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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
15章

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487/1442

486 「独鈷」

続き。

 「おい、大丈夫なのか?」

 

 エルマンの声に聖女は頷く。


 「はい、さっきみたいな大技を控えて身体強化に回せば充分に戦えます」

 「いや、だが――」

 「行きます!」


 エルマンの制止を無視して聖女は聖剣を構えて武者へと斬りかかる。

 聖剣と鎧の効果により人外の領域まで高められた身体能力は数歩で敵との距離をゼロに変えて肉薄。

 クリステラですら凌駕するその速度に反応できる者はそういないだろう。

 

 だが――彼女の仕掛けた武者は反応できる少数派だった。

 身を沈めて斬撃の衝撃を刀で受け流す。 指向性を変えられた衝撃が辺獄の大地に大きな傷を刻む。

 それを見て他の者達は大きく目を見開く。


 間合いを詰めた動きも凄まじいが、武者が初めて分かり易く守勢に回ったからだ。

 そしてそれは明確な隙。 それを見逃すほど聖堂騎士達は甘くない。

 真っ先に突っ掛けたのはクリステラだ。 両腕で防御したので体勢を立て直すまで間がある。

 

 即座に背に回り背後から斬りかかった。 武者は余裕がないのか身を捻って躱す。

 躱されはしたが、それは彼女の狙い通りの動きだった。

 強引な回避行動により、武者は更に体勢を崩す。 そこを突く形でグレゴアが戦槌を叩きつけて足元を隆起させる。


 「よし!」 「貰った!」


 体勢と足元を崩された武者は完全に回避が不可能の状態になりそこを残りの二人が斬りかかる。

 小剣使いのペネロペが胴体――背骨の辺りを狙い、リーガンがその首を刈り取ろうと剣を振るう。

 瞬間、二人は面頬に隠された顔が歪んだ笑みを浮かべたのを幻視した気がした。


 反応できたのは二人の高い技量だけでなく運もあったかもしれない。

 

 『<■■■>』

 

 武者の身に着けている籠手が消え、その口から空気が漏れるような音がした。 それが何か意味のある単語だったと気付けた者はいないだろう。

 籠手だけが宙に浮かび二人に掴みかかっていたのだ。 ペネロペは強引に小剣を差し込んで防ぎ、リーガンは腕に付けている小盾で受けた。


 ――が、その対応の差異が二人の明暗を分けた。


 ペネロペは咄嗟に小剣を手放して後ろに跳んで下がり難を逃れたが、リーガンは間に合わなかった。

 籠手は小剣を掴んで砕き、リーガンの腕を小盾ごと握り潰したのだ。

 

 「が、がぁぁぁぁ!」


 バキリと籠った嫌な音が微かに響く、骨まで潰れたようだ。

 だが、リーガンは聖堂騎士、咄嗟の判断も早かった。 剣で使い物にならなくなった腕を切り落として下がる。 激痛に襲われながらも剣を手放さなかったのは彼の意地だろう。


 傷を負った彼等を庇うようにクリステラと聖女が前に出て斬りかかるが、武者は大きく跳んで下がる。

 籠手は武者に付き従うかのようにその脇へと移動。

 距離を取った所で籠手がゆっくりと動き、武者の腰にある剣を抜く。


 鉄とは違うその銀色の輝きは刃に銀を使っているのだろう。

 武者は地面に爪先で小さく円を描くと籠手が剣をその円に突き刺す。

 籠手は剣から手を放すと武者の前に出て手を広げて柏手を打つ。

 

 パンと籠手が打ち鳴らしたとは思えない程に乾いた音が木霊する。

  

 『<■■(■■■■■■)■■■■■■(■■■■■■■)>』

 

 武者の口から声なき声が漏れる。 同時に地面に突き刺さった銀の剣が風化したように崩れて消えた。

 何かしようとしているのは目に見えていたので聖堂騎士達は阻止しようと動いたが、その行動は遅きに失した。

 地面から無数の変わった形状をした刀剣類――独鈷杵(どっこしょ)と呼ばれる物が無数に地面から突き出す。 そして武者の周囲を埋め尽くすように浮遊。

 

