492 「浄炎」
別視点。
聖女達の攻勢に武者は一歩も引かずに渡り合う。
聖堂騎士、聖剣、そして天使による権能。 それだけの手段を用いても武者の闘志は衰えない。
何故なら彼の信念が自らに折れる事を許さないからだ。
聖剣の光は武者の身を焼き、その力を刻一刻と弱らせ、天使の権能はその斬撃の悉くを防いでいた。
攻防を繰り返しながらも武者は悔しさに歯噛みする。
悔しくて仕方がない。 だが、それよりも怒りが勝った。
仲間達が眠る地に土足で踏み込んで来る連中に怒りを覚えた。
それが恥知らずにも教団の名を冠した輩だった事に怒りを覚えた。
図々しくも自分達の目の前で聖剣を――よりにもよってエロヒム・ツァバオトをこれ見よがしに見せびらかしている女には怒りを通り越して殺意すら覚えた。
それ以上に自分の不甲斐無さと弱さに腹が立つ。
弱いから長年連れ添った愛刀の片割れを失い、弱いからあの程度の聖剣ごときにここまで圧倒され、弱いから天使の権能一つ突破できない。
そして何より――
弱いから戦友との約束すら守れなかった。
あの強い、とても強い戦友との必ず果たすと誓った約束さえ。
彼は命亡き心で感情を燃やす。
誓ったのだ戦友と。 最期まで戦い抜くと誓ったのだ。
武者は在りし日のことを思い出す。
ある男が居た。 肥大したプライドの所為で自分は強いと錯覚していた愚か者だった。
自らを剣神と謳い、傲慢にも最強を自負し、自分こそが絶対だと信じて疑わなかった。
恐らくあのままであったのなら、今の自分はなかっただろうと彼は思う。
そんな愚か者を殴り飛ばして目を覚まさせた男が居たのだ。
異なる世界からの稀人――転生者と呼ばれる存在で、最初は青臭い小僧だとしか思わなかった。
その者は自らの運命と立ち塞がる障害を仲間との絆と徒手空拳で切り抜けた真の強者。
自らの信念を貫徹したその姿は眩しい位に力強かった。
少なくとも独りで刀を振り回して粋がっているような奴とは比べ物にならない程の強い男だ。
武者は思う。 自分もそう在りたいと。
あのマフラーをはためかせた大きな背に近づこうとして自分は変われた。
男は武者に言った。 俺達はもう仲間だと。
その言葉は彼にとって、泣きたいぐらいに誇らしい物だったのだ。
彼は誓った。
肩を並べて戦う事は叶わないが、守るべき世界と戦友、そして何より民と自身の為に最期まで戦い抜くと。
――だから――
命を失い亡霊になり果てようとも、聖剣やΣεραπηιμ級の天使が相手だろうと――
――負ける訳にはいかんのだ!
彼は大きく距離を取った後、浮遊している籠手を操作して腰に刺さった銀の剣を抜かせる。
同時に爪先で地面に小さく円を描く。
これは彼に残された切り札の一つ。 銀剣を使用できるのは一度のみで、既に一本を使用している。
使い切ればもう後がなくなる最後の手段だ。
本来なら威力の増幅にのみ使用するので使い捨てる必要はないのだが、今の彼を巡る煙道と轆轤ではもうまともに力を引き出せない。
その為、剣をトリガーにして技の起点としなければならなかったのだ。
彼が攻めを急いだ理由は少し離れた所にいた手傷を与えた女――クリステラが戦線に復帰しようとしていたのが見えたからだ。 あの女に戻って来られるとこの膠着は崩れると。
本来なら天使が力尽きるのを待って聖剣を仕留めるつもりだったが、それがもう叶わない以上は勝負に出る必要があると武者は考えた。
爪先で地面に描いた円に銀剣を突き立て、籠手に柏手を打たせ集中。
呼吸を意識して体に巡る七つの轆轤に力を通す。
阻止しようと聖女達が斬りかかって来るが遅い。 それを理解したのか聖女が焦りを帯びた声を漏らす。
「さっきのが来ます!」
もう遅い。 武者は準備を終えた。
彼の使える九つある極伝の中で最も範囲攻撃に優れた物で、原罪や美徳すら平等に滅却する浄化の炎。
