分、俺は三波に期待しすぎていたのだろうか?
実際、今の異邦人の中で一番復帰して欲しかったのはあいつだった。
性格面に色々と問題はあったが、戦闘や実務もかなり高いレベルでこなせたので本格的に実務に復帰してくれれば、なんて甘い事を考えていたのだ。
連絡を受けた時、俺は何をしていたか――思い出そうとしてできなかった。
仕事をしていた筈だが、頭が真っ白になってしまったのだ。
北間から連絡があった時点で少し嫌な予感がしていた。 奴は今にも死にそうなぐらい沈んだ声で、三波が死んだと口にした。
その声色から冗談と笑い飛ばせる雰囲気ではなかったので、信じるしかなかったのだ。
追っ付け聖女かエルマンから正式に報告が来るだろうが、状況の確認の為に俺は北間からミナミの死の状況を詳しく聞いたのだが……。
――辺獄。
三波の死因は辺獄に触れた事による物らしい。
事前に注意は受けていたので近寄らないようにとは言っていたのだが、辺獄の侵食により拠点にしていた街が大規模な襲撃を受けたらしく、二人は防衛戦に参加。
その際に辺獄まで引き込まれてしまったらしい。
北間自身も混乱していたので要領を得なかったが、根気強く聞き取りを行った。
奴の見た限りで言えば、辺獄の土を踏んだ三波は何かを見て固まった後、何もない所から現れた木の枝のような物に貫かれたらしい。
北間は何とか助けに入ろうとしたが、三波に制止された。
三波にはその枝が何なのか分からなかったが危険性は理解していたようだ。
最期に北間に警告を飛ばした。 内容は辺獄の土を決して踏まない事。
その後の「橋に気を付けろ」「誰を見ようと近づくな」という言葉。
三波は辺獄の土を踏んだ事で橋と誰かを見た? それに近づいた事で枝に貫かれた?
良く分からなかったが、俺達転生者にとってはかなり重要な情報だ。
折を見て全員に周知徹底を――
「――はぁ」
重い溜息を吐く。 今、俺が居る場所は少し前に作ったグラウンドから少し離れた場所。
気分を変える為、休憩を兼ねて様子を見に来たのだ。
現在、体育の時間なので六串さんが監督役として他のメンバーが走っている周回を計測していた。
道橋と飛さんは相変わらずだが、走っている中でもまともなのか肩で息をしながらもトップを走っている。 クソガキコンビは相変わらずの徒歩。
ノルマを走り終えるまでは逃がさないように言ってあるので、取り組んでいるだけ良しとしよう。
竹信は相変わらずだが、真面目にやっているので問題はない。
そして――その後ろに二人程、ひいひい言いながら追いかけている影があった。
俺が竹信を締めた事で危機感を覚えたのか自発的に出て来た二人だ。
横州 伴久と植井 麦子。 横州はネズミ、植井は兎だ。
引き籠っていただけあって、他と同様に体力がないな。
その辺は続ければ改善されるだろう。
俺は再度、溜息を吐いた。 出て来てくれたのは素直にありがたい。
だが、それとは別で気が重くなる出来事も起こっていた。
さて、引き籠っていた面子は全部で十二人。
外に出ているのは道橋、飛さん、クソガキの二人、竹信に追加で出て来た横州と植井。
合計で七名だ。 残り五人はどうなったかと言うと何と全員が姿を晦ましやがったのだ。
飯の支給を行っていたのだが、手を付けた様子がなかったので調べると部屋はもぬけの殻。
窓が開け放たれていたので、そこから脱走したようだ。
確か五人中三人が飛行が可能だったので、飛んで逃げたのだろう。
残りの二人は運んで貰ったって所か。
……まぁ、飛べれば王都の外壁も越えられるし、深夜ならどうとでもなるだろう。
気が重い理由の原因は逃げた連中だ。 何もなければ不良債権が消えたとでも言いたい所だが、問題を起こせば処分と言うのがアイオーン教団との取り決めだったので、奴らが他人に迷惑をかける形で何かをすれば俺達で始末しなければならない。
「まぁ立場上、俺の仕事だろうな」
願わくば人里から離れた所でひっそりと暮らして欲しいが、あの連中にそんな真似が出来るとはとてもじゃないが思えない。 何もせず戻って来るのならそれはそれで構わないが、何かやらかした後に戻って来れば問答無用での殺処分だ。
元々、竹信と同様に文句ばかり垂れ流す馬鹿しかいなかった事を考えると、連中の処分はほぼ決まったような物だった。 早い段階でアイオーン側には通達しているので、聖騎士達が秘密裏に足取りを追っている。 発見は時間の問題だろう。
三波の死に複数の離反者。
何かが解決したと思ったらすぐにこれだ。 離反者に関しては始末する事に不快感はあるが、連中自身が選択した事なので、迷いはない。
こっちに来てからそれなりに経っている。
その間に色々とあった。 グノーシスで聖堂騎士として過ごしていた頃は戦力としてカウントされていたし、何度か野盗や犯罪者の処分もやらされた。
初めて殺したのは拘束された犯罪者だった。 必死に命乞いをしているそいつの首を剣で刎ね飛ばしたのは今でも忘れられない。 結構、鍛えられた後だったので一撃で落とせた。
信じられないぐらいにあっけない手応えだったので今でも覚えている。
肉と骨を断つあの感触。 文字通り命を絶つ感触だ。
余りにも簡単すぎてやってからしばらくは実感が掴めずにふわふわした気持ちでその日を過ごし、後になってじわじわと実感が湧いてくるのだ。
気分が悪くなって一日寝込んだが、生きて行く為に必要な事と言い聞かせて強引に復帰。
その後も定期的にそう言った仕事は入り、俺は何度も命乞いする奴の首を刎ねてその人生を終わらせた。
人間、一度やってしまうと二回目以降の精神的なハードルが下がると何かで目にしたのは本当だったようだ。 二人、三人と始末していくと段々と気分が悪くなくなって来る――いや、気にならなくなると言い替えてもいい。
要は慣れるのだ。
そんな俺は立派な人殺しだなと思いつつ、同郷の転生者を殺せるかと考えると少しわからない。
恐らく能力的には問題なくできるだろう。 それなりに鍛えているので、あの連中なら仮に開放を使ったとしても全員纏めて――は厳しいかもしれないが、一人か二人なら纏めてでも余裕で仕留められるだろう。
……俺はもう帰れないのかもしれない。
既に行っている殺人は勿論、これから同郷の人間も手にかける事になるだろう。
そんな奴が仮に普通の人間に戻って日本に帰れたとしても、元の生活に戻れるのだろうか?
加々良さん達が死んだ時も散々悩んだが、忙しさで考える事を止めていた。 だが、こうして三波が死んだと聞かされれば嫌でも考えてしまう。
――果たして、俺は再び日本の土を踏めるのだろうかと。
そして仮にそうなったとして俺は素直に帰る事を選べるのだろうか?
「……はぁ」
もう三度目になる溜息を吐く。
考えても仕方がない事なので何かで気を紛らわすのが良いのだろうが――走っている連中が目に入る。
「俺も走るか」
全力で走る事に集中すれば少しは気もまぎれるかもしれないと俺はグラウンドへと足を踏み出した。
誤字報告いつもありがとうございます。




