587 「鈴虫」
場所は変わって屋敷から少し離れた場所にある監獄。
以前、シュリガーラを作った場所だな。 最近、首途の所に入り浸ってたから来るのは久しぶりだな。
中は随分と賑わっていた。
手酷く痛めつけられた聖騎士や聖職者連中が大量に放り込まれており、最低限の治療しか施されていないのか苦しんでいる奴が多いな。
ファティマ、首途、ヴェルテクス、アスピザルは特に反応せず、夜ノ森は少し気の毒といった感じでちらちらと牢屋に視線を向けていた。 ちなみにメイヴィスは議事録の纏めがあるのでと早々に姿を消した。
目的地は地下の他より厳重な個室。 中へ入るとそいつが居たが――
「転生者か」
一目でわかる人型の虫っぽい姿。 黒っぽい配色に大きめの羽。
どう見ても転生者だが、何だったか――。
「多分だけど鈴虫だね」
あぁ、スズムシか。 そう言えばこんな感じだったな。
「――ひっ!?」
俺達が入るとスズムシは小さく悲鳴を上げて座っていた椅子から転げ落ちた。
随分と怯えているようで椅子を楯にするように隠れ、陰から怯えた目でこちらを窺っている。
「こいつに何をした?」
「いえ、大した事は――ただ、素直になって頂く為にちょっと他の方の尋問風景を見学して頂いただけです」
俺の質問にファティマは事も無げに答える。
「いや、尋問って――拷問の間違いじゃ……」
「がっはっは、見てみいヴェル坊! 多分、相当えげつない奴みせたなぁあれは」
「……そこで笑える神経が理解できないわ……」
アスピザルは軽く引いており、首途は楽しげに笑う。
ヴェルテクスは鼻を鳴らすだけで無言。 夜ノ森が引き気味で呟く。
「心を折るのはいいが、こいつはちゃんと喋ってくれるのか?」
震えるだけで口も利けん奴に価値はないぞ。
「えぇ、勿論。 喋らないようでしたら用事はありませんし、別室でのおもてなしに切り替えるだけですから」
「ひっ!? しゃ、喋ります! 何でも喋ります! 知っている事は何でも喋ります! だから、だから、拷問だけは勘弁してください!」
スズムシは這い蹲ったままこっちににじり寄り、近くに居た俺の足に縋りつき、ファティマから隠れるように必死に喋る喋ると連呼していた。
「あら素直。 では、聞き取りを始めましょうか」
「何か、気の毒になってきたね。 取りあえず、聞くこと聞いて解放してあげよう」
「――ひっ!? こ、殺さないで下さい、殺さないで下さい」
おい、何か勘違いして泣き出したぞ。 後、俺のズボンに変な汁をつけるの止めろ。 汚いだろうが。
瓢箪山 重一郎。
転生した後、早い段階でテュケに保護されオフルマズドで生活していたようだ。
その為、内情にはそれなりに詳しいようだが――
「まずは質問だ。 テュケのトップはアメリアって事で間違いないんだな?」
「は、はい。 少なくともあの人より偉いって奴は居ませんでした」
まぁ、トップにしてはフットワークが軽いのが気にはなったが、内部に居た奴が言い切るのなら間違いないと見ていいだろう。
蜻蛉女もくたばったようだし取りあえずは一安心と言った所か。
正直、それだけ聞ければ俺としては充分なんだが、他はそうでもないらしい。
「……テュケの目的は?」
次に質問したのはヴェルテクスだ。
確かに今一つ何がやりたいのか理解できん連中だったな。
「俺も詳しい事は聞かされてなかったんで、はっきりとは言い切れないけど……何か、遠くない内にでっかい災害みたいなのが起こるから、それに対する備えって聞いてた――っす」
災害……か。
「またそれかぁ、グノーシスの枢機卿も似たような事言ってたし、これは案外本当かもしれないね」
「遠くない内に世界が滅びるとか言うあれか?」
アスピザルの言葉に内心で同意する。
そう言えばアムシャ・スプンタもそれっぽい事を言っていたな。
どいつもこいつも終末論に染まり過ぎと楽観もできんか。 流石に言っている奴が多すぎる。
「で? その災害とやらの詳細は?」
「わ、分かりません。 ただ、必ず来るとだけ……」
「チッ、使えねぇな」
こいつが知らん以上、他に聞いても無駄だしな。
終末だか世界の終わりだかの詳細は分からず仕舞いか。 正直、そこまでの関心がないので、機会があれば知る事になるだろうし、来ると言うのならその時に対処すればいい。
「じゃあ次は僕からだね。 テュケのトップはアメリアって事は分かったけど、ならテュケ自体はどうなのかな?」
「どう言う事だ?」
「ほら、前にもちょっと触れたけどさ。 テュケって起こりからして胡散臭いんだよね。 だから、バックに大きな組織でも居たりするのかなって思ってさ」
……なるほど。 で? どうなんだ?
