548 「二陣」
続き。
空を汚す緑の毒が大地に降り注ぎ、侵略者の先兵はその毒の中でも勢力を衰えさせず転移によって増殖する。
このまま行けばオフルマズドは蹂躙されるのみだろう。
だが、それを良しとしない者達が居た。
グノーシス教団だ。
彼等はこの国で振える権限はそう多くはないがある程度の数の聖騎士、聖殿騎士、そして数名の聖堂騎士を抱えていた。
彼等がまず成すべきは事は民を救う事と、空を汚す害悪の排除だ。
その為に必要な物を使用する。 テュケのアメリアとの共同で開発した教団の新兵器。
巨大な全身鎧の形状をしたゴーレムに生きた信徒を内蔵。
その祈りを以って天使を降ろす。
ゴーレムを肉体の延長とする事で憑依の対象を拡大し、強大な戦闘力を獲得する。
アメリアが『天使像』と呼称するそれらは空を飛ぶ敵を相手に羽を震わせて上昇。
空から毒をまき散らす敵――マルスランへと向かっていった。
それを見送った男――グノーシス教団第三司祭枢機卿バイロン・チャド・アート・エイブラハムは続けて聖騎士達に指示を出す。
「まずは住民の避難と安全の確保が最優先だ。 聖騎士は毒除けの護符や魔法道具を必ず身に着けるように。 聖殿騎士、聖堂騎士は敵戦力の排除を、オフルマズドの兵達を援護する」
エイブラハムは淀みなく次々と指示を出す。
それを受けた聖騎士達は各々散って行く。 彼等の後姿を見送りながらエイブラハムは動揺を押さえつけるように拳を握る。
この状況は彼の埒外の出来事で、彼自身も戸惑いを抑えきれていなかった。
それを誤魔化す意味でも指示に集中していたのだが、脳裏にはどういう事だといった疑問が渦を巻く。
エイブラハムはオフルマズドの王からこの国の守りについての概要は聞いていた。
オフルマズドの防備は鉄壁と言って良い物だ。
外部からの侵入者がこうも容易く入って来るという状況は考えられない。
内通者でも居れば話は別だがこの国の特性上、そういった裏切り行為を働く者はまず現れない筈だ。
――にも拘らずこの現状。
情報は錯綜しているが、最初に騒ぎが起こったのはこの国の中央――王城付近。
闇色の光が城を破壊せんとしていたが、備わった防御機構がそれを防ぐ。
次いで戦闘の物と思われる爆発音や金属音が無数に響き、敵襲という事実をエイブラハムに強く意識させた。
正確な状況は不明だが、戦場が拡大している所を見ると敵は国中に散っていると言う事は分かる。
だが、分からない。 どこから敵は現れているのか? そしてどこの勢力に属している集団なのかが。
エイブラハムは不安を紛らわすように考える。
この大陸内でこれ程の戦力を用意できる勢力が居たという記憶はない。
そう考えるのなら心当たりは隣の大陸だ。 隣との窓口となっているクーピッドでは怪しい人の出入りがあるという噂を耳にした事がある。
そちらも随分と不穏な事になっており、何らかの目的を以ってこのヴァーサリイ大陸を訪れている事だけは理解できた。
もしやその勢力がオフルマズドに襲撃を?
エイブラハムはそう考えたが内心で釈然としない物を感じている。
仮にそうだとしたらどうやってこれだけの戦力を外から持ち込んだと言うのだ?
分からない事が多すぎる。
ちらりとエイブラハムは後ろを振り返った。 そこには大聖堂と聖剣を安置している神殿。
出来れば大聖堂――彼女を使うような事態は避けねば。
そう考えてエイブラハムは尚も広がる戦火を不安げに見つめ続けた。
戦火が広がり街が燃える。
正面から突入した第一陣が充分な戦果を挙げているという報告を受け、アブドーラは軋む様な笑みを浮かべた。 いよいよ自分の出番だと。
現在、彼がいるのはオフルマズドから離れた場所にある駐屯地だ。
振り返ると彼が率いるべき精兵達が同様に出番を待っている。
傍に控えているのは彼が選別し主に頼み強化されたゴートサッカー達とオークの王であるラディーブとトロールの王であるアジード。 それと今回の作戦目標へ向かう際に同行するアスピザル、夜ノ森、石切の三名に加え、騎獣のタロウとヴェルテクス。
そしてアブドーラの眼前に立ち並ぶのは完全武装のオークやトロールに加え、モノスやモスマンといった改造種の群れ、そしてその背後には植物の集合体が竜を象った植竜やタッツェルブルム。
永かったとアブドーラは思う。 永遠に来ないと思っていた機会に恵まれた。
親である古藤を殺した連中をこの手で捻り潰せる。 そう考えるだけで様々な感情が溢れ、頭がどうにかなりそうだった。
そしてこの機会を与えてくれた主に感謝を捧げる。
並んでいる部下を見やりアブドーラは小さく息を吐いて脱力。
「聞けぃ!」
そして鋭く叫ぶ。
並んだ部下達は表情を引き締め、アブドーラへと視線を集中。
「我等が攻め入る地に居る者共は将来、祖国であるオラトリアムを脅かす害獣である! これを先んじて潰す事はオラトリアムの安寧を守る事と同義! そして同時に精強さを見せつけ、オラトリアムに我等ありと示す絶好の場となる! 各々、奮起せよ! オラトリアム万歳!」
『オラトリアム万歳!!』
アブドーラが拳を突き上げ、他も唱和しつつ同様に拳を突き上げる。
「ロートフェルト様万歳!」
『ロートフェルト様万歳!』
「出撃!」
号令と共に設置された転移魔石が起動。
その場に居た全ての者が距離を無視して戦場へと移動する。
風景が一瞬にして切り変わり、そこはもうオフルマズドの戦場の只中だ。
ライリー達、第一陣がしっかりと仕事をしてくれたようで、事前に知らされた位置に彼等は現れる。
兵達に動揺はない。 全て予定通りだからだ。
アブドーラの視線の先では同胞たちが敵との死闘を繰り広げている最中だ。
敵は腐るほどいる。 その全てが親の仇かもしれない連中と考えると自然と足が動いていた。
「突撃、突撃だ!」
他も即座に続く。 急に現れたアブドーラ達にオフルマズドの兵達は僅かに動揺が走る。
目標地点への移動が急務だが、行きがけの駄賃だ。 蹴散らしてやる。
敵の動揺を見逃さずアブドーラは雄叫びを上げながら手近な敵に斬りかかった。
アブドーラ率いる第二陣の投入により、更に勢いを増す襲撃者――オラトリアム。
並大抵の軍であるならば第一陣のみで片は付いていただろうが、それを跳ね返せていないまでも踏み止まっているのはオフルマズドの戦力ならではだろう。
それでもオフルマズドの被害は拡大していく。
アラクノフォビアは街を縦横無尽に駆け回り、フューリーはその走破性を活かし国土を蹂躙。
歩兵たるオークやトロールは敵兵と戦闘を繰り広げ、手の空いた者は建物に火を放ち、逃げ惑う市民を後ろから斬りつける。 そしてシュリガーラ達は走り回りながら魔石をばら撒いて味方を次々と召喚、戦火を拡大させていく。
オフルマズドの兵達は民を守る為に後退する事が出来ず、不利と分かっていてもその場に踏み止まらざるを得ない。
加えて、何処からともなく現れる敵に戦力の分散を強いられ、安全な場所が何処かも分からない状況となる。 結果、兵達は民を守りながら逃げ惑う事を強いられる事となった。
このまま行けば徐々に削られると思われたが――
誤字報告いつもありがとうございます。
 




