534 「奏上」
別視点。
選定真国オフルマズド。
巨大な壁に囲まれ空中は魔法による障壁により外からは内部の様子は一切窺い知れない。
その為、国民以外の誰も中の様子を知る事が出来ないのだ。
障壁の向こうには白亜の街並みが広がり。
その中央には権威の象徴たる巨大な城が鎮座している。
城の内部にして最上階に位置する玉座の間。
そこは広い空間に床には青を基調とした絨毯、壁には国旗となる船をモチーフとしたエンブレムが等間隔で吊り下げらている。
そしてその場にはこの国を支える将達が一堂に会していた。
これは定期的に行われる王への報告会。 皆、緊張した面持ちで最奥に目を向ける。
そして空間の奥には玉座があるが、その手前には幕が垂れ下がっておりその姿は輪郭しか見えない。
「奏上致します!」
そう言って最初に前に出たのはまだあどけなさが残る少年と言って良い年齢の人物だ。
身長はやや低く華奢だが、その服装は仕立てのよい青と白を基調としたこの国で正式採用されている軍服であり、胸には階級を示す階級票が縫い付けてある。
アール・ジェル・ダグラス。
オフルマズドの農政将軍と言う地位に立っているこの国の農耕を司る責任者だ。
「我が国の食料自給率は現在、七十二パーセントとなります。 野菜などの作物に加え、フォンターナ王国から仕入れた水稲の導入により今年内には八十パーセント近くまで上がる見込みとなります」
オフルマズドの南部は様々な農耕や牧畜を行い、食料の大量生産と研究を行っている。
長年の研究が実り、食料自給率は年々上昇。 当初は輸入に頼らなければならなかった食糧事情は大幅に改善し、今では一部の品目を除いて完全に自国で賄っている。
報告を終えたアールは幕の向こうでシルエットが頷くのを見て、一礼して下がった。
「奏上致します」
次に前に出たのは大柄な男だ。
服装はアールと同じ軍服。
歳はまだ三十手前と言う事もあって顔にはまだ精気が溢れている。
ケイレブ・カールトン。
オフルマズドの防衛将軍という地位に付いている男だ。
文字通り、この地の防衛を司っている。
「工場の完成により、魔導外骨格の製造と配備は順調に進んでおります。 現在、予定の半数――二千五百機の配備が完了しております。 残りは予定通り来年中には完了すると思われます!」
アラブロストル=ディモクラティアで開発された魔導外骨格。
それを研究、改良された新機種が現在、防衛戦力として配備されており、その為の工場も建造されて続々とその数を増やしている。
報告が終わった所で再度、王のシルエットが頷く。
それを見たケイレブが一礼して下がる。
「奏上致します!」
次々と軍服を着た将軍の肩書を与えられた者達が、担当部署の進捗を報告していく。
一通り報告が終わると今度は毛色が違う人物が前に出る。
白い法衣に身を包んだ男で、首にはグノーシスのシンボルたる首飾り。
落ち着いた雰囲気で前に出ると小さく一礼。
バイロン・チャド・アート・エイブラハム。
グノーシス教団第三司祭枢機卿。 この国におけるグノーシス教団の聖騎士を取り纏める長だ。
「何用か?」
ここに来て国王が初めて口を開いた。
エイブラハムは真っ直ぐに玉座に視線を向ける。
この国にはグノーシス教団は根を張っているが勢力としては弱い。 その理由はこの国がグノーシス教団との交流を最小限に留めているからだ。
本来なら国内に入れる気はなかったのだが、教団本国からの支払いを受ける為の条件と言う事で、限定的に受け入れると言う事となった。
その為、部外者である教団の聖職者や聖騎士は最低限の人数のみ駐留している。
それでも数百人規模なので勢力としては決して無視できるレベルではないのだが、他国に比べれば少数だろう。
外部との連絡も制限されているので、この国は例外として枢機卿が二人しかいないのだ。
司祭、司教枢機卿の両名のみで、助祭枢機卿は連絡要員として国外に置くといった形となっており、聖堂騎士の数も少なく、権限も国内では弱い。
本来ならこの場に呼ばれる事すらできない立場だが、今回は無理を言って参加したのだ。
そしてその用件は――
「まずはこの国の躍進を心からお慶び申し上げます。 我々グノー――」
「世辞はいい。 言いたい事があるなら口にせよ」
王の言葉にエイブラハムは沈黙。
ややあって表情を消す。
「伺いたい事があります。 王よ、貴方はこの地の北方に位置する場所にある「アーリアンラ」と言う地をご存知ですか?」
「辺獄の領域」
殆ど間を開けずに回答が返ってきた。
北方――正確には北東部に存在する辺獄の領域「アーリアンラ」。
「知っておられると言うのなら話は早い。 先日、大陸中央部で同じ領域のザリタルチュから辺獄種が漏出した事件はご存知ですか?」
「……」
返事はないが、エイブラハムは構わず続ける。
「辺獄の領域はその全てが何らかの形で繋がっております。 つまり一ヶ所に何かがあれば他も影響を受けると言う事。 特に同じこの大陸内ではその影響は大きい」
王は特に反応しない。
エイブラハムはその反応に若干苛立ちながらも話を続ける。
「実際、この大陸最北端のウルスラグナ王国にあるバラルフラームでは、漏出こそ起こってはいませんでしたが、魔剣の力は増大していたと聞きます。 ですが、この地ではそれが一切なく、そもそもアーリアンラから魔力の反応が感じられない。 つまりはあの地は既に閉じている」
沈黙。 エイブラハム以外誰も口を開かない。
その雰囲気に嫌な物を感じていたが彼は立場上、問わねばならなかった。
グノーシス教団はザリタルチュの一件以来、他の場所で同様の事件が起こらないかを警戒して定期的に調査を行っていたのだ。
だが、報告ではアーリアンラには一切変化が起こっていない。
教団は最終的にここは既に閉じているという結論を出した。
つまりはこの地の魔剣は既に失われていると言う事だ。
なら、どこへ消えたのかという疑問が出て来る。
最も怪しいのはこのオフルマズドだ。 ただ、いつの間に魔剣を手に入れたのかという疑問が湧く。
「王よ! もしこの国で魔剣を秘匿していると言うのなら、どうか我がグノーシス教団に引き渡して欲しい! アレは危険な物です!」
エイブラハムは内心で焦っていた。
もし本当に魔剣を手に入れているのだとしたら、高い確率で聖剣を扱える存在が居るからだ。
だが、それはおかしい。 この国に存在する聖剣――エロヒム・ザフキはこの城の近くにある神殿に安置されたままのはず。 それが意味する事はこの地にもう一本あるか、安置されている聖剣が偽物かだ。
王は何も答えない。
エイブラハムは尚も言い募ろうとするが、ケイレブが前に立ち塞がる。
「エイブラハム枢機卿。 王は答える必要がないと仰られている。 その意味を理解できぬわけではありませんな?」
「……ですがっ!」
エイブラハムは言いかけたが、思い直して息を整える。
この国に身を置いた時点で彼は王に逆らえない。
「失礼……致しました。 ですが、魔剣は手にした者に破滅を齎します。 その事を努々お忘れなきよう……」
「下がれ」
王の言葉でエイブラハムはその場から退出する事となった。
ケイレブが列に戻ったと同時にこの場で発言をしていなかった最後の一人が前に出る。
誤字報告いつもありがとうございます。




