60 「蜘蛛」
目的地が近づくにつれて戦闘の音と戦っている連中の叫び声が激しさを増している。
この様子だと魔物は最初に出て来た所からそう動いていないのか?
「魔物の目的って何だと思う?」
不意にハイディが、そんな事を聞いて来る。
そう言えばそうだな。
こんな街のど真ん中で暴れて何がやりたいのやら。
俺はペギーの方に視線を向けるが「さぁ?」と言わんばかりに肩を竦める。
サベージは口をもぐもぐと動かしているだけでそもそも話を聞いていない。
こいつまた何か食ってやがる。
「…悪いが見当もつかないな」
「うん。これはあくまで僕の勘なんだけど、ここに出てきたのって本当に魔物なのかな?」
…何?
「どういう事だ?」
「…上手く言えないんだけど、何と言うか衝動的に動いたように見えるんだ」
思い付きで動いたって事か?随分と人間臭い魔物…いや、魔物じゃないとでも言いたいのか?
「…この状況を作った奴が人間だと?」
ハイディは首を振る。
「これだけの事が人間にできるとは思えないけど、人間に近い魔物なのかも…」
まぁ、変わり種なのは確かだろうな。
「もし…」
ハイディが何か言いかけた所で少し目を見開いて横に跳ぶ。
次の瞬間、ハイディの居た場所に人が飛んできた。
飛んできた奴は首が千切れかけている上に、地面に叩きつけられた衝撃で潰れて、色々と酷い事になっている。
『ふん!お前らみてーな雑魚に俺がやられる訳ねーだろ』
次いで聞こえてきた声に俺は一瞬で事情を察した。
ハイディは聞こえてきた声に眉をひそめている。
競売会場に居たのはでかい蜘蛛だった。
サイズは2mちょっとぐらいで人間の手足が生えており、二足歩行している。
何と言うか…アレだ、特撮に出てきそうなデザインだ。
差し詰め蜘蛛怪人って所か。
蜘蛛怪人は冒険者を次々と血祭りにあげている。
背中についている蜘蛛の…足?で、斬りかかって来た冒険者の喉をぶち抜いている。喉に穴をあけられた冒険者は首からひゅーひゅー息を漏らして崩れ落ちた。
『おいおい。俺1人だぜ?雁首揃えてその程度かよ?ウケるんですけど?』
手近に居る冒険者を殴って転倒させると首筋に噛み付く。
噛み付かれた冒険者はゆっくりと起き上がると仲間たちに襲いかかった。
「おい!何をする!」
「ち、違う。体が勝手に…」
『よっしゃ!テイミング成功!おら!仲間と殺し合え!』
さっきから蜘蛛怪人、好き勝手言っているがたぶん周りは理解していないだろう。
そりゃそうだろうよ。日本語でしゃべってるんだ。理解できるわけがない。
もう、疑うまでもなくこいつアレだ。俺の同類で転生者だ。しかも日本人。
頭の悪そうな言葉とは裏腹に強さは大したものだった。
蜘蛛足を駆使して地面を高速で動き回り、尻尾から糸を出してアメコミのヒーローみたいに建物の上に飛び乗ったりと、その動きは正に縦横無尽。
対する冒険者達は、魔法で防御を固めつつ接近戦を狙っているようだが厳しいな。
攻撃系の魔法はあの動きのせいで当てるが難しいようだ。
あの蜘蛛足が厄介すぎる。手数が多いし、当たったら体に風穴を開けられる。
しかも分断されると、捕まって操られるので守りに徹するしかないようだ。
『俺1人に苦戦とかその程度かよ。ま、所詮は序盤のイベント戦闘か。話にならねえぜ!』
俺は他を連れてそっと物陰に隠れるように指示を出す。
ちょっと様子を見てみるか。ハイディ達も訝しげな顔をしつつも従った。
それにしても何を言ってるんだあいつは?イベント戦闘?
