528 「帰還」
十七章開始。 よろしくお願いします。
視点戻ります。
「いやーこの転移魔石って本当に便利だね。 大陸の南部から北端まで一瞬だなんて今でも信じられないよ」
アスピザルがそんな事を言っているのを尻目に俺は久しぶりにオラトリアムの地を踏む事になった。
転移個所はシュドラス山を越えた先にある森――その一角に用意された物資の集積場だ。
基本的に転移先は安全の為、ここに設定している。
そしてオラトリアムの中央部分――屋敷などに繋がる転移魔石はシュドラス城等の重要施設内に隠すように設置してあるようだ。
俺、ヴェルテクス、アスピザル、トラスト、サベージはそのままシュドラス城まで移動して再度転移。
屋敷へと戻る。
戻った先ではファティマや屋敷の使用人、後は奴のコピーの一人――ヴァレンティーナがいた。
「おかえりなさいませ。 ロートフェルト様」
俺はあぁと頷いて屋敷へ。
「じゃあ、僕は一度家に帰るね! お疲れ様!」
「約束を忘れんじゃねぇぞ」
取りあえずここで解散となるのでアスピザルとヴェルテクスはそう言って各々家へ、トラストは小さく会釈して訓練場へ、サベージは荷物を降ろして屋敷の裏へと歩いて行った。
俺は魔剣以外の余計な荷物を使用人に預けて飯、風呂の過程を経てさっぱりした所で領主の執務室――要はファティマとヴァレンティーナが共同で使っている仕事部屋だな。
ソファーに座りファティマが対面にヴァレンティーナはその後ろへ着く。
ちらりと一瞥。 確か最後に見た時は俺と同じ顔にしていた筈だが、こちらがデフォルトと言う事か。
だが、ファティマの妹にしては背も高いしスタイルもいい。
服装と体形は化ける時を意識してやや大きめにしているのか。 顔の造形などもファティマと似たようなパーツの配置と形状だが、随分と中性的だ。
人格は違うが記憶と知識のベースは同じはずなのにここまで差が出るのは面白い事例だな。
俺の視線に気づいたヴァレンティーナは何故かファティマをちらりと見た後、額から汗を滲ませていた。
……何だ? 緊張でもしているのか?
良く分からんがどうせ話す相手でもないしどうでもいいな。
「さて、呼び戻した理由だが、オフルマズドの件だろう?」
「はい、事前に調査を行った結果、今までのようにはいかないと判断せざるを得なかったので、こうして一度、お戻り頂きました」
それは何となくだが理解していた。
今まで得た記憶や知識からもそれは簡単に推測する事が出来たのでこうして素直に戻ってきたのだ。
まずは場所がはっきりしているのに内部の情報が全く出てこない。
この事実からあの国はかなり高いレベルでの情報の秘匿を行っており、外部から内部の様子を探られない何らかの措置を施しているのだろうと推測できる。
つまり内に入ってしまえば、身を隠す場所としてはこれ以上の物はない訳だ。
そうなるとテュケの本部としてはほぼ決まりとみていい。
ヴェルテクス、アスピザルと約束している以上、居た場合は殲滅作戦に連れて行く必要がある。
後は居るという確証さえつかめればゴーサインを出せばいい。
「現在、調査中ですので全てがはっきりするまで少々お待ちいただきたいのです。 ですが、攻める場合にはかなりの戦力が必要と言う事だけは確実かと」
……なるほど。
要は情報が出揃うまで待てと。
まぁいい。 戦力が必要と言う事なら少し協力してやろう。
首途の所にも寄りたかったしな。
「話は分かった。 取りあえず首途の所に行くから必要があれば声をかけろ」
そう言って俺はテーブルに用意されていた茶と果物を全部平らげてからその場を後にした。
屋敷の庭で寝ていたサベージを蹴り起して跨り、ライアードの方へ向かうように指示。
目的地は旧アラブロストル=ディモクラティア国立魔導研究所――今は首途家か。
サベージの足ならそう時間はかからないだろう。
流れる景色を見ると随分と手広くやっているのが分かる繁栄ぶりだ。
牧場が視界に入り、アウズンブラが草を食んでいるのが見える。
それを越えると――教会? はて?と思ったがややあって思い出した。
確かサブリナの家だったか。 奴は教会があった方が落ち着くとか言って自腹で用意したらしい。
まぁ、実害がある訳でもないし好きにしたらいい。
教会を通り過ぎ、少し行くと施設が見えて来た。
最後に見たのは転移前か。
首途が手を入れる前だった事もあり随分と様変わりしていた。
一番の差異は空いていた区画にできた巨大な運動場だろう。
そこでは魔導外骨格が複数、マラソンをしたりアスレチックに挑んだりしていた。
報告にあったな。 確か教習所だったか。
ゴブリンに扱わせる為の訓練施設として開放しているらしいな。
成果は出ているようで、魔導外骨格は器用に走ったり武器を振るったりしていた。
明らかにアラブロストルの連中が使っている時より動きが良い。
聞けばライセンス制にして習熟度合いを明確にしているので、高いレベルで機体を操れるのは連中の間ではちょっとしたステータスのようだ。
施設に近づくと勤務している連中が俺に気付き、首途を呼びに行ったらしい。
待たされるかなとも思ったが、首途は工場らしき施設から転がるように飛び出して来た。
「おお! 兄ちゃんやないかー!」
凄まじいスピードでこちらに突っ込んで来た首途は嬉しそうに両手を広げて抱きしめて来た。
「ひっさしぶりやなあ! 元気しとるか? 飯ちゃんと食っとるか?」
バシバシと背中を叩かれる。
抱きつくな。 硬いし何か刺さってるんだが――
「お互い積もる話もあるやろうし場所変えよか? ささ、こっち来ぃ」
ややあって満足したのか首途は身を離して手招き。
俺は頷いてその辺に居る奴――何故か居たマルスランにサベージを預けて首途の背を追う。
一番デカい建物に案内され、元々所長室だったであろう広い部屋へと通されて茶を出された。
ソファーに腰を下ろし、首途は対面に座る。
「さて、まずは例の魔剣っちゅう奴を見せてもらおか?」
「あぁ、ザ・コアの件は済まなかったな」
謝罪をしながら魔剣を腰から抜いて見せる。
赤黒い刃が魔力を垂れ流して妖しく光っており、首途は興味深いといった様子で眺めていた。
「ほぅ、こいつがそうか。 見た感じからしてヤバそうやなぁ」
手を伸ばすが触れる直前に弾かれる。
「痛っ、持ち主以外には触れんようになっとんのか。 こりゃ黙らせる方法探さんと剥がせへんな」
「そっちは問題ない。 一応、剥がす方法に心当たりがある」
「そう言えば何かいっとったな。 なんやったか――アレやろ? バラルフラームっちゅう所で回収された魔剣を縛っとる鎖と鞘やったか?」
……何だ知っていたのか。
まぁ、俺自身も報告で聞いただけなので、現物を見ていないがウルスラグナの王城でそれらしき物を確認している。
魔剣や聖剣を封じる手段は間違いなく存在はするだろう。
「ザ・コアの機能はそのまま使えるっちゅう話やし、剥がせん以上はどうにもならんか。 まぁ、一応は別の手を考えとるから後でちょっとついて来てぇな」
「あぁ、分かった。 それと俺の方からも少し用があってな」
そう言うと首途は首を傾げた。
「何や何や? 兄ちゃんの事や、何かおもろい事か?」
「あんたにとっては中々面白いかもしれんな。 何処かに人が寄り付かない開けた場所はあるか?」
そう言って俺は席を立った。
誤字報告いつもありがとうございます。




