547 「空戦」
続き。
「そろそろですか」
外との連絡が可能となり、門が開いたという連絡を受けたハリシャは臣装を身に纏った兵士と切り結びながら小さく呟く。
一先ず、自分の陽動と言う任務は達成された。
「<拝火>、<七舌>」
炎を纏った複数の斬撃が兵士達を襲う。
当然のように防がれるが隙が出来た。 それを突いてハリシャは腰のポーチから転移魔石を取り出して真上に全力で投擲。
門が開いた事により魔法的に隔離されていたこの国は開かれている。
その為、本来なら起動しない魔石は効果を発揮。 対の存在と入れ替える。
空中に現れた存在は――
「今こそ名誉挽回の好機! この僕の真の力を見るがいい!」
――マルスランだった。
だが、少し様子が違う。
鎧のような形状の外殻にやや変化が見られ、背には巨大な箱のような物を背負っている。
箱の背面から複数の筒が飛び出しており、落下する前に火を噴いた。
それは首途が作成した新装備の試作品。
マルスラン専用フライトユニット「コン・エアー」
フラットウッズの体内で可燃性の毒液を生成する特性を利用した装置で、マルスランと接続している部分から毒液を吸い出して内部で燃焼。 燃料にして推進力に変換。
補助に<飛行>の魔法が付与された魔石を搭載しているので、見た目以上の機動性と旋回性能を実現した。
そしてこの装備最大の持ち味は――
「ははははは! 僕の新たな力を喰らうがいい! マルスランミサイル発射!」
コン・エアーの上部が開き無数の筒状の物体が垂直に飛び出す。
筒は同時展開された<照準>の影響を受けて不規則な軌道を描き、空中で炸裂。
中に入っていた濃縮した毒液を盛大にぶちまける。
毒々しい緑の霧がゆっくりと市街地に落ちていく。
騒ぎを聞きつけ、外に居た住民達が緑の霧に触れると――いきなり血を吐いてバタバタと倒れた。
コン・エアーの攻撃機能。 上部についたそれはミサイルポッドだ。
魔力の供給を受けた魔石が土魔法で筒を形成。
内部にマルスランから吸い上げた毒液を充填。 風系統魔法で射出し、<照準>で軌道を操作して発射後、一定時間の経過で炸裂。 内部の気体化した毒液を散布。
防御手段がない者は触れればすぐに死ぬ強力な物なので、市街地の殲滅に凄まじい効果を発揮する。
街のあちこちで発生する死体を見てマルスランは哄笑を上げた。
「はーっはっはっは! みたか! これだけ仕留めているのは、いや、仕留められるのは僕だけだ!」
これで一番手柄は自分の物だ。 何故なら雑魚とは言えこれだけの敵を仕留めたのは恐らく自分だけ。
やった! やったぞ! これならロートフェルト様もお喜びになられるに違いない。
ざまあみろ! イフェアスも他の連中も皆、出し抜いてやったぞ!
そんな事を考えながらマルスランはミサイルをばら撒いて毒ガスを散布。
永かった。 本当に永かったとマルスランは思う。
何故か、運悪く、不幸が重なり失敗が続いていたのだが、ここに来て挽回の好機が来たのは偏に自分の実力――いや、時代が自分に追いついたからだろうと確信。
アラブロストル=ディモクラティア国立魔導研究所攻略作戦での失態で、ファティマに想像を絶する折檻を受けた後、研究所内での雑用を行っていたのだがある日、首途に声をかけられたのだ。
新装備のモニターにならないかと。
首途作の装備はオラトリアム内でも非常に評判が良く、需要が非常に高い。
その首途が作成する新装備。 これは自分の価値を証明する好機と見たマルスランは二つ返事で了承。
こうして新装備であるコン・エアーのテストを引き受ける事になった。
テストは中々難航した。
体液を燃料に変換するといった構想は早い段階で固まったのだが、内部機構の造りが甘く何度も循環させた毒液が内部で爆発し自爆を繰り返すといった苦労を潜り抜け、遂に実用段階まで漕ぎ着ける事が出来たのだ。
そしてマルスランに与えられた任務は空中からの毒ガス散布による虐殺。
味方には事前に予防接種を施しているので効果がなく、いくら毒をばら撒いても味方には一切被害が出ないというのでしくじりようがない。
加えて敵方に航空戦力がないのでやりたい放題だ。
マルスランは最高の気分のまま次のミサイルの準備を――
「――っ!?」
咄嗟に急旋回して回避。
何かが通り過ぎる。 明らかに魔法による攻撃だった。
マルスランがそちらを見やると何かが羽を広げて空へと飛びあがっているのが見える。
場所はグノーシス教団の教会付近。
上がってきたのは異様な存在だった。 大きさは魔導外骨格よりやや小さいが、人間のサイズを逸脱した全身鎧。 背には天使の羽。
それぞれ弓矢、剣、槍等で武装しており、背には青のマントに肩にはグノーシス教団のエンブレム。
事前情報にはなかった敵の航空戦力だ。
それを見たマルスランは内心で笑みを浮かべる。
「ふ、ちょうど雑魚処理には飽き飽きしていた所だ。 ここで潰して更なる手柄に変換してくれる!」
纏めてかかって来い。
この空を支配しているのは自分だとマルスランは腰の剣を抜き、背のスラスターを操作。
燃料を爆発させ推進力へと変換。 現れた敵へと猛然と突っ込んでいった。
そこにはゴブリンが居た。
数は四人。 場所は暗くて広い場所。
首にはプラチナで出来たプレートがぶら下がっている。
彼等は血の滲む様な訓練と過酷な試練を潜り抜けた者達だ。
万感の思いを胸に目の前に存在する巨大な影を見つめていた。
これだけを、これだけを求めて彼等はここまでやってきたのだ。
ゴブリン達は他種族に比べ体格に恵まれず、弱い。
そう生まれた以上、努力によってある程度はどうにかなるが体格や種族と言う絶対的な格差は間違いなく存在する。
彼等はどうにもならないと理解はしていたが、強い肉体に対する憧れ――執着と言って良い物は間違いなくその胸に存在していた。
魔導外骨格はそんな彼等の希望を間接的にではあるが叶える物だ。
そして――最難関の試験を突破した者にはこの機体を任せると首途が見せたそれを先頭に立つゴブリン――ニコラスと言う名のゴブリンは夢にまで見たその機体を見上げる。
通常の機体から大きく逸脱したその威容。
遂にその力を自由に振るう事が出来る。 ニコラスはこの為に自分は生まれて来たのではないのかと確信できる程にこの瞬間に運命を感じていた。
通常なら二人で一機を操るのが基本だが、この機体は倍の四人での操作を要求する化け物だ。
乗りこなす為の訓練は十二分に積み、作戦目的や現地での行動も頭に叩き込んだ。
――後は往くのみ。
ニコラス達は興奮に胸を高鳴らせながら機体に乗り込み、その時を待ち続けた。
その時は近い。
誤字報告いつもありがとうございます。
……お前は一体どこへ向かっているんだ……。
 