『さーて。作業の方はどうなったかなー?』
蜘蛛怪人は後ろを振り返ると、身なりの良いおっさんが蜘蛛糸でぐるぐる巻きにされた女達の首輪を解除していた。
「おい、お前等早く助けろ!金なら払うと言っているだろう!くそっ体が勝手に動く…」
身なりの良いおっさんは必死の形相で首輪の契約を解除しながら喚き散らしている。
「うるせえ!こっちはそれどころじゃねーんだよ!」
冒険者達は操られた仲間の攻撃を捌きながら蜘蛛怪人から身を守っている。
「あぁ…くそっ!俺の奴隷が…」
金属が砕ける音がして奴隷達の首輪が全て外れた。
『お、終わったみたいだな。さーて俺の嫁たちの顔を拝ませてもらおうかな。あ、おっさん。お前もういらねーから突っ込んで死ね。男はイラネ』
おっさんは悲鳴を上げながら懐からナイフを抜いて冒険者達に突っ込んでいく。
蜘蛛怪人は糸で拘束された奴隷達の方へ向かうと、1人1人顔を確認しているようだ。
『んー。まぁまぁ。こっちは…おぉぉぉ!ロリキタぁぁぁ!俺色に染めてやるぜ!』
……うわぁ…やっべぇなこいつ。
言葉解ってないと思って隠しもせずに言いたい放題だ。
痛すぎて俺にまでグサグサ突き刺さり、胸からドス黒い物が湧き上がってくる。
あー…これ久しぶりだな。やばいな…凄まじくアイツ殺したい。
正直、直視するのが苦痛だ。
胸の奥からドバドバ溢れてくる不快感を感じながら、頭の冷静な部分では俺も昔はあんなんだったのかな?と思って昔の自分を殺したくなった。
正直、身に覚えがありすぎる。
…いや、俺はアレよりましだったと信じたいな。
日本に居る両親に少し同情した。あんな感じの奴を日常的に相手にしていたら当たりが強くなるだろう…とは言っても受けた仕打ちは忘れてないので、目の前に現れたら殺すけどな。
俺に両親は居ても家族は居ない。
『あ?んだよババアかよ。イラネ。ほらよ、お情けでテイムしてやるから戦ってこい』
「や、やめて…」
「ママぁ…ママー!」
おいおい。お前がババア呼ばわりした女は、そこの子供の母親だぞ。
母親は泣きながら冒険者達の方へ走っていった。
子供は母親を呼びながら泣き叫んでいる。
『さっきからうるせーよ。助けてやったんだから少しは喜べよ』
蜘蛛怪人は泣いている子供を不快そうに見ている。
いや、その顔で近寄られたら大抵の子供は泣くか引くかするぞ。
しかも助けてやったとかすごい勝手言ってるな。
『チッ!っせぇってんだろガキが!』
「な…」
隣でハイディが息を呑む。俺ですら軽く引いた。
蜘蛛怪人は子供を蹴り飛ばしたのだ。子供は血を吐いて動かなくなる。
おいおい。助けるって名目でこれやったんじゃないのか?
見る物も見たし、充分だな。俺は物陰から出る。
あの蜘蛛の状況は大体察した。
どうやらあの蜘蛛はこの世界をゲームか何かと勘違いしているようだ。
…で、奴隷を見て衝動的に助け(笑)に飛び込んだ訳か。
親切の押し売りって迷惑以外の何物でもないな。
しかも、自分の思い通りの反応しなかったらキレるとかどうなってんだよ。
…ともあれ、言葉を理解していない所を見ると来てからそう時間が経っていない?
それとも人間を吸収していないからか?
見た所、蜘蛛をベースに改造を繰り返したって所か。
俺の経験上、改造までできるようになるにはそこそこ時間が必要だと思うが…。
…まぁ………あれだ。色々と気になるが殺して記憶を抜くか。
どうみても話が通じる相手じゃなさそうだし。そもそも会話したくない。
「ハイディ。お前は、操られている連中を何とかしろ。首の辺りに何かしていたからその辺を調べてみるといい。無理なら手足を砕いて無力化しろ。残りは俺と化け物退治だ」
「分かった」
「あいよ」
俺はペギーとサベージに交信を使って連携を取るように伝える。
各々頷く。準備としてはこんな物か。
『ったく。また出やがった』
近づいて来る俺達に蜘蛛怪人が気が付くと舌打ちして…。
『お?おぉぉぉ!メインヒロインキタぁぁぁぁぁ!!!』
ハイディを見て興奮し始めた。
うわ…きっついなこいつ。
『おほぉぉぉぉ!すっげ―美人』
「な…何…?」
蜘蛛怪人のいきなりの興奮にハイディが引いている。
『ってか。何お前?何で女に囲まれてんの?』
今度は俺に敵意を向けて来た。温度差凄い上に分かりやすいなー。
「ハイディ。行け」
「分かった」
ハイディは冒険者達の方へと駆け出す。
『おい!待てって!』
俺はハイディを追いかけようとした蜘蛛怪人の道を遮るように前に出る。
『邪魔すんなっつっても言葉解んねーのか。ムカつくなお前。女侍らせていい身分だなオイ?』
通じてないと思って言いたい放題だなオイ?