「あ、はい。 これも小耳に挟んだ程度の話なんですけど、元々テュケ自体がどっかの組織から暖簾分けみたいな感じで立ち上げたってのは聞いた事があります」
「ふーん。 で?その母体組織については何か知ってる?」
「い、いえ。 そこまでは……ただ、他所の大陸に同じように立ち上げた組織があるってのは聞いた事があるっす。 はい」
要は他所の大陸にも似たような連中が居るって事か。
移動する際は目を付けられんように注意しないとな。 下手に目を付けられたらまた皆殺しにしなければならんしな。 ダース単位をぶち殺すのはそんな手間ではないが、国を滅ぼすのは流石に面倒だ。
「肝心な事は分かりませんか。 使えねえ奴だな」
「ひっ!? す、すんません、勘弁してください! 本当に俺、知らないんすよ!」
スズムシ――瓢箪山は俺の足に縋りついたまま身を縮ませる。
「ちゅうか、このガキおもろいなぁ。 この場で一番ヤバい兄ちゃんに縋りついとるぞ」
「あの――瓢箪山君でいいのかしら? 悪い事は言わないからその人から離れた方がいいわ? 下手したら前振りなしで殺されるから、本当に離れなさい。 ね?」
首途が笑い、夜ノ森がやんわりと離れるように促す。
おいおい、お前達は人を何だと思ってるんだ。 まるで俺が脊髄反射で殺しているみたいじゃないか。
まぁ、いい加減鬱陶しいし、あんまりしつこいと殺すかな?
……取りあえず剥がすか。
涙やら鼻水らしき怪しい汁でぐちゃぐちゃになった顔で恐る恐る俺を見上げる瓢箪山を尻目に、俺は小さく嘆息してフォカロル・ルキフグスの柄に触れる。
魔剣は俺の意を受けて発光。 障壁を局所展開して瓢箪山を弾き飛ばす。
この魔剣は中々便利だ。 かなり細かく障壁を弄れるのでこういった真似もできる。
いっそゴラカブ・ゴレブを捨ててこいつをメインで扱ってもいいかもしれん。
正直、本音を言うなら聖剣へのカウンターとしての役割と首途の武器を吸収していなければ今すぐにでも捨ててやりたいぐらいだがな。
吹っ飛んだ瓢箪山は壁に激突して痛みに呻いている。
「さて、聞く事は聞いたか?」
他をざっと見回すが特に質問はなさそうだ。
仮にあったとしてもこの様子だと要領を得ん答えしか返って来んだろう。
用事は済んだし、疑問も最低限ではあるが解けた。 こいつはもう用済みだな。
「俺からは特に用はない。 ファティマ、処遇はお前に任せる」
「はい、では取りあえず梼原の下にでも付けて農作業でもやらせておくとしましょう」
……まぁ、良いんじゃないか?
聞けば、農作業は人手がいくらあっても足りんという話だし、取りあえず放り込む場所としては適当だろう。 他に何かできるならそれをやらせればいい。
それは他も同様だったようで、アスピザルや首途、ヴェルテクスに至っては露骨に興味を失っていた。
夜ノ森だけは心配そうに見ていたが、早々に退出したアスピザルを追いかけて出て行った。
俺もどうでもいいし、後は勝手にやらせておけばいい。
役に立つなら生かしておいて、そうでなければ――実験に使って殺処分だ。
そう考え、俺も瓢箪山という男に対する興味を失った。
そのまま、特に振り返る事もなく牢を後にして、思考はこの先の事についての事に占められ、瓢箪山の事は脳裏から完全に消え失せた。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




