64 「予定」
「やぁ、遅かったね」
諸々を済ませて、酒場へ戻るとハイディが食事を取っていた。
「悪いとは思ったけど先に食事を始めてるよ」
「あぁ」
かなり待たせてしまったようだ。悪い事をしたな。
俺は返事をしながら料理を注文してハイディの向かいに座る。
「ペギーさんは?」
「あいつは用事で街から出た」
追加の馬車を迎えに行くと言っていたな。
かなり高価な馬車だから心配らしく、パトリックに頼まれたらしい。
あの蛇女を積めるでかさだ、大事があったら困るのだろう。
「これからの予定は?」
「ディロードを経由してノルディアへ向かう」
ここへ来るのは完全に寄り道だったからな。
あそこの遺跡とやらを見てみたい。
「えっと…遺跡で有名な所だったかな?」
「あぁ、あまり深くには入れないが見学はできるらしい」
「分かったよ。出発は?」
一応、蛇女を送り出すのを確認してから出発したいので馬車が届き次第かな。
「2、3日後ぐらいで考えている」
「そっか。ならギルドで少し稼ごうかな?良かったら何か一緒にやらないかい?」
「内容次第だな」
明日、ギルドに行くと言う事で話はまとまった。
その後、料理が運ばれてきたので食べながら話を続ける。
内容はほとんど雑談に近い物にシフトして、会話が途切れた所でハイディが切り出してきた。
「あの…さ。討伐した魔物の事なんだけど」
ん?あぁ、あいつか。正直あまり思い出したくないんだが…。
「結局、倒せたんだよね?」
「……そのはずだ。死骸が消えた理由は見当もつかんが手応えはあった」
その辺りは正直、自信がない。
体を棄てて逃げた可能性はあるにはあるが、体が崩れた理由が不明だ。
俺も体を棄てるとああなるのか?
検証したいところだが本当に崩れると取り返しがつかなくなる。
我が事ながら分からない事が多い。
ただ、あの蜘蛛怪人。言ってる事から推測するにこっちに来てまだ日が浅いようだったな。
序盤がどうのとか言ってたし。
一体、何を血迷ってこれはゲームだとか言い出したのかは不明…まぁ、俺も似たような事を考えてたから余り人の事は言えないんだが…いくらなんでもいきなり街を襲うのはやりすぎだろう。
それとも自分の見た目に合わせて行動した?
いや、あそこまで自分の体を使いこなしていた所を見ると、人間に化けるぐらいはできたはずだ。
本当に思い付きであそこまでやった?いや、それはないだろう。
…まて。
そこで蜘蛛怪人が言葉を理解できていなかった事を思い出した。
あいつまさか人間の記憶を取り込んでいなかったのか?
いや、そもそも取り込みのやり方を知らなかった?
そう考えるといくつか腑に落ちる。
少し整理しよう。
まず、あいつは最近、日本からここに飛ばされてきた。
これはほぼ確定。
日本語を使っていた事と言動からまず間違いない。
…でここから先が完全に推測になるが。
落ちた場所はバイセールに比較的近い森の中。その後、蜘蛛の死骸に取り付いた。
あのナリは恐らく、蜘蛛の体を乗っ取ってでかくなった物と推測。
その後、同サイズの虫に始まり、徐々に獲物を大きくしていったのだろう。
その過程で情報を持った生き物を捕食できずにあのサイズまで成長し、人間と遭遇。
どういう訳か返り討ちにはしたが記憶は取り込まなかった?
調査依頼がギルドに来ている以上、人間と遭遇しているのは確実だ。
戦わずに逃げた?それとも喰えなかった?
