615 「心労」
別視点
何故だ。 何故こうなった。
マネシアからの報告を聞いた俺――エルマンは思わず頭を抱える。
俺が今いる場所は王都内にある自宅の一つだ。 いつかクリステラを匿った場所でもある。
そこで揺り椅子に座ってさっきマネシアから受けた報告について考えていた。
正直、俺はクリステラにはどこかずれた所があるので、一人で送り出すと碌な事にならないと考えていた。
だからこそ、その辺りを補ってくれそうなマネシアを付けたのだが、この結果は予想の斜め上過ぎて全く想像できなかったのだ。
定期的に連絡は受けていたので、二人の動向はかなり細かく把握はしていた。
国境を越えてアープアーバンへ入る。
この辺は特に問題はなかった。 精々、あそこがどの程度、危険なのかを再確認できた意味では収穫はあったが、特に気にするような話ではなかった。
その後のフォンターナ、アラブロストルに入ってすぐ辺りまでは問題は起こらず順調と言ってもいいだろう。 その間にクリステラがやらかした事は努めて気にしない。 いや、そんな事実はなかった間違いない。
目的は聖剣の確保だが、俺は可能な限りと但し書きを付けた。
聖女の聖剣エロヒム・ツァバオトの例を見る限り、誰でも扱える訳ではないのだろう。
事実、他の人間では触る事すらできなかった。
もしかしたら最初に触った奴が持ち主として認識されるのかもと疑ったが、聖女の話を聞く限りは勝手に来て勝手にその手に納まっているとの事なので、何らかの条件か基準の様な物があるのだろうと考えている。
それは何だと考えたが、判断材料が少なすぎるので単純に手に入れられた場合、まともに扱えそうな人選と言う事でクリステラを選んだのだが――結果を聞けば正解だったと言う事だろう。
正直、俺としては本命はマネシアに頼んだ情報収集だったので、聖剣の方は仮にしくじっても特に何も思わなかっただろう。 土台無理な話と思っていたからだ。
「――はぁ」
思わず溜息を吐く。
考える事はマネシアからの報告内容だ。 大陸の情勢を調べるように頼んだのだが、思った以上にキナ臭い事になっていた。 辺獄の領域からの辺獄種の流出に始まり、大陸中央部から南部に存在する国家が立て続けに三つも滅んでいるという異常事態。
うち一つはオフルマズドという国力だけならウルスラグナやアラブロストルと釣り合う程の国家だ。
他の二つは国として扱われていはいるが実際は自治区と言う括りらしいが、国と言っても文句の出ない規模の場所だ。
チャリオルトとエンティミマス。
前者はアラブロストルへ戦争を吹っかけて敗北。 戦闘の詳細は不明だが、完全に殲滅されて生き残りは戦後の賠償も兼ねて奴隷に落ちたらしい。 山岳地帯と言う事なので現在は交易路開通の為、開拓中との事。
そして後者は巨大な魔物の出現により一夜にして滅んだとの事だが……。
真偽は定かではないが山よりでかかったらしい。 どうやって仕留めたんだよと言いたくなるな。
こちらも詳細は不明だが、討伐には成功したらしい。 だが、魔物の正体は目玉のダンジョンだったらしく、築き上げてきた全てと資金源であるダンジョンを同時に失ったので立て直しは不可能。
生き残りは新天地を求めて散って行ったらしい。
出現と戦闘の余波で荒れ果てており、復興なんて考えられない状態なので手も付けられていないとか。
最後のオフルマズド。 ここに関してはさっぱり分からない。
ある日、いきなり人が消えて廃墟になったとか一体どう解釈しろと言うんだ?
又聞きと大差ない話だが、かなり広まっているとの事で信憑性は高い。
マネシアの事だから複数の筋から仕入れてある程度の裏取りもしたので、信じざるを得ないのだ。
そしてこの三つの事件がほぼ立て続けに起こっている。
付け加えるなら例のザリタルチュの一件と併せて、中央から順番に南へと向かっているとも解釈できるわけだが――
……全て元凶が同じで事件を誘発しながら南下している?
