598 「黙考」
続き。
「流石ね。 私もこの手は思いつかなかったわ」
「本当に偶然思いついただけですよ」
マネシアが感心したような声を聞いて私は苦笑。
場所は小さな洞窟。 奥行きはなく、そこまで大きい訳ではないがそれには理由がある。
それは――
「まさか、巨岩を剣でくり抜いて即席の洞窟を作るとは思わなかったわ」
――マネシアの言う通り、岩を浄化の剣でくり抜いて作った洞窟だからだ。
高さや深さは私達が自由に立ち回れる程度の物ではあるが、数で攻めてくる場合は手狭になるので、攻めるに難く、守るに易い地形となってる。
ここでなら一人でも充分に守れるので片方が奥で休み、もう片方が入り口付近を守ればいい。
魔石を用いた照明器具で内部を照らし、襲撃に備える。
来るなら返り討ち。 来なければゆっくりと休める。
「では、ある程度の安全が確保できた所でマネシア。 奥で休んでください」
「私よりも――」
「安心してください。 これでも体力には自信があります。 何なら一晩中寝て居て貰っても構いませんよ?」
そう言って笑うとマネシアは釣られるように苦笑。
これは聖女ハイデヴューネが良くやっている事で、なるべく軽く振舞う事で負担になっていないと見せる技――と私が勝手に思っている。 これを用いれば相手の気持ちが楽になってある程度素直に指示に従ってくれる――筈。
「……分かった。 では少しだけ休ませて貰うから、何かあれば遠慮なく起こしてね?」
そう言ってマネシアは洞窟の奥で横になり、少しの間を空けて小さく寝息が聞こえて来た。
素直に休んでくれた事にほっと胸を撫で下ろしつつ、外へと視線を向ける。
光源は近くに置いた魔石を用いた照明のみなので、外は完全に真っ暗だ。
星や月明かりに期待したいが、多少は開けているとはいえそれなり以上に木々は多い。
その為、空からの光は余り届かないのだ。
静かだ。 聞こえるのはマネシアの微かな寝息と少し離れた場所から聞こえる虫の鳴き声、そしてこの森を吹き抜けて草木を揺らす風の音のみ。
こうして一人になっていると考えるのはジョゼやサリサの事だ。
エルマン聖堂騎士には余り気にするなと言われたが、こればかりはどうにもならなかった。
考えないようにしようとする事さえ許されない。 そんな思いが脳裏を過ぎる。
彼女達に対して私はどのように償えばいいのだろうか?
そしてどの様にする事が正解だったのだろうかと。
聖女ハイデヴューネは人と人との関係に正解なんてないと言っていた。
彼女自身、もっと話をすれば良かったと後悔した経験があると語っていたのを聞いて少し驚いた物だ。
踏み込む事に躊躇がない印象を受けたので、もしかしたらそう言った経験が今の彼女を形作ったとでも言うのだろうか?
正直、あの気性は羨ましく思える。
どうにも自分は余り物事を考えずに、明確な基準を設けてそれに基づいた行動を取る傾向にあるのだろう。
グノーシス教団に居た頃は教義を、そして今は――自らの考えを。
皮肉な事にグノーシス教団を裏切った事でようやく私はまともに物を考えるようになったのだ。
――結局、貴女はぁ? 主の為、教団の為に敵を斬るだけのお人形でしょぉ? 斬るだけで誰も助ける気なんてない癖にぃ、人を助けようとするなんて寝言を言わないで貰えますかぁ?
ジョゼの言葉が蘇る。
彼女の言葉は否定のしようもない程、完璧に私の本質を捉えていたからだ。
教団のお人形、都合のいい女。
今思えば、全くもってその通りだ。
教義に従う事が絶対、それさえやっていれば正しい。 私は何も間違ってはいない。
はは、笑ってしまう。 これこそ正に都合のいい女だろう。
グノーシス教団からすれば碌に物を考えずに言われた事に唯々諾々と従う私はさぞかし操り易かっただろうと自嘲。
実際、私は操られている自覚もないまま用意された敵を斬るだけの存在だった。
死ぬまでそう在れればそれなりに幸福のまま一生を終える事が出たのかもしれない。
だが、イヴォンと出会い、操り糸が切れた私は今までの生き方を否定せざるを得ず、それしかやって来なかった故にどうしていいか分からなくなってしまったのだ。
……まるで迷子ですね。
自分でそう考えて自嘲気味に笑う。
いけないなと首を小さく振って余計な考えを追い出す。 一人になるとついついこういった事ばかり考えてしまう。
いっその事、魔物の群れにでも飛び込んで逆に襲いかかってしまおうか?
