499 「紛者」
別視点。
書類を片付け終えた私――ファティマは軽く伸びをして関節を解しました。
妹達が居るので負担が減っており、仕事や書類が溜まるような事がなくなったのは大変喜ばしい事ですね。
座っている執務椅子に背を預けてぼんやりと天井を眺め、脳裏では何か処理が必要な案件はないでしょうかと思案します。
こういう時はリストにチェックを入れるように一つ一つ考えて行くと思考も整理されるので落ち着きますし考えも纏まり易い。
まずは獣人国の近くに建造中の採掘都市だ。
そろそろ名前を考える必要があるが、次の定期連絡の時にロートフェルト様に相談するとしましょう。
既に街としての体裁は整っており、採掘作業も進んでいますがまだまだ手がかかります。
首途が製作した安全帯を使用しての懸垂下降でゴブリンの工兵を降ろし、切り出した魔石を作成した魔力駆動のクレーンで釣り上げる事によってオラトリアムは大量の魔石を得ることに成功しました。
品種改良したゴブリンは中々優秀ですね。 本来、そこまで知能が高くない種があそこまでの働きをしてくれるのは嬉しい誤算でした。
ゴブリンは元々、小柄で人間に比べれは非力ですが手先が中々器用で細かい作業には向いているので正しく指導しそれを理解できる知能さえあればいい働きをしてくれます。
お陰で採掘作業は予定より順調に進んでおり、色々と前倒す事になるでしょう。
それに、興味があるのか街を訪れる獣人や商いをしたいと思っている商人への対応もあるので、いい加減に誰か責任者を据えたい所ですね。
魔石の採掘はオラトリアムの今後を考えれば、かなり重要な事業とも言えるでしょう。
早い段階で都市化を済ませ、警備面で安心できるのであれば転移魔石を使用した転送設備を作って即座にこちらへ輸送できる体制を整えたいですね。
現在は森に作った拠点に運び込んでそっと転移させると言う手段を取っているのですが、いい加減に人目を気にするのも面倒という事もありますが、手間を減らせれば輸送の回転も上がるので便利です。
そうなると責任者は信用のできる者を付けたい所ですが……。
候補はそう多くない。
ケイティとグアダルーペはまだ動かせない以上、メイヴィスしかいませんね。
そうなるとオラトリアムの管理ですが――あの娘を使うとしましょうか。
私はふうと小さく溜息を吐いて自室を後にしました。
屋敷の廊下を歩いていると――
「やぁファティマ。 君は今日も美しいね」
――ロートフェルト様の紛い物が居ました。
「必要でもないのに私の前でその顔を見せるなと言ったはずですが?」
「つれない事を言わないでくれないか? これでもさっきまで近隣の領主や商人達への顔見せで割と疲れているのだが、君には疲れた夫を――」
そこで紛い物が口を閉じます。
私が無言で手を翳したからでしょう。
「――悪かったよ。 姉上。 悪ふざけが過ぎた。 一応、言い訳させて貰うと本当についさっき帰ったばかりでこれから戻す所だったんだよ」
紛い物は小さく肩を竦めるとその体が変化。
金だった髪は燃えるような赤毛へ変わり、身長が一回り程縮みます。
最後に胸が大きく膨らんで顔が元に戻りました。 私に似た顔だちではありますが、やや中性的な印象を与える造型のその娘は私の妹の一人。 名前をヴァレンティーナ・ニア・ライアード。
妹達の中でロートフェルト様の影武者としての役割と能力を与えられた存在です。
身長は私を含む姉妹の中で最も高く、肉付きも良い。
当初は殆ど変わりませんでしたが、体格を弄っている内に今の姿に落ち着いたようですね。
「さてさて、それで? 僕に何か用があったんじゃないのかな?」
ヴァレンティーナはふむとシニカルな笑みを浮かべました。
「当ててみようか? そろそろメイヴィスの代わりもやれと言った所かな? 聞けば採掘都市の方は随分と上手く行っているようだし、付きっきりで面倒を見たいと考えているのだろう?」
「……話が早くて助かります。 貴女にはこの後、メイヴィスの仕事を引き継いで貰う事になります」
「やれやれ、人使いの荒い姉上だ。 了解だよ。 この後すぐにメイヴィスの所で話をすればいいかな?」
「えぇ、期間は――」
「一週間以内でどうだい?」
人を食ったような態度ですが、私の妹と言う事だけあってその能力は本物です。
任せても問題ないでしょう。
「それで問題ありません。 引き継ぎに当たって何か必要な物はありますか?」
ヴァレンティーナは少し考えるような素振を見せるとややあって笑みを浮かべました。
「だったらそろそろ女物の服が欲しいな。 普段影武者をやってはいるがこれでも乙女だ。 こう、可愛らしい服や綺麗なアクセサリーで着飾ってみたいのだがどうだろう?」
「……それは必要な物なのですか」
「勿論さ。 ご褒美があれば僕のモチベーションが上がる」
終始この調子なのでこの妹は余り好きになれません。
ですが、有能なのは確かなので業務に支障が出ないのであれば好きにさせています。
「あぁ、そう言えば一つ確認しておきたいんだが、例の研究所も僕が管理する事になるのかな?」
この妹は本当に話題選びが的確ですね。 微かな不快感が湧き上がります。
私が何かを言う前にヴァレンティーナはまた肩を竦めました。
「まったく、姉上は分かり易いな。 別にロートフェルト様はあの転生者に懸想している訳じゃないんだ。 もうちょっと寛容さを身に着けるべきじゃあないかい?」
「――こ――」
「やきもちを焼く姉上は可愛いけど、ほどほどにしとかないとあの方に嫌われてしまうよ?」
私が何かを言う前にヴァレンティーナは小さく笑うと踵を返して来た道を戻って行きました。
「……」
何度か深呼吸して感情の振れ幅がなくなるのを待ちました。
落ち着いた所で私も踵を返して部屋へと戻ります。
どうもあの娘と話すと調子が狂う。 ヴァレンティーナは事あるごとにああやって私に揺さぶりをかけて来るのでいい加減に慣れるべきなのですが……。
溜息を吐きます。
この調子だとしばらくかかりそうですね。
歩きながら考えるのは近い将来に起こり得る事への備えです。
対処法は分かり切っているので、やる事は単純。
戦力の拡充だ。 首途には打診してあるし、その為の準備も進んでいる。
オークやトロール兵の訓練も進んでいると報告を受けているので、そろそろ実戦を想定した大規模な合同訓練を行うべきでしょう。
歩きながら色々と考えていましたが――少し疲労もありますし休む事にしましょうか。
そう決めた私は早足に部屋へと向かいました。
誤字報告いつもありがとうございます。
ヴァレンティーナ:赤妹。 趣味はファティマをからかうという不発弾叩き。
 