――あいつは俺と同類だ。致命傷を喰らわせたと思っても油断するな。
俺の思念を受けてペギー達は無言で構える。
記憶を吸い出したいが、難しいかもしれないな。
本体を潰さない限り再生すると考えていいだろう。厄介な相手だが…。
そこまで考えて唇の端を吊り上げる。
…厄介ではあるが、無敵ではない。
俺もこの体との付き合いはそこそこ長い。
仕留める方法は何通りか思いつく。
それに、相手は俺が同類って事に気が付いてないのも使える。
…手の内は大体見たし、何とかなるだろ。
ペギー達に指示を出して棍棒を構える。
『雑魚が調子に乗ってんじゃねーぞ!』
蜘蛛怪人は真っ直ぐに俺に向かって突っ込んでくる。
まぁ、当然狙うのは俺だろうな。
馬鹿正直に正面から来るので早いが動きは読みやすい。
――サベージ。
蜘蛛怪人は走っている途中に横からサベージのタックルを喰らって吹き飛んで近くの建物に突っ込む。
余裕かまして真っ直ぐ来るから簡単に迎撃されるんだよ。
『この…ふざ…』
わざわざ狭い所に入ってくれてありがとう。
起き上がる前に<爆発Ⅲ>を発動。発現点を建物の中に指定したので、破裂するように建物が爆散。
破片と一緒に蜘蛛怪人が転がり出てくる。
『く…』
起き上がって俺を睨みつけようとした所で、ペギーが懐に入って顔面に拳を叩き込む。
――目を狙え。
――あいよ。
殴られた蜘蛛怪人の目が潰れて黒い粘液が飛び散る。
『ぐがぁぁぁ!目がぁぁぁ』
蜘蛛怪人が悲鳴を上げる。おや?痛覚がちゃんと働いているのか?
演技かもしれんし、深追いは止めさせよう。
ペギーは察したのか、もう2、3発叩き込んでバックステップ。間合いを取る。
それと入れ替わるように俺とサベージが<火球Ⅱ>を叩き込む。
2発の火球を喰らって蜘蛛怪人は地面を転がって火を消そうとしている。
俺はゆっくり近づいてゴルフのスイングの要領で棍棒を構えて振りぬく。
『あばぁ!』
顔面を完全に捉えた。牙や顔の一部が砕けて宙に舞う。
今度は腹に蹴りを入れて吹っ飛ばす。
蜘蛛怪人は地面を数回転がって倒れた。
『ガハっ!ふざけんな!何でいきなり難易度上がってるんだよ。おい!卑怯だぞ!1人相手に複数とかふざけんな!』
蜘蛛足を突き付けて何か言いだしたので、剣を抜いて突き付けた足を斬り飛ばしてやった。
お前は安易に人を指差すなと教わらなかったのか?
『うぎゃぁぁぁ!足がぁぁぁ』
うるさいな。
ついでにもう一本斬り飛ばした。蜘蛛怪人はまた悲鳴を上げる。
…それにしても…。再生してないのか?
見た所、斬られた足や潰れた目は治っているようには…あ、ゆっくりだけど再生してるな。
『ま、待ってくれ。参った降参だ。俺が悪かった』
蜘蛛怪人は両手を上げて降参のポーズを取り出したが知らんな。
俺は蹴ってくださいのポーズと解釈する事にした。
顔面に蹴りを入れる。
『ずびまぜん。ゆるじでぐだざい』
うわ。泣き出した。さっきまでの威勢はどうしたんだよ?
『今だ!』
俺が呆れていると蜘蛛怪人はいきなり起き上がって、走り出すと拘束した奴隷…首輪ないから元奴隷か…に飛びついてさっきの子供を捕まえると残った蜘蛛足を突き付ける。
『動くんじゃねぇ!このガキがどうなってもいいのか!?』
うわ…マジか。
どうしようもないなこいつ。都合が悪くなると人質かよ。
助けてやったとかの建前はどこいったんだ?
主人公補正がないとこうなる。