戦っていれば頭の中からこのもやもやした考えは追い出せる。
ふっと息を吐いて苦笑。 今までは一人で居る事が全く苦にならなかったのに今は酷く寂しい気持ちになる。
マネシアにはしばらく休んで貰いたいので話相手にはできない。
こんな時、イヴォンや聖女ハイデヴューネが居れば――
「私はすっかり寂しがり屋になってしまいましたね」
もしかしたら弱くなったのかもしれないとは思う。
だけど、私自身はこの変化を好ましく思っている。
この後、マネシアが目を覚ますまで私はそんな取り留めのない事をぼんやりと考え続けた。
マネシアが起きるまでそう時間がかからず、思ったよりも早く横になれた。
私も自分で思っていたよりも疲れていたらしく、目を閉じるとあっさりと眠りに落ち、気が付けば明け方になっていた。
眠っている間、特に変化もなかったらしくマネシアの表情にも若干の安堵が混ざっていた。
「では準備が整い次第、出発しましょう」
手早く荷物を纏め出発。 先へと進む。
迂回したお陰で遠回りにはなったが、崖の上程木々が密集している訳ではないので歩き易い。
その為、距離は稼げているが、相変わらず小型の魔物の襲撃は中々止まらなかった。
……とは言っても魔物の数も無限と言う訳ではなかったらしい。
何度目の襲撃か数えきれなくなった頃に不意に襲撃が止んだのだ。
流石にかなりの被害を出して仕留める事が難しいと判断したのだろうか?
「クリステラ、警戒を。 何かおかしい」
マネシアが表情を引き締めて警戒を促す。
確かに。 彼女の言う事はもっともだ。 引くにしても急すぎる。
「マネシア。 貴女の見解は?」
「はっきりとした事は言えないけど、恐らく他の魔物の縄張りに入った事により追って来れなくなった……と言った所かしら?」
なるほど。 ならこの先には危険な相手が――
マネシアの言葉を肯定するように地面を揺るがすほどの巨大な足音。
最初は岩山かとも思ったが、動いている所を見れば魔物なのだろう。
現れたのは地竜にも似た、ここに来るまでに私達を散々追いかけまわした種を大型化したような姿だが、凶暴性はその比ではないようだ。
私達の姿を認めると魔物は咆哮と共に向かって来た。
「体勢を崩すわ」
「分かりました。 では仕留めるのはお任せを」
マネシアが大盾を構えて前に出る。
突っ込んで来た所で障壁を展開。 一瞬おいて魔物が障壁に激突。
突破できずに跳ね返される。 オーエン聖堂騎士が使っていた頃も思っていたが、あの大盾の防御力は素晴らしい。
何せあの辺獄種の攻撃を防ぎ切った程だ。
無数の刃を飛ばし、巨大な剣を産み出しての斬撃。
どちらも見た目以上の破壊力を誇る恐ろしい攻撃だった。 私一人では間違いなく抗えずに即死していただろう。
あれを完全に防ぎ切ったあの盾は最高の物といっても過言ではない。
私はそれを頼もしくも思いつつ一気に踏み込んで、浄化の剣を一閃。
魔物の足を切断。 それにより体勢を崩し、倒れこんで来た所を更に一閃。 首を刎ね飛ばす。
一拍置いて地響きが重なる。
胴体が崩れ落ち、遅れて首が着地。
「一撃で首を落とすとは流石ね」
「いえ、マネシアが隙を作ってくれたからですよ」
完全に体勢が崩れていたからこそあそこまで楽に首を刈れたのだ。
「……数が居ない分、こちらの方が楽かもしれないわね」
マネシアの言う通り、しつこく来ないので少し楽かもしれない。
「えぇ、ですが油断はできません。 慎重に行きましょう」
お互いに頷いて私達はそのまま先へと歩き出した。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