見た所、俺と違って随分と感情豊かだったが人間を喰うのは倫理観が邪魔…してたら街襲ってないな。
うーむ。分からん。
………分からん事は考えても分からんな。
…あれだ。別に分からなくても死にはしないし、いずれ分かるだろう。
俺は棚に上げる事にした。
「……どちらにせよ。街は救われたし迷惑な奴は居なくなった。それで充分だろう」
「そうだね…でも、どうしても少し気になるんだ」
何だ?俺はいい加減、あの蜘蛛の事は忘れたいぞ。
「何が?」
「あの魔物…言葉を話しているように見えたんだ」
…よく聞けば何か意味のある言葉の羅列じゃないかとは思うよな。
「それで何となく何だけど…ほら、覚えてる?あの遺跡にいた魔物。あの魔物が話している言葉に響きが似ていると思ったんだ。それについて、君はどう思う?」
げ。いい勘してるな。その通りだよ。
あの少ない情報でそこまで推測できるとは大したものだ。
まぁ、とぼけるけど。
「何とも言えんな。あの化け物を例の遺跡に放り込めば分かるかもしれんが、意味はないだろう。それにあいつは街で人を殺すだけでなく、操って殺し合わせる奴だぞ?意思疎通ができても話し合いに応じるとは思えんな」
俺達の事をゲームキャラ呼ばわりするような奴だ。
…というかハイディよ。お前を見てメインヒロインとかほざいていた奴だぞ?
会話が成立するとは思えん。
…ゲーム?…あぁ、もしかしてそう言う事か?
あの蜘蛛野郎、ゲームだから何やってもできる事はシステムに許された『仕様』とでも思ったのか?
ルールを逸脱する行為は勝手に制限がかかるから、好き放題やろうと?
そう考えると腑に落ちるな。
勝てればイベントクリアで次のイベントへ。
負ければ負けイベントでやり直して迂回とか…か?
だとしたら、愚かを通り越して哀れだな。
痛覚がちゃんと働いているなら他の感覚も俺と違ってまともなんだろう?
なのに現実を認識しないとは…ただ、アホとしか言えんな。
本当にゲームだった場合はまた出て来るんだろうが、その気配はない。
「うん。それは分かるよ。あの魔物、子供に手を上げていた。人を操って連携まで取らせていたんだ。頭は良かったはずだ…なのに、あんな事をするなんて正直、許せなかったよ」
ロリキターとか言ってたしな。
俺色に染めてやるぜの件は聞いてて寒気がしたぞ。
あのまま放置していたら間違いなく操った女でハーレム作っていたな。
…完成する前に間違いなく討伐されるだろうがな。
オラトリアムにも落ちてくる可能性もあるし、後でファティマに注意するように言って置くか。
様子を見て無害なら話を聞いて放逐。有害なら処分だな。
「言いたい事は分からなくもないが所詮は人外だ。人のルー…理を押し付けるのは違うんじゃないか?」
「…そう…だね。魔物には魔物の理があるんだよね」
俺は内心で軽く溜息を吐く。
こいつのこういう所は日本では長所になりうるかもしれないがここでは短所だ。
場合によっては命に関わる。
「そういう風に考えるのは結構だが、こういう場だけにしておけ」
俺は食事の手を止める。
「相手の事情をいちいち斟酌していたらお前が死ぬぞ?自殺したいなら止めはしないが、せめて俺の居ない所でやってくれ。流石に死なれると寝覚めが悪い」
…眠れないけどな。
ハイディは少し驚いたように目を見開き、頬を緩める。
何だ?その反応は?
「あぁ、分かった。気を付けるよ」
何故かその後も終始ハイディは上機嫌だった。
――じゃあ大将はラミアの受け渡しが済んだら、そのままノルディアに向かうんだね。
――あぁ、お前たちはそのままオラトリアムへ向かってくれ。ファティマって女が領主の館に居るからそいつに俺の名前を出して蛇女を引き渡せば後は好きにしていい。
――あいよ。
俺はペギーとの『交信』を切るとベッドに寝転がる。
取りあえずやる事はやったな。
後は、適当にクエストをこなして蛇女の処分が済んだらノルディア行きだ。
ノルディアの遺跡か…記憶にないから楽しみだ。
俺は目を閉じて、まだ見ぬ土地へと思いを馳せた。
これで3章終了です。ここまで読んで頂きありがとうございます。




