642 「誘風」
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仰る通り、失う事で始まったと言えますね。
それは唐突に起こった。
空間が軋む様な音と同時に風が吹き、視界が砂塵で塞がる。
既に一度経験しているのでそれが何なのかはっきりと分かった。
……来たか。
自前の魔剣で入っても良かったが、位置がずれると探すのが面倒というのもあったし、あの場所が本当に辺獄にあるのかといった疑問もあった。
あれから何度か辺獄を訪れたが、ザリタルチュでみたような街らしきものは一切存在しなかったのだ。
俺にはどうにもその点が引っかかった。
少なくともあの街には文明の名残が確かに存在しており、そこにあった在りし日を想起させるに足る物だ。
だが、他にそんな物が一切存在しない事がどうにも不自然に感じる。
あれからザリタルチュを訪れていないので検証していないが、その所為であそこは本当に辺獄と地続きであるかの確証が持てなかった。 だから引き摺り込まれるのを待っていたのだが――
恐らく、この砂塵が通り過ぎればそこはアパスタヴェーグだろう。
街があるのかそれとも別の何かがあるのかはすぐにはっきりする。
そして――さっきから風に混ざって聞こえて来る音のない何か。
声とも音とも形容できない、思念のような物を感じるのだ。 発生源は不明だ。
ただ、分かるのはそれは魔剣を経由して俺を呼んでいると言う事は何故かはっきりと分かった。
砂塵が通り過ぎ――俺の目に飛び込んで来たのは想像だにしない光景だった。
無数の音が響き渡る。 剣戟、魔法による物と思われる爆発、衝撃音。
そして声なき咆哮。 明らかに戦いが生み出す戦闘の音だ。
俺の目の前では激しい戦闘が繰り広げられていた。
片方はアンデッド。 普段から辺獄に湧くような連中だが――問題はその相手だ。
相手もまたアンデッドだった。 だが、こちらは武装している上に統制が取れており、動きに無駄がない。
……どう言う事だ?
何故、アンデッド同士で戦っているのかが理解できなかった。
だが、出現頻度が激減した理由に関しては答えが出たな。 要はこいつ等がアンデッドを間引いているから出て来なくなったのだ。
武装したアンデッド共の動きは良く、雑魚アンデッド共は蹂躙されてみるみるうちにその数を減らし――数分後には全滅した。
武装アンデッド共は勝鬨を上げ、秩序だった動きで去って行く。
行く先は少し離れた所にある巨大な都市だ。
しばらくすると静かになった辺獄の荒野で俺は考える。 正直、かなり予想を超えた展開だったので、どう動いた物かと首を捻る。
あの都市に行くのは確定だが、少し慎重に――……これは?
何故か魔剣から憎悪の声が引き、代わりにあの街へ向かえと腕を引かれる感覚が伝わって来る。
ここに来てからだが、魔剣の調子が良い。 辺獄というだけではなくあの街へ行きたいといった強い欲求のような物が感じられるのだ。 これが呼ばれていると感じる原因?
……取りあえず行ってから考えるか。
魔剣もあるし少々の事なら問題ないだろう。
そう判断して正面から真っ直ぐに行く事にした。 サベージに指示を出して真っ直ぐに進む。
ザリタルチュの時は近づいたら襲って来たが、ここでは一切襲撃がなかった。
街は巨大な外壁で囲まれ、何に使うのか巨大な尖塔のような物がいくつか見える。
徐々に街が近づくがそれでも襲撃がない。 そして正門らしき巨大な門の前に辿り着いても何も起こらなかった。
――それどころか。
重たい音がして門が開く。
明らかに迎え入れようといった意図が感じられる。
雰囲気から即戦闘になるといった感じではないようなので、そのまま中へ。
門の向こうは街となっているがザリタルチュと雰囲気が同じだ。
激しい戦闘の痕跡があちこちで見受けられる。 少し進むとさっきのアンデッド共と戦っていた連中が整列していた。 俺が近づくと左右に割れて道を空ける。
……どう言う事だ?
道を空けたアンデッド共は一様にしっかりと規律を持った体勢で立っており、さらに驚いたのは視線や気配に敵意の類が一切ない事だ。 視線に至っては敵意どころか好意的な物すら感じられる。
魔剣が何らかの作用を引き起こしているのは分かるがここまで対応に変化が生まれる物なのか?
飛蝗ほど明確な自我があるようには見えないが、それでも俺を歓迎しようとしている事が分かる。
兵士達の空けた道を通ると城らしきものが見えて来た。 隣には巨大なドーム状の建築物。
恐らく闘技場の類だろう。 大通りらしき道を通り抜けると広場に出る。
そこでは民らしきアンデッド共が大量に居た。
連中も特に何もしてこず兵士達と同様の視線を向けて来る。 子供に至っては手まで振っているのだ。
意味が分からず俺は首を傾げる事しかできないが、魔剣からは微かな郷愁のような感情が伝わる。
憎悪や怒り以外の感情をここまで明確に示したのは初めてかもしれないな。
連中が空けた道を進み続けると城が近づいて来る。 その間にもアンデッド共は俺と魔剣へ視線を注ぎ続けていた。 まるで目に焼き付けるかのように。
あぁ、あぁ――近づいて来る気配を感じて「彼女」とその配下達は歓喜の涙を流す。
魔剣が来た。 共に戦って来た懐かしい気配――それが近づいて来るのを感じる。
あの失われた時の中で、距離は離れていても心は一つと誓い合った彼女を含めた九人の仲間達。
もう二度と再会は叶わないと諦めていた仲間が来てくれた。
この地を守る魔剣――ナヘマ・ネヘモスもそれを同様に感じ取り歓喜に震える。
仲間よ、同胞よ、戦友よ、家族よ。 もう一度、巡り合えた奇跡に感謝を。
彼女はこの地を訪れた魔剣とそれを連れて来てくれた恩人を出迎えるべく城の正門を開く。
待ちきれずに門前に立つ。 気配が近づいて来る。
視線の先に影が見え、それがどんどん近づいて来た。
そして現れたのは地竜に乗った一人の男。 その腰には魔剣。
男が地竜から降りて歩いて来る。
彼女は頬に温かい物が流れている事に気付く。 既にまともに機能していない仮初の辺獄種の肉体。
――にもかかわらずその空洞と化した双眸からは涙が溢れていた。
何故なら男の背後には存在しない筈の二つの影が彼女に見えていたからだ。
片方は飛蝗の転生者。 もう片方は少年。
どちらも彼女と共に世界を覆う■■■■と戦い、その命を燃やした真の英雄にして信頼できる仲間だ。 顔ぶれから、もう一人の剣士の姿がない事が少し残念だったが、彼等が来てくれただけでも彼女の心は満たされていた。
次に彼女は男に視線を向ける。
正直、魔剣に寄り添える者が存在する事など、彼女には想像もできなかった。
男の存在を見据え、驚きと共に納得もする。
それは人の形をした穴であり、欠損を抱えた歪な存在であった。
いや、欠損する事で成立しているのだろう。
彼女は考える。 この男ならあるいはと――
誤字報告いつもありがとうございます。
 




