669 「意気」
続き。
打てる手はすべて打った。
戦力はこれ以上ない程の物だろう。 聖剣二本にヴェンヴァローカ。 そしてグノーシス教団。
並大抵の敵であるなら問題なく滅ぼせるだろう。
――ジャスミナはセンテゴリフンクスに存在する砦に宛がわれた自室で考える。
彼女にとってこの戦いは、単に辺獄種の侵攻だけで済む話ではなかった。
ホルトゥナでのパワーバランスを決定付ける事柄でもある。
姉と妹。 この二人よりも戦果を上げる――要はジャスミナが連れて来た聖女ハイデヴューネが辺獄種の首魁――「在りし日の英雄」を撃破してくれれば、それは連れて来た彼女の評価となるだろう。
――そうなれば組織の頂点からあの姉を蹴落として、自分こそがベレンガリアとなるのだ。
ジャスミナ・ニコレッタ・ラエティティア。 ラエティティア家の次女だ。
ラエティティアという家はこの世界の水準に照らし合わせても異常な家と言ってもいいだろう。
母親である先代のベレンガリアが全てを取り仕切り、死ねば最も能力のある娘が名を継いで新たな頂点として君臨する。
彼女達はそう在れと教えられ、育てられた。
先代のベレンガリアと言う女は自身の才覚と美貌に過剰なまでに自信のある女で、自分は優れた存在であると疑わない。
そんな彼女は母胎としても優れていると思っていたので、気に入った能力の男を見繕っては子を孕んでいた。
ジャスミナが獣人でその姉である今のベレンガリアが人間なのはそれが理由だ。
姉妹仲は最悪なので彼女達はお互いを蹴落とす事しか考えていない。
否、そうなるように仕向けられたと言ってもいいだろう。
彼女達の母は娘達を競わせる為にあらゆる事を行った。
中でも最も効果的と考えていたのは憎しみ合わせる事だ。 幼少期からお互いに悪感情を抱けるように不和の種を蒔き続けた。
あいつはお前を嫌っている。 お前はあいつよりも劣っている。
特に姉に対してプレッシャーをかけ続ければ、勝手に妹を攻撃し始めるので先代からすれば対立を煽るのは簡単だっただろう。 長女は性格上、すぐに逆上するのでそういう意味でも扱い易かった事も大きな要因だろう。
彼女達も馬鹿ではない。 成長するにつれて母親の意図の真意を察する事はできはしたが、その頃には関係の修復は不可能と言っていい程の物となっていた。
ジャスミナも貪欲に家と組織の頂点を狙っている自分を俯瞰すれば、いいように踊らされているなという自覚はあるのだが――
「私が勝つ。 勝ってベレンガリアの名を私の物に――」
――もう、彼女も彼女の姉妹達も止まれないのだ。
蹴落として長となれ。 そう在れと育てられ、仮に彼女が降りたとしても他の二人は絶対に降りない。
そんな確信にも似た物を感じており、もうお互いを排除する事でしか関係に決着を付けられないのだ。
少なくともジャスミナはそう思っており、ベレンガリアの名を手に入れれば残りの二人を間違いなく殺すだろう。
さて、何故彼女がここまで功績に固執するのか?
それには理由があるのだ。 確かに代替わりしベレンガリアの名は現在、長女が名乗っている。
だが、それには暫定的にという但し書きが付く。 理由は先代の急逝だ。
先代のベレンガリアは神国クロノカイロスで変死を遂げた。
グノーシス教団からそう知らされたのだが、ジャスミナは完全に信じた訳ではない。
――が、彼女は姉妹を憎むのと同様に不和の種を撒き、自分の人生を歪めた母を憎んでいた。
その為、死んだ所で目障りな女が消えたぐらいの感想しか湧かなかったのだ。
他の姉妹も似たような物だろうとジャスミナは半ば以上に確信していた。
仮に真相が別にあったとしても特に何も感じない。 大方、クロノカイロスで余計な事をしたか余計な物を見たかして消されたのかもしれないとも考えていたが、心底どうでも良かった。
もしかしたら生きていて後継者を決める争いの火種になり、事態を陰で見ているという可能性もある。
――だからどうした。
そうだったとしても彼女は行動を変える事はしないだろう。
もし生きているのなら私がこの手で息の根を止めてやるとすら考えているのだ。
これは充分に勝てる勝負。
ジャスミナは勝てると踏んでおり、当然ながらその根拠は存在する。
まずは姉。 彼女は本拠の近くで別の辺獄の領域の対処に追われているのでこちらに干渉できない。
手勢を送り込んではいるが、この戦況に対し決定打足りえないのは疑いようがないのだ。
彼女が参戦するには北方の第十――アパスタヴェーグを何とかした上でこちらに介入するといった重い枷が付いている。 その為、実質的に脱落したと考えてもいい。
目下最大の脅威である妹はグノーシス教団に取り入って懇ろの関係になっており、今回は本国の戦力を提供させた。 教団は本国の直衛戦力を動かす事を酷く嫌う。
それを動かしたというだけでもかなりの戦果と言えるだろうが、聖剣使いに比べればかなり劣る。
ジャスミナが連れて来た聖女ハイデヴューネは第八の領域であるバラルフラームを封じた経験者だ。
辺獄の危険性を正しく認識し、適切な行動が取れるだろう。
アイオーン教団からは転移魔石の限界もあったので大した人数は連れて来れなかったが、異邦人が二人もいるのはありがたい。
ジャスミナは当然ながら転生者の存在は知っている。 残念ながら彼女自身の配下には居ないが、その高い戦闘能力はこの戦いで大きな力となるだろう。
転生者、聖剣、辺獄での経験を持った聖女。
これだけの材料が揃っている以上、そう簡単に彼女の価値は揺らがない。
欲を言えば無事に乗り切って聖女とアイオーン教団と良好な関係を築き、自分が治めるホルトゥナの後ろ盾になって貰いたい物だ。
始まってもいないのに終わった後の事を考えているジャスミナだが、当然ながら油断はない。
ここまで大規模な辺獄の侵攻は過去に存在しないのだ。
つまり、何が起こったとしても不思議ではない。
――まずはこの戦いを勝利で乗り切る事を考えねば……。
万が一にも自分や聖女に何かあってはいけない。
聖女達に対する支援はしっかりとしておかねばならない。 彼女達の心証を良くする意味でも手を抜けないので金に糸目を付けずに高級な魔法道具や魔法薬を部下に集めさせている。
「勝つ。 私が勝つの」
そして本当の意味での自分の人生を始めるのだ。
ジャスミナはそう考えて拳を強く握る。
――だが、その思考こそが母親に刷り込まれた教育の結果だと言う事に彼女自身、本当の意味では気付いていなかった。
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