「……まさかな。 流石に考えすぎだろう」
仮にそうだとしてもどうやって辺獄種の流出と戦争、そして巨大魔物の覚醒を誘発したと言うんだ。
馬鹿々々しい。 そんな荒唐無稽の事より、考えるべき事があるだろうに。
情報収集に関してはほぼ完璧と言って良いぐらいに達成されており、俺自身も色々とアープアーバンの向こうの状況を知る事ができて満足している。
――が。
問題はもう一つの案件だ。
聖剣エロヒム・ギボール。 クリステラが手に入れた聖剣の名前だ。
手に入れた事、それ自体は喜ぶべき事だろう。 そもそも二人を向こうに遣った目的はそれだからな。
だが、手に入れる過程で色々とキナ臭い話を耳にする事になってしまった。
偶然にも同じ時期に似たような事を企んで聖剣の奪取を目論んだ連中が居たらしい。
そしてその正体は獣人。 加えて、奇妙な魔法道具を使用して戦闘能力を上げていたという話も聞く。
「獣人――か」
そう呟いて背もたれに体重を預けると微かに軋む音を立てて椅子が揺れる。
傍らにある机に置いてある酒瓶を傾けてグラスに酒を注いで、少し口に含む。
存在は知っているし数える程だが見た事もある。
ヴァーサリイ大陸内ではかなり珍しい種族だ。
連中は隣のリブリアム大陸――それも中央から北部のみを住処としているので、こちらにはまずいない。
そんな獣人を何故見た事があるのかと言うと、答えは奴隷だ。
どうも隣の大陸から輸入されて来るらしく、ごくごく稀に奴隷として出回る。
当然ながらこちらでは希少なので馬鹿みたいな値段が付くらしい。
身体も頑丈、身体能力も高いので単純に肉体労働に向いているし、その手の愛好家からは雌の獣人は愛玩用としての需要も高いと聞く。
……頑丈なので少々の無茶をしても問題ないって話も聞くが――
俺はくだらねぇと一蹴する。
そんな事の為に金貨を積み上げる連中の心理が欠片も理解できないからだ。
話を戻そう。
つまりは首輪付ではない――要は奴隷ではない獣人はこの国どころか、大陸には存在しない。
そんな連中が聖剣の奪取に現れた。
「……考えるまでもない、か」
間違いなく大陸の外の勢力だろう。 マネシアの報告にもそれらしき話もあった。
大陸南部に存在するクーピッドという国。
噂の域を出ないと前置きされたが、そこで妙な出入りが多いと言う話があったようだ。
そんな連中がうろついている以上、噂は本当だったと言う事だろう。
俺は面倒なと苛立ちを覚え、ついでに胃痛も覚えた。
痛みに顔をしかめながら魔法で胃を修復しつつグラスの酒を一口。
何故かと言うとその話が他人事ではないからだ。
ウルスラグナの国境付近で似たような話を少し前に聞いたばかりなので、流石に流せない。
アラブロストルに現れた連中の同類であるなら狙いはこっちの聖剣か。
もしかしたら魔剣も狙うかもしれない。
聖剣は聖女が簡単に負けるとは思っていないので大丈夫だとは思うが、問題は魔剣だ。
あれに万が一があると不味い。 マーベリックの話を信じるのならあの鎖で縛っている間は問題ないと言う事だったが、信じ切るのも危険と判断して聖女に管理を一任していた。
……少し出入りを警戒させた方がいいかもしれんな。
聖女へ報告しようと決め、敢えて考えないようにしていた問題について思考を巡らせる。
そう、クリステラの聖剣入手にはおまけがついて来た。
何と枢機卿だ。 本人の意思と言う事らしいが、傍から見れば誘拐以外の何物でもない。
最初に聞いた時、耳までおかしくなったのかと考え、もう一度言えと聞き返したぐらいだ。
グノーシス教団第五司教枢機卿モンセラート・プリスカ・ルービィ・エウラリア。
司教枢機卿と言う事はクリステラがダーザインの連中と組んで仕留めたジネヴラという娘と同じ立ち位置か。
聞けば教団の中で神託――要は天使関係の要職だったらしい。
情報源としてはこれ以上ない程に有用で、教団内部でもあまり顔も割れていない。
好条件を並べれば上手く篭絡したなと褒める所なのかもしれんが、俺は真っ先にバレた時の事を考えるのでとてもじゃないが素直に喜べなかった。
すっ呆けるのは確定だが、事が露呈した場合はどうなるか?
グノーシス教団との全面戦争だ。
連中は潰された面子と枢機卿救出と言う大義名分を得て、堂々と攻めて来るだろう。
ついでに折角持ち直した教団運営にも間違いなく支障が出る。
何故なら俺がここを攻める場合、真っ先に悪い噂を流して民との分断を図るからだ。
それをやられるとアイオーン教団は不味い。 その地盤は未だ盤石とは言えず、大部分をオラトリアムの支援にも頼っているので、見た目以上の脆さを孕んでいる。
――とは言った物のもう連れて戻っている最中なので、完全に手遅れだ。
俺は大きなため息を吐いて空いた手で顔を覆う。
どうしてどいつもこいつも厄介事を増やすんだ。 クリステラに至っては離れていても面倒事を投げつけて来るなんて俺に恨みでもあるのだろうかと勘繰りたくなるぞ。
「あ、痛ててて」
突き上げるような痛みが襲って来る。 魔法、魔法で治さないと。
俺は腹を押さえながら大きなため息を吐いた。
誤字報告いつもありがとうございます。
今回で十八章は終了となります。 次回から別視点を挟んで十九章――ではなく紹介を数話挟んでの移行となります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
エルマンの胃痛ポイント
情報収集完了(-1)
聖剣入手(-5)
枢機卿誘拐(+99)吐血