 その数は千を越える。

  

 「おいおい、何だありゃ……冗談だろ?」


 その光景を見てエルマンが呆然と呟く。

 聖女は咄嗟に聖剣を向けて防御を行おうとするが、行動を起こす前に彼女の脇を通って前に出る者が居た。

 オーエンだ。 彼は手に持った巨大な大盾(タワーシールド)を構えて独鈷杵の群れの前に出る。

 同時にもう一度柏手を打つ音が響いた瞬間、刃の群れが彼等に殺到した。


 「聖盾よ!!」


 オーエンがそう叫ぶと盾から光が溢れ、巨大な壁を形成した。

 独鈷杵が光や盾に触れて砕け散る。

 

 「お、おおおおおおおおおお!」

 

 盾を構えながらオーエンは自分を鼓舞するように吼える。

 

 純白の盾。

 彼の専用装備として与えられたグノーシス教団の保有する武具の中では最高クラスの防御能力を誇るその大盾は使用者の魔力を喰らって周囲に結界を形成する。


 それは魔法であろうと物理であろうとあらゆる物を阻む絶対の盾。

 だが、それには代償が必要だった。 何かを防ぐ度に結界はダメージを受け強度が下がる。

 その為、防ぐ度に魔力を供給して維持しなければならないのだ。 そして消費量は結界が受けるダメージ量に比例する。


 飛来した独鈷杵は一撃でも当たれば人間では耐えられない程の威力を内包しており、防ぐ度にオーエンの魔力を大幅に削り取っていた。

 魔力を補給する為に大量に用意しておいた魔石は次々と空になり、今は彼の精神力だけで支えている。


 一撃防ぐ度に彼の中の何かがすり減って行く。

 オーエンは聖堂騎士としての自分に誇りを持っている。 全てを守る事こそが聖堂騎士の本懐と信じ、それを実行するだけの力を手に入れたと思っていた。


 彼は皆の盾として在る自分に誇りを持っていたし、それを死ぬまで貫くと決めている。

 だからこそ、マーベリックの誘いにオーエンは乗った。

 マーベリックの態度は真摯で、行けば高い確率で死ぬと前置きして、どうか自分と共に多くの人を少しでも長く生かす為に戦って欲しいと乞うて来たのだ。


 オーエンは迷わなかった。

 自分は盾だ。 世に危機があるのならそこに真っ先に立ち向かう事こそ我が本懐。

 こうして彼は辺獄の大地に足を踏み入れた。


 そして辺獄種の脅威を目の当たりにし、自分の決断は何も間違っていなかったと確信する。

 こんな危険な奴を外へ出す訳にはいかない。

 外に放ってしまえばどれだけの被害が出るのか想像もつかない。 この危険は命に代えても退ける必要がある。 確信は不退転の決意へと変わり、彼は盾を握る腕に力を込めた。


 攻撃はまだ止まない。

 結界が受ける衝撃は彼の魔力を喰らう事でその威力を伝える。

 手を放さない。 結界は解かない。 仲間が背後にいる限り、自分が倒れる訳にはいかない。

 

 ――守る。 絶対に守り切って見せる。


 その決意を以って彼は――


 不意に盾に伝わる衝撃が消え失せた。


 ――千を越える死の雨を防ぎ切ったのだ。

 

 守り切った。 オーエンは喘ぐように息を吐くが、その胸にはやり切った達成感があった。

 だが、魔力が枯渇した今、自分はもう戦えそうにない。

 皆、後は頼んだ。 そう言おうとして――オーエンは目を見開いた。


 武者の傍らに一つだけ独鈷杵が回転しながら浮かんでいたのだ。

 死力を振り絞ったオーエンにはそれに反応する術はなかった。

 咄嗟にクリステラと聖女が叩き落そうとしたが、間に合わない。


 オーエンは今わの際に何かを考える余裕もなく飛来した独鈷杵に顔面を打ち抜かれた。

 

誤字報告いつもありがとうございます。

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