『<■■・■■■■>』
それが辺獄の大地に顕現する。
最初に起こった変化は空中だった。
無数の炎を纏った――否、炎で構成されたそれは金剛杵と呼ばれる物で、無数のそれが空中に現れたのだ。
金剛杵からそれぞれ炎の糸のような線が伸び、互いを連結。 最後に線が地面に伸び、鳥籠のような形を形成する。
閉じ込められた聖女達は即座に何をする気なのかを悟った。
「全員、僕の傍――」
聖女が何かを言いかけたが遅い。
金剛杵が炸裂。 その内に内包した力に従い大地から魔力を吸い上げ範囲内に炎をまき散らし、即座に空間を熱で満たす。
武者の怒りを具現化したかのような赤すぎる炎は権能の防御すら突破して内部の全てを焼き尽くす――筈だった。
その事態に真っ先に反応できたのはマーベリックで、彼は自身に残された全ての魔力を使って権能を強化。 全力で死の炎に抗う。
守る対象は聖女、クリステラ、グレゴアの三名。
自身を含む、他を捨ててそれにだけに全てを注ぎ込んで守る。
マーベリックは自分の体から命が急速に失われて行くことが分かったが躊躇わなかった。
空間に炎が満ちる。
マーベリックの権能は彼以外の全てをその炎から守り抜いたのだ。
『「聖女ハイデヴューネ! 後はお願いします! どうか世界と皆の未来を――」』
最後まで言い終わる間もなく彼は炎に呑まれて消えた。
消滅の瞬間、マーベリックは思う。 半ばで終わるのは無念ではあるが自分はやるべき事をやった。
彼は聖女の勝利を信じ、これで無為に死ぬ人間が減ると確信。
――あぁ、これこそが我が信仰の真なる形。
大義の為にと目先の命を蔑ろにしてきた男は最期に人を助ける一助となる事を想い笑みを浮かべた。
自己満足と人は笑うかもしれないが、どんなにみっともなくても信念を貫く事こそが我が信仰。
唯一の心残りは折角気付く事が出来たのにここで終わる事だけだが――
少なくとも笑って死ねるんだ。 きっとこれで良かったのだ。
そう考えて笑みのままマーベリックの意識の最後の欠片も炎に呑み込まれて行った。
「……マーベリック枢機卿……」
聖女は彼の見せた命の輝きを無駄にしない為に聖剣を構えて全力で地を蹴る。
クリステラもそれに続いた。
攻撃の余波によって土埃が舞っていたが彼女達には関係ない。 一気に間合いを潰して肉薄する。
武者は無傷で切り抜けた二人に微かに動揺したが即座に刀を構えて迎撃の構えを取った。
だが、その動きは重い。
明らかに消耗しているのが見て取れていた二人は左右から斬りかかる。
聖女は何も考えずに武者を斬る事を考え、クリステラは行けると確信を深めた。
――が――
武者の力を彼女達は甘く見ていた。
クリステラの浄化の剣は武者の近くに浮遊している籠手に挟み込む形で受け止められていたのだ。
白刃取り。
「――なっ!?――がっ!?」
驚く間もなくクリステラの腹に武者の前蹴りが入り、その体が吹き飛ぶ。
次いで斬りかかってきた聖女の斬撃を紙一重で躱し、掴むと同時に足を払ってバランスを崩し腰で抱えるようにして地面に叩きつける。
「――か、は」
聖女の口から息が漏れる。
武者はそのまま刀を振り上げて――その腕が千切れ飛んだ。
理由は飛んで来た短槍だ。 それは武者の肘を正確に捉えその関節を破壊した。
武者は反射的に振り返ると、隻腕となったエルマンがもう一本の槍を投げる姿が目に入る。
飛んで来た短槍を僅かな動きで躱すが、それは致命的な隙だった。
地面が大きく陥没して体勢が崩れる。 グレゴアの仕業だ。
その間に立て直した聖女が立ち上がる。
「今だ! やっちまえ!」
エルマンの叫びに応えるように聖剣が武者を切り裂いた。
誤字報告いつもありがとうございます。
前の分にもルビを振ってみました。(あんまり意味がない




