613 「誘拐」
続き。
モンセラートは鎖を乱暴に解くとクリステラに柄を差し出す。
「挑戦したいんでしょう? 抜いてみなさい! ただし、抜けなかったら諦めなさいよ!」
「いいのですか?」
クリステラの疑問にモンセラートはさっさと抜けと無言で突き出す。
頷いて聖剣へと近づくクリステラはモンセラートの目の前で足を止め、突き出された柄をやや緊張した面持ちで見つめる。
――果たして私に抜けるのだろうか。
クリステラは動悸が早くなるのを感じていた。
そして物陰のマネシアはそろそろ出て行っても良いのだろうかとタイミングを窺っており、二重の意味でそわそわとしている。
少しの間をおいてクリステラは聖剣の柄へ手を伸ばし――掴んだ。
弾かれない。 そのまま一気に鞘から引き抜く。
現れたのは血のような真っ赤な剣身に内部には文字のような物が瞬いていた。
モンセラートは少し驚いたように聖剣を引き抜いたクリステラを見つめ――ニヤリと笑った。
その表情にクリステラと物陰から見ていたマネシアは訝しみ、モンセラートは――
「さ、用事は済んだのよね。 ウルスラグナへ行きましょう?」
――唐突にそんな事を言い出した。
「え?」
「何よ。 聖剣盗んどいて責任取らない気!?」
モンセラートの言葉にクリステラはやや戸惑った声を上げる。
「……あの、もしかして付いてくるつもりですか?」
「違うわ! 貴女は聖剣の行方を誤魔化す為に目撃者である私を攫うのよ! 枢機卿を攫うなんて! この悪党!」
「いえ、ですが貴女は教団では重要な立場では――」
モンセラートは小さく首を振る。
「聖剣を喪失した以上、もう私に価値はないわ。 仮に残ったとしても地位剥奪の上、処分でしょうね」
――処分。
それを聞いてクリステラは表情を変える。
「どう言う事ですか? 処分? 殺されるのですか? 枢機卿が?」
「そう――」
「ちょっと待って下さい! 話はこの場を離れてからにしましょう!」
流石に撹乱の効果がなくなりつつあり、聖騎士達が向かって来た気配を察したマネシアが飛び出す。
「あら? 貴女は――」
「分かりました。 話は場所を移してからにしましょう。 まずは街を出るとしましょうか」
「退路は確保しているわ。 まずは――」
「いえ、私に任せてください」
「え?」
クリステラはモンセラートを抱き上げ、マネシアの襟首を掴むとそのまま跳躍。
近くの建物の屋根へ着地。
「か、完全装備の私を抱えてこの高さを軽々と……」
「まだ慣れていませんが、聖剣の身体強化を使えば移動はそう苦ではありません。 マネシア、私はモンセラートを抱えるので申し訳ありませんがしがみ付いてください」
「え? あ、はい」
マネシアは言われるままクリステラにしがみ付く。
「しっかり掴まっていてください」
「お、お手柔らかに」
次の瞬間、クリステラは風になった。
凄まじい速さで助走をつけて建物の屋根から屋根へと飛び移り、その速度を一気に増していく。
マネシアは必死に悲鳴を堪えつつしがみ付き、モンセラートはしっかりと抱えられているので、落ちはしなかったが余りの早さに悲鳴を上げる事も出来ずに目を白黒させていた。
クリステラは二人を抱えたまま街から出て、充分に離れた所で停止。
周囲に誰もいない事を確認してモンセラートを下ろす。
マネシアも体を離し、その場に座り込む。
「何とかなったようですね」
クリステラが涼しい顔でそう言っているのを聞いてマネシアは渇いた笑みを漏らすだけだった。
充分に距離を稼いだのでその場で野営を行う事にしたようで、クリステラとマネシアは手慣れた物なので短時間で準備を終えると、近くで適当に集めた薪を魔法で燃やして焚火を起こす。
モンセラートが何か手伝おうと申し出る間もなく全てが終わってしまった。
「さて、一先ずは目的を達する事はできたようだけど、これからの行動は?」
落ち着いた所で最初に話を切り出したのはマネシアだ。
彼女からすれば聖剣を手に入れてさっさとフォンターナまで逃げてしまおうと考えていたのだが、流石に枢機卿を誘拐する事になるとは想像が出来なかったので、現在進行形で戸惑っていた。
「悩む必要なんてないわ! このまま私を連れてウルスラグナまで行ってくれればいいわ!」
「いや、あのですね。 もうお察しかもしれませんから言いますけど、私達は――」
「アイオーン教団でしょう。 知っているわ! そう言えば自己紹介がまだだったわね! 私はモンセラート・プリスカ・ルービィ・エウラリア。 グノーシス教団の第五司教枢機卿よ!」
マイペースに話を続けるモンセラートにマネシアは頭痛がするのか額を押さえる。
「アイオーン教団聖堂騎士、マネシア・リズ・エルンストです。 エウラリア枢機卿、あのですね」
「モンセラートでいいわ! どうせ他の名前と姓は教団が勝手に付けた物だもの!」
「……分かりました。 ではモンセラート殿、はっきりいますと我々としてはあまり厄介事の種は増やしたくはないのですが……」
聖剣を盗んだだけでも不味いが、選ばれたという大義名分がある上、他の勢力もいたのでどうとでも言い逃れできる。
ただ、枢機卿を誘拐したのは不味い。 こちらはただでさえ微妙なグノーシス教団との関係に亀裂を入れかねない――いや、下手をしなくても亀裂が入る危険な案件だからだ。
それに連れて行ってしまい、事が露見すれば言い訳はできない。
マネシアからすれば、面倒なのでさっさと帰って欲しいと言うのが本音だった。
「……どちらにしても私にはもう帰る場所はないわ。 戻ったとしても聖剣を喪失した以上、私に未来はないもの……」
「さっきも言っていましたが、モンセラート。 それは一体?」
クリステラの質問にモンセラートは少し悲し気に微笑む。
「私達枢機卿の役目は教団の管理の他に聖剣と魔剣の監視も含まれているの」
「監視?」
思わず聞き返したマネシアにモンセラートは小さく頷く。
「おかしいとは思わなかった? 枢機卿は教団の管理者だけど全ての国に居る訳じゃない」
「……確かに、大陸内ではウルスラグナを除けば二ヵ所にしか配置されていないと聞いています」
「そう、ヴァーサリイ大陸内ではウルスラグナ、アラブロストル、オフルマズドの三ヵ国だけよ。 何故そこかと言うと、魔剣を擁する「辺獄の領域」が近い事と聖剣が封じられているから」
それを聞いてマネシアの脳裏に理解が広がる。
彼女自身、グノーシス教団の勢力分布には奇妙と思っている点があったので、魔剣と聖剣の監視という役目を加味すれば腑に落ちる点がいくつか出て来るからだ。
「では魔剣とは……いえ、話が逸れましたね。 モンセラート殿、貴女の役目についてもう少し詳しく教えてください」
マネシアは逸る心を抑えつつ、話の続きを促した。
誤字報告いつもありがとうございます。
※尚、責任は残った二人の枢機卿が取らされる模様。




