589 「忠言」
別視点
「……ふう」
ロートフェルト様が退出した所で私――ファティマは小さく肩の力を抜きました。
細かい処理は全て済み、やっと一安心と言った所でしょうか。
気を抜くのは良くないのですが、前々から予定されていたオフルマズドの殲滅戦も何とか乗り切れたのでこれぐらいは良いでしょう。
勝利という結果には終わりましたが、こちらにも相応の犠牲が出ています。
それに対して得る物は聖剣、魔剣とテュケの残した研究資料のみ。
内容の精査は済んでいないので、どの程度有用なのかは何とも言えませんが、犠牲に見合う成果かどうかは微妙な所ですね。
元々、これはロートフェルト様の憂いを取り除く戦いなので採算は度外視する事は理解していますが、こうして戦果と損害を確認すると少し心境は複雑です。
この後はその損害の詳細計上と穴埋め作業が待っているので、早く片付けるとしましょう。
メイヴィス達はもう戻してしまったので、今いる者達で片付けなければなりません。
妹達がいない頃に比べれば随分と楽ですが、それなりに忙しくなりそうですね。
そう考えているとノックと共にヴァレンティーナが入ってきました。
「やぁ、姉上。 ロートフェルト様との逢瀬はどうだった?」
「怒りますよ?」
「はは、その様子ではモーションはかけたけど軽くあしらわれた感じかな?」
いつもの調子のヴァレンティーナの言葉に小さく嘆息して力を抜きました。
「そんな簡単にあの方が靡くようなら苦労はありません。 余計な事を言ってないでその手に持っている書類を半分寄越しなさい」
私がそう言うとヴァレンティーナは苦笑して抱えている書類の半分を私の机に置き、残りを隣の自分の机に積み上げて席に着きました。
「あの様子だとすぐにでも他所の大陸へ向かうと言った所かな?」
「いえ、こちらでやる事があるのでそれが済み次第との事でした」
「それは助かる。 亜人種はともかく改造種はあの方が居ないと補充が出来ないからね」
そう言うとヴァレンティーナは書類の山から数枚抜き出して目を通す。
「アラクノフォビアの損耗は二割、フューリーは四割、亜人種の損害は計上中だけど多めに見積もって四割と言った所かな? 例の奇妙な装備を身に付けた兵士に随分とやられたね。 結局あれは何だったんだい?」
「ロートフェルト様によればタンジェリンと同系統の装備で聖剣から魔力供給を受けて、使い手を強化していたようですね」
「あぁ、道理で生身でアラクノフォビアやフューリーの撃破なんて真似が出来る訳だ。 聞いた限りでは低い練度を装備による強化で補っていたらしいね」
地形情報に始まり、敵の使用武装――魔導外骨格、銃杖、転生者、天使、悪魔、枢機卿に権能。
想定可能な物には万全の態勢で臨みはしたが、やはり想定外は必ず現れる。
主だった者やサイコウォード等の重要戦力に欠けはなかったが、危ない橋だった事には変わりはありません。
「まぁ、一国を落として半数以下の損害で済んだんだ。 結果としては充分な物だとは思うけどね」
ただ、とヴァレンティーナは付け加える。
「あまり言いたくはないけど、いい加減ロートフェルト様に軽挙妄動は慎んでほしい物だね」
今回、最大の反省点は総大将であるロートフェルト様が危機に瀕した事でしょう。
相手は国王で聖剣を持っていたとの事でした。
聖剣――侮ったつもりはありませんが、ロートフェルト様が追い詰められるとは少し危機意識が足りていなかったのかもしれませんね。
そうなるとアイオーン教団の聖女にも警戒が必要になりますか……。
エルマンから情報を引き出す頻度を増やす必要がありますね。
可能な限り動向は把握しておいた方がいいでしょう。
「……なら、貴女の口からその旨を伝えてはどうですか?」
私がそう言うとヴァレンティーナは僅かに表情を引き攣らせる。
「はは、勘弁してくれよ姉上。 あの方に正面切って物申すなんて真似が出来るのは、このオラトリアムでは姉上と首途氏にヴェルテクス氏、後はアスピザル氏ぐらいじゃないかな?」
そう言うとヴァレンティーナは持っていた書類を机に放りだして椅子に体を預けました。
「言うまでもない事だとは思うけど、あの方あっての僕達だ。 場合によっては――」
「止めなさい。 言いたい事は分かりますが、私達はそれを選べない。 貴女もそれは理解しているでしょう?」
ヴァレンティーナの言葉を遮った声は自分でも驚く程鋭い物でした。
「……分かっているさ。 分かっているけど、あの方の危機感が足りなさすぎるのは何とかした方がいいと思わないかい?」
私は静かに首を振ります。 彼女の言葉も理解できますが、私達はあの方の配下である以前に手足。
頭の意向に背く事があってはならない。
ならば、私達にできる事はあの方が死なないように最大限の支援を行う事だけです。
「そう、だね。 今回の一件は流石に肝を冷やした所為か、ちょっと神経質だったかな」
「この程度で肝を冷やしていたらこの先、保ちませんよ?」
私がそう言うとヴァレンティーナは渇いた笑いを漏らしました。
「はは、流石は姉上。 肝が太いと言っておいた方が良いのかな?」
「正妻の余裕とでも言っておきましょう」
妻ですし。
「は、はは、ははははは、なるほど! 正妻の姉上が言うのならそうかもしれないね! なら、奥方の妹なら差し詰め僕は義理の妹と言った所かな?」
何がおかしかったのかヴァレンティーナは声を上げて笑うと、すっきりとした表情で書類の山を崩し始めました。
「なら姉上と義兄上の為に頑張るとしようかな」
「えぇ、そうしてください」
良く分かりませんが折り合いが付いたようで何よりです。
……それにしても――。
リブリアム大陸ですか。 現状、情報の全くない完全な未知の場所です。
何が起こるのかが不明なので、可能であれば事前に調査隊を送り込んで情報を集めたい所ですが……。
距離を考えると少し難しいと言わざるを得ません。
ただ、悪い話ばかりではありません。 転移魔石の存在です。
最悪、これさえあれば避難も可能なので少しは安心できますね。
後はあの方の求めに応じていつでも力を振るえるように備えるだけですか……。
一刻も早く、戦力の補充と更なる拡充を進めなければ。
その第一歩として私は目の前の書類を片付ける事にしました。
誤字報告いつもありがとうございます。
ついにストックが底をつきました。
申し訳ありませんが次章から毎日ではなく三、四日ペースになりそうです。
また溜まって来たら毎日投稿に戻すので少々お待ちください。
まだまだ拙いですが、この作品をよろしくお願いします。




