538 「移動」
続き。
食料の配給を終え、十枝内の粘つくようなスキンシップに耐えたアールは名残惜しそうにしている視線に気付かない振りをして次の場所へと向かう。
この国では荷物の移動は馬車だが、個人の移動は魔力駆動立ち乗り二輪車――最近開発された魔法道具で正式な名称は近々付けられるらしい――に乗って移動する。
形状は板に車輪が二つ。 そして方向転換に使用するハンドルのみとシンプルなデザインだ。
アールはこれがとてもお気に入りだった。
動力に使用している魔石に魔力を送り込むだけで動くので、そこまでのスピードは出ないが移動がかなり楽になる。 今は一部の国民や業務用として支給されているが、ゆくゆくは国民全体に行き渡るだろう。
これもアメリア達の開発した物だと言うのだから凄いとアールは素直に尊敬した。
向かう先は国の南部。 食料生産を行っている部署で彼の職場だ。
オフルマズドの南側は比較的、開いている土地も多く、兵士の訓練場や大規模な軍事演習を行う広場もある。
訓練の一環として農作業を手伝ったりしてくれているので、防衛と攻衛の部署はアールにとっては良きお隣さんだ。
王城から離れ市街地を抜けると開けた場所に出る。 訓練場だ。
兵士達の掛け声や、訓練による剣戟の音が聞こえて来る。
「お、アールじゃないか。 おーい!」
声をかけられたのでアールは二輪車を停止させて返事をする。
訓練場から彼の方へと歩いて来たのは、二十代半ばの女性――彼の同僚でもある攻衛将軍レベッカ・シエラ・スペンサーだ。
肩口で綺麗に切りそろえられた髪に女性としてはやや高い身長に、良く鍛えられている筋肉質の体躯。
訓練や王の前に立つ際などは毅然とした態度を取るが、こうして道で出会うと気さくに話しかけてくれるのでアールとしては付き合い易い相手だ。
「こんにちはスペンサー将軍」
「公の場でもなきゃレベッカでいいって、こっちもアールって呼んでるしね」
「えぇっと、はい、れ、レベッカさん。 どうもです」
アールは少し照れながら言い直す。
女性を名前で呼ぶのに慣れていないので少し恥ずかしいようだ。
レベッカはそれを見て苦笑。 昨日今日の付き合いじゃないのにこの少年は変わらないなと少し微笑ましく思いながら、用件を切り出す。
「そろそろ収穫の時期だろ? 良かったらウチのを使うかなって思ってさ」
「あ、助かります。 ちょうど声をかけようと思ってたんですよ」
「ケイレブの所と被らない?」
「そっちは大丈夫です。カールトン将軍の所は魔導外骨格の習熟訓練で忙しいみたいで、あんまり人手が割けないってわざわざ謝りに来てくれて――」
「律儀な男だねぇあいつも」
話題に上がったのは防衛の長たるケイレブ・カールトン将軍の事だ。
生真面目な男なのでアールにも対等の立場で接しており、仲は悪くない。
防衛戦力として魔導外骨格の導入が進んでいるので、色々と忙しいようだ。
「それだけ魔導外骨格が難物と言う事でしょう」
「――ま、だろうね。 あたしも見せて貰ったけどアレは大した物だよ。 装甲にタイタン鋼を使ってるから並の剣や魔法は通らない。 狙うとしたら関節だろうけどあのデカブツ相手に接近戦はちょっと怖いねぇ」
「視野がそんなに広くないから懐に入られると見え辛いって話を聞いた事があるので、寧ろ接近戦の方が勝ち目があるかもしれませんよ?」
アールの言葉にレベッカがそうかねぇと頭を掻く。
巨体とそれに見合った重量は武器となる。 圧し掛かられでもしたらどうにもならないだろうとレベッカは考えていた。
ただ、弱点も多い。
先程、アールの挙げた視野の狭さに始まり、動きの鈍重さが大きな欠点だ。
そのお陰でレベッカの部署には配備されていない。
彼女の部署はこの国の剣である機動部隊だ。 現状、出番はないが、有事の際には真っ先に敵へと斬り込みこれを殲滅する。
その為、足の速さは必須となるので、鈍重な魔導外骨格とは致命的に相性が悪い。
「というか、アレって足の遅さどうにかならないの?」
「技術的な話はアメリアさんに聞かないと何とも言えませんが、どうなんでしょうね? 個人的には僕が使っているこれ――二輪車みたいに車輪付けたらいいような気もしますが……うーん、重さか何かの問題でできないのでしょうか?」
「その辺はあの女が解決するでしょ」
アメリアの話が出るとレベッカの口調がややぞんざいになる。
彼女自身、アメリアの功績は認めているが、オフルマズドにとっての異物と見ており、快くは思っていない。
この地を守護する将軍の大半は彼女と同じ見解だ。
オフルマズドは選ばれた民の集う地である。 それ故、選定真国と名乗っているのだ。
その地に選ばれていない者が存在する事はレベッカ達からすれば、歓迎できない事だった。
基本的に彼女は同胞たる国民には気さくな女性だが、あくまでそれは同胞のみでそれ以外の者はその限りではない。
国内で該当しないのはグノーシス教団とテュケの両組織。
彼女は彼等を一切信用しておらず、何かあればすぐに排除できるように監視まで付けており、他の将軍はそれに対して一切の苦言を呈しない事が部外者に対するこの国の姿勢を物語っている。
アールはまだ将軍になってまだそこまでの年季が入っていないので、その思想に染まり切ってはいないが、そう在るよう求められる事を理解はしているので彼女の態度を咎めるような事はしない。
「そうですね。 この国はそう遠くない内に完成します。 その時に備え、少しでも力を蓄えておくべきです。 部外者であるアメリアさん達を滞在させているのは恐らくですが、王もそうお考えだからではないのでしょうか?」
「……そう、かもね。 色々と一区切りが近い事もあるし、ちょっとピリピリしてたのかねぇ」
納得はできないが理解はしたといった表情のレベッカにアールは笑みで返す。
「食料の自給率もそろそろ目標に達しそうだし、もうひと踏ん張りです。 お互い頑張りましょう」
アールの言葉にレベッカは苦笑。
「では僕はそろそろ仕事に戻りますね」
「あぁ、引き留めて悪かったね」
アールはいえいえと首を振って二輪車に乗りこみ、レベッカに小さく手を振ってその場を後にした。
彼には仕事があるのであまり悠長にはしていられない。
話し込んでしまったので彼はやや急いで自分の管轄地へと向かった。
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