663 「山岳」
続き。
――そんなやりとりが既に数日前。
あれから周囲に険悪な雰囲気を撒き散らす事を止め、大人しくなったキタマさんはそのままに僕達は目的地が近づくにつれ、緊張が高まる。
「そろそろ目的地に着きます」
ジャスミナさんが声をかけて来た所で窓から身を乗り出すと、ヴェンヴァローカの統治圏内に入ったようで、しっかりと舗装された道になったのか馬車の揺れが小さくなる。
そしてその視界の先には一つの巨大な山があり、距離があるにもかかわらずはっきりと分かるほど大きな都市が見えて来た。
ヴェンヴァローカは山岳地帯に存在するだけあって、都市そのものが山に守られた天然の要塞という様相を呈している。 僕達が向かっているのはその首都――センテゴリフンクス。
街に入る途中、複数の巨大な砦を通過し都市内へ。
馬車を下りた僕達の目の前に広がったのは、見慣れぬ異国の街並みだった。
「――凄い」
思わずそう呟く。 全体的に背の高い建物が多いのは広範囲を見渡す為の物見を兼ねているのだろう。
見上げると上部の窓や建物の上に人の姿が見える。
周囲にぐるりと視線を巡らせると、走り回る子供の姿も見えた。 それも人間だけでなく、獣人の子供も居る事にこの国の懐の広さを感じられた。
少なくとも今の僕の目に映る光景は平和に見える。 だけど、視界の端々で武装した兵士達や装飾を施された全身鎧を身に纏った騎士の姿が見える事が戦時中である事も生々しく伝えていた。
ふと気になって他の皆へ振り返ると、エイデンさんとリリーゼさんは物珍しいのか僕と同じようにキョロキョロとあちこちに視線を巡らせていた。
残りの二人だけど、キタマさんは無言で空を見上げており、ミナミさんはぼんやりと視線を下――足元に向けている。
「では、この街の防衛責任者の下へ案内させていただきます」
ジャスミナさんの言葉に頷き、僕達は彼女の案内で街の中央へと向かう。
このセンテゴリフンクス――と言うよりはヴェンヴァローカという国自体が立地の関係上、要塞の様な堅牢さを誇る。 それ故、辺獄種の度重なる攻勢に耐えきれているとの事。
この国は懐が広い。 それ故に他からの干渉を酷く嫌う。
その為、グノーシス教団による干渉に対して抵抗が強い。 そもそもグノーシス自体が、あまり人間以外の種に対していい顔をしない事にも原因があるようだけど……。
ウルスラグナ――というよりはヴァーサリイ大陸内では人間以外の種は殆ど居ないので、その機微は良く分からなかったけど、どうもこっちでは獣人と言った異なる種族が居るのでグノーシス教団の動きも少し違うようだ。 それ故に教団はこの国では受け入れられない。
だけど、教団を排斥した結果が現状を招いているのは皮肉な話だ。
ジャスミナさんの話では最初はヴェンヴァローカが独力で解決するつもりだったらしい。
獣人と人間の混成部隊は強力で、彼等からすれば勝算は充分にあった。
だけど攻めきれずに逆に侵攻を許す事となってしまったようだ。
追い詰められた彼等は苦渋の選択でグノーシス教団への救援を要請。
隣国アタルアーダルに常駐していた戦力を送り込んでくれたみたいだけど、戦況を傾けるには至らなかった。 そんな最中に聖剣の担い手の選定も済んだが選ばれたばかりなので、使いこなせているとは言い難く投入は見送られる事となった。 万が一にも負けてしまうと本当に後がなくなってしまうからだ。 ならば聖剣を増やせば勝てるのではとウルスラグナまで来たらしい。
ちなみにこの案を用意したのはジャスミナさんだ。
ホルトゥナはこの大陸全土に根を張った組織である以上、国々との繋がりは深い。
その為、辺獄の問題は看過できないのだ。 当然ながら代表である彼女の姉や妹も事態の収拾に動いているとの事。 ただ、お姉さんの方はこちらには関われないようだ。
理由は大陸北方でも同様に辺獄種の氾濫が起こっており、その対応に追われているらしい。
その為、こちらの状況にまで手が回らないとの事。
妹さんはグノーシス教団に裏から手を回しているので、もう少ししたら成果を聞く事が出来るらしい。
上手く行けば本国の戦力を一部だけど回してくれるかもと言っていたけど……。
……本国……。
確かクロノカイロスという大陸一つを丸ごと治めているって話だ。
エルマンさん曰く、不明な点が多い場所らしいけど、保有している聖堂騎士は質、量共に最高らしい。
彼の話には続きがあって、聖堂騎士以上の特別な戦力が居るとかって話だけど……。
……特別な戦力?
聖堂騎士が教団の最大戦力と言う話だけど、更に上位の騎士が居るのだろうか?
クリステラさんは少し心当たりがあるという話だったけど、確証がないと言う事で詳しくは教えてくれなかった。
「こちらです」
ジャスミナさんの言葉に意識を目の前の光景に戻す。
そこは一際大きな建物で、造りの堅牢さから砦の役割も担っているのがわかる。
警備兵に事情を話し、中へ入れて貰う。
中は更に物々しく、行き交う人が多い。
あちこちに聖騎士や聖殿騎士の姿が見える所を見ると、グノーシス教団もここに駐留しているのだろうか?
そのまま奥へ進み、階段を上り上階へ。
目的地は最上階。 会議か何かに使われているであろう広い部屋。
僕達が来るのは事前に通達済みなのか部屋にいた人達は各々席について揃ってこちらに注目していた。
最初に目を引くのは最奥に居る四人――の隣にいた人だけど、その人は一先ず後にして奥の四人の内、二人は人間。 男女が一人ずつで、残りの二人は獣人だ。
服装は体型が出ないゆったりとしたローブのような物で、大きくヴェンヴァローカの国旗――山と人間、獣人を象った物が大きく描かれている。
入って右側にはグノーシス教団の聖殿騎士が並んで席に付いており、反対側にはヴェンヴァローカの兵士であろう武装した獣人や人間が同様に席についている。
そして――ヴェンヴァローカ側に居る、最も目を引く人へと視線を向けた。
目が合ったのを感じたのか、その人はニッと笑みを浮かべる。 性別は女性。
巌の様な鍛え抜かれた大きな体に耳は獣人特有の獣を思わせる物。
身に纏っているのは動きを阻害しない事を念頭に置いた鎧。
その腰には見覚えのある雰囲気を身に纏った剣。 僕の腰にある物と同じ聖剣だ。
彼女はこちらに近づくと僕の腰の聖剣を一瞥。
「本当なら余所者の力を借りない――と強がるところなんだが、正直来てくれて助かる。 ヤドヴィガ・ポポリッチだ。こっちは聖剣シャダイ・エルカイ。 期待しているよ、ご同類」
そう言って手を差し出して来た。
誤字報告いつもありがとうございます。




