626 「鬣群」
俺が今いる場所はモーザンティニボワール中央から南東部にかけて広がっている荒野――ウガスカル荒野というらしい。 生息している魔物は基本的に群れを形成して獲物を襲うタイプが多いので縄張りに近づかなければ早々襲われるような事はないようだ。
――とはいっても腹を空かせた魔物が縄張りから出る事も多くはないが、それなりの頻度であるので油断はできない。
獣人連中もその辺は心得ているらしく、細かく魔物の動向には気を配っている。
備えとして村の周囲にも魔法道具の類で近づけないような仕掛けも施しているようだ。 要はこの辺りで生きて行くに当たっての知恵って奴だな。
獣人連中はフィジカルに偏っていて魔法関係の技術発達はおざなりと言った印象だったが、こっちではそれは当て嵌まらないらしい。
まぁ、仲が悪いとは言え人間との取引も最低限ではあるが存在しているらしいし、色々と違うのは当然かもしれんな。
さて、こっちで生息している魔物と言うのは――言っている傍から出て来たか。 サベージが足を止める。
四つ足歩行に特徴的な鬣。 どう見てもライオンだな。 こっちでの名称はパンテラというらしい。
少し前に似たような顔をした転生者に痛めつけられた事を少し思い出して若干不快になった。
もしかしたら奴のベースはこの近縁種だったのかもしれんな。
確か鬣があるのは雄で、ないのが雌だったか? ライオンの生態には明るくないので良く分からんが、群れの雄と雌の割合がそんなに変わらないように見えるな。 はて? ライオンってこんな感じだったか?
まぁ、異世界だし見た目は似ていても生態まで同じと言う訳じゃないのだろう。
俺を捕捉した群れが、ゆっくりと散開して包囲するように動く。
雄らしき個体が唸りながら威嚇しつつ半包囲しつつ、雌が素早く背後に回って退路を断つ。
記憶を参照する限りこの辺ではそれなりに狂暴な種らしいが、今までに出くわして来た連中と比べるとかなり見劣りするな。
取りあえず、こいつ等は今夜の晩飯にでもするとしようか。
――第四形態。
二本目の魔剣と合体した事により、それぞれの形態も強化されているようだ。
第二形態は二連装になり、第四形態は燃費が軽くなった事に加え、形状が凶悪化している。
当初は円盤の中央に旋回する刃と言ったデザインだったが、刃が上下二枚になって互い違いに回転するようになっていた。
これにより殺傷力が大きく向上、使い勝手は良くなったが――殺せ殺せと喚く声が二倍になったので、感覚的にはマイナスだな。
剥がす事は可能になったが、剥がせない事情が出来てしまったので使い続けなければならないと言うのは皮肉な話だ。
ちらりと魔剣に視線を落とすと魔剣は大量に円盤を産み出して周囲に展開し続けていた。
ライオン共が警戒してか身を低くしていつでも飛びかかれるように戦闘態勢に移行する。
襲ってくるつもりのようだが、取りあえず殺してしまえば何の問題もないな。 さっさと死ね。
無数の円盤が唸りを上げながらライオンの群れへと殺到した。
「あんまり美味くないな」
色々とやっていたらすっかりと日が暮れてしまったのでその辺で野営する事にした。
皆殺しにしたライオンの肉を適当に焼いて食っては見た物のお世辞にも美味いとは言えない味だな。
これはオラトリアムの美味い食事に慣れ過ぎた所為だろうか? ちなみにサベージは特に気にしていないのか焼いてもいない肉を骨ごとバキバキと貪り食っている。
焚火の近くにはライオンの死骸が山になっており、取りあえず朝になるまでに全部食ってしまうかとぼんやりと考えていた。
サベージのグチャグチャと五月蠅い咀嚼音を除けば静かな物で、空には星が瞬いている。
この世界は背の高い建物がそんなにないので、基本的にどこに居ても空が広い。
飛行する大型の魔物の種類もそう多くない事もそれに拍車をかけている。
ぼんやりと焚火を眺めながら、脳裏で奪った記憶を基にした不完全な地図を広げて明日以降の移動ルートを考えるが、流石に情報が不足している。
食った獣人の知識に荒野の外に関しての情報はあまりなかった。
その為、荒野を出た後はほぼ手探りと言う事になるだろう。
さて、この国だが階級や身分は存在しており、いくつかの部族のような物が混在しているらしく縄張りのような物があるらしい。
当然ながらこの荒野を支配している奴もいるには居るが、記憶を見る限り余り面白そうな感じではなさそうなので北を目指す事にしたのだ。
このペースなら数日程でウガスカル荒野を抜ける事が出来るだろう。 中々新鮮な景色ではあったが、変化があまりないのでもう一日か二日ぐらい眺めれば飽きが来そうだ。
月はやや傾いてはいるが、夜明けには少し遠いか。
俺も肉でも食うかと振り返ると、山積みになっていたライオンの死骸が消えてなくなっていた。
サベージを一瞥すると奴は下品にげっぷをしているのを見て小さく嘆息。 あれだけあったのに全部平らげたのか。
……まぁいい。
生体情報は抜いたし、そこまで美味い肉でもなかったしな。
取りあえず方針は決めたので、後は朝を待って――おや? 周囲に気配。
それなりの数の気配が近づいて来る。 サベージも気が付いているようで、口の端から涎をダラダラと零していた。 まだ足りないのか、食い意地の張った奴だな。
感じからしてまたライオンだろうな。 動きと包囲の仕方が全く同じだ。
焚火に反応したか血の匂いに反応したかは知らんが、こんな夜遅くにご苦労な事だな。
面倒だったのでサベージに顎で指す。 サベージは再度げっぷをした後、俺の指示を理解してのそのそと闇の中へと歩いて行った。
間を置かずにライオンの物と思われる悲鳴と噛み砕くような音が聞こえて来る。
まぁ、あのライオン共は大した事のない雑魚だし、サベージだけで充分か。
ライオン共は仲間が次々と血祭りにあげられているのを見て、不味いと感じたのかは知らんが包囲を解いてサベージに群がっているようだ。
これでも夜目が効くので、何が起こっているのかは良く見える。
サベージが尻尾を振り回し、ライオン共の首を次々と刎ね飛ばしていた。
飛びかかって来た奴には掴んだ後、地面に叩きつけて喉笛を噛み千切って息の根を止める。
その隙に数匹が喰らいつくが、牙が刺さらずに文字通り歯が立たない。
サベージが不快気に鼻を鳴らして噛み付いて来たライオンを掴んで引き剥がすと、胸の部分が開き、大量のスパイクが飛び出して串刺しにする。 喰らったライオンは悲鳴を上げる間もなくそのまま胸部に引き摺り込まれてバキバキと噛み砕かれた。
アムシャ・スプンタを仕留める時に使った奴を調整した物で、試しにとサベージにも組み込んでやったが随分と上手に使うな。
ライオン共は畜生の癖に立派に恐怖心を抱けるらしく、情けない悲鳴を上げて逃げようとし始めたがサベージは逃げた奴から順番に次々と仕留めて行く。
この様子なら放っておいても終わるだろうし、あんまり美味くないが腹の足しにするか。
背後から聞こえるライオン共の断末魔を聞きながら、俺はちょっと腹が減ったのでその辺に落ちている出来立ての死骸を拾って適当に千切った後、焚火に放り込んだ。